14【招集】二
「当代はまだ高校生だし先代よりは話が通じるー…だろう、多分。明日もここで、今ぐらいの距離とって御簾と
御大は御簾の内側で大きく両腕を広げ、「試しに読んでみてくれ」と鬼壱に言ってくるが、正直、心眼などなくとも読みやすい性格をしている御大であれば、何を無駄なことをと思わざるを得ないのだ。
今更どう対策したところで大して効果はないだろう。表情や仕草がわからずとも、空気が既に物語っている。なんならその場に居ない録音や書面であろうと、御大相手ならある程度ことの真偽を見定められる気がする。
しかしそれを伝えて、他にどう対策を打てばいいか助言を求められるのも面倒臭い。
鬼壱は薄い笑みを絶やさないまま、「大丈夫だと思いますよ。顔も見えないですし」と適当に受け流した。
それでも御大は「本当に?」「でもお前顔見てなくても見抜いてくるだろ?」「適当にあしらおうとしてないか?」と疑ってくる。
付き合い切れないと判断した鬼壱は「面倒臭ェ人だな」とひとりごち、その話題はそこで切り捨て、別の話題を振って強引に話を逸らしてしまう。
「そんなわけで俺とさわらはこの後、真轟さんたちに使い手狩りの話してきますけど。
「それなー…俺は別にどう思われてもいいけど、プライド高い奴らも居るからなぁ。でもまあ、下手に誤魔化すと明日俺が話し合わせるの難しくなるから、ありのままを話してくれたら、それで。うん……。ついでに、もし聞き出せそうなら、向こうから東方面の話も聞いてくれると嬉しいんだが」
「そんな話になればですけどね。聞くって、どんな話聞いてきてほしいんですか」
「二年前の
「嗚呼、なんか有益な情報入ったらこっちに流してくれるとは言ってましたよ。でもあんま関わってもらわないほうがいいんじゃないですかぁ。気軽に頼ると三倍返しとか要求されそうで」
「そうこう言ってる内にこの現状だ。全く連絡の取れない奴もいれば、少し前までは集まれてたのに、ここ数年で来られなくなったところもある。
「本当にあそこ頼っていいのかどうかは、明日御大が自分で確認してくださいよぉ。とりあえず、御大としては猫の手も借りたいっていうのはわかりました。出禁になるような界隈の手借りて御老人方が五月蝿く言うようなら、御大に言ってくださいって振りますから、よろしくお願いしますよ」
責任の所在ははっきりさせときたいんでと鬼壱が言い放てば、御大は「
そんな話をしていれば、軽快に庭の飛び石を踏む音がし、間を開けず玄関の引き戸が引かれる。
玄関前で立ち止まることなく入ってくる人物など知れている。
「南、きましたよ」
と、鬼壱が告げる頃には、訪問者は声も掛けずに勝手知ったる様子で玄関を上がり、靴下履きの足音を最小限に抑えながら大広間の前までやってきているのだ。
鬼壱に聞こえていることなど百も承知で、安海はいつも忍び寄るように音と気配を殺して近付いてくる。どうやら意識的にやっているわけではなく、そういう習性らしい。
大広間前の廊下に立って耳を澄まし、暫く中の様子を窺う。会話が途切れていることをしっかり確認してから「
南安海は鬼壱と同じ高校に通う三年の血刀使いである。
学年は同じだが、クラスは違う。京都の使い手としては鬼壱の先輩に当たる。
明るい色の髪は目元に掛かる程度に長く、つむじが前に寄っているため全体的に後ろに向かって流れるように生えている。顔立ちは柔らかく、ともすれば軽薄にも見えるが、表情はいつもどこかキョトンとして見える。ブレザーの下に薄手のカーディガンを着込んで手の甲まで隠し、首元にはマフラー、制服の上には短いジャケットも羽織っている。
安海は大広間の端に積み上げてある円座を手に取り、リュックから腕を抜きながら鬼壱とさわらの間、少し後ろに円座を落とし、ストンと胡座を掻いて座った。
「呼び立てて悪いな、南。犬の件、どうだった?」
御大が御簾の向こうから
安海は「何かあるとしたら今からの時間ですね〜」と緩く答え、さわらの肩にのすんっと顎を乗せつつ続けるのだ。
「連れ去ってるのは夕方から深夜までの、夕飯時が多いみたいで。学生か、日中働いてる奴なんじゃないかなあ、って。計画性があるようには見えないなー。目についた犬、適当に連れ去ってる感じ。次に狙い目の犬も目星つけてきたし、その周辺数日張れば特定できるんじゃないですかねー」
さわらは無言のまま眉間に皺を寄せて安海の顔面を手で押し返す。すると安海は今度は鬼壱の肩に顎を乗せようとするのだが、それは鬼壱がひょいと身体を逸らすことで失敗に終わる。顎の置き場を失くした安海は口元を猫のように歪めながら、前方に伸ばしていた身体を戻し退屈そうに円座の上に収まった。
「そうか。お疲れさん。じゃあ悪いが、そのまま巡回続けて、何かあればいいように処理しといてくれるか」
「俺一人で? キーチとサワチャンは?」
「二人は別件だ。使い手狩りのほうで動きがあってな。この後、東山に行ってもらう用がある。他に手が必要なら若手呼んでもいいぞ。要るか?」
安海は「ふゥン」と詰まらなさそうに唇を尖らせたが、特に文句を言うでもなく視線を逸らし、制服のポケットから取り出したスマホを弄ったりリュックを抱えたりと途端に興味を失ったような素振りを見せ始める。
「南のほうはなんだ。その。あれ。使い手狩りについて新しい情報は入ってきてないのか。他に、変わったこととか」
御大が「仲間外れにしてるわけじゃないんだぞ? 分担してるだけなんだぞ?」と機嫌を窺うようにフォローするも、安海は「単独行動のが楽だから気にしてないでェす。ヘルプも大丈夫でェす」と素っ気なく返すばかり。
「襲われた人らが油断しすぎなんじゃ? こんだけ注意喚起してるのに、毎週毎週飽きもせず被害出続けるのってどうかと思いますけどォ。変わったことは、別にィ……」
御大は「そうか」と落胆したように呟くだけで終わらせてしまうが、鬼壱はちらりと視線を斜め後ろに向け、スマホを覗いている安海のつむじをぼんやり眺める。
安海にしては妙に引き際が早い。何かしらの隠しごとがあるのはいつものことだが、今の「別に」は明らかに含みがある。
鬼壱の視線に気付いた安海は顔を上げるが、少し目を細めて見せるだけで何も言わない。鬼壱も特に何も言わず、「何かあるんだろうなあ」と思うに留め、視線を前に戻す。
御大は思い出したようにさわらにも「さわらは何かあるか?」と聞くが、さわらは「いえ、特に」の五文字を発した後は口を開かず、地蔵のようにビシッと背筋を伸ばして座っている。
さわらから情報を引き出すためには漠然とした問い掛けでは意味がない。具体的に要点を絞って聞かなければ、さわらの脳は引き出しを開けてはくれないのだ。鬼壱と安海はそのことを二年弱掛けて学んだが、だからといってここでさわらに突っ込んで聞くことはしない。聞いたところで目新しい情報がないことも二人はよくわかっている。
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