13【招集】一


 その屋敷は、市の中心部、府庁もある上京区かみぎょうくの端に何食わぬ顔で建っている。


 東に御所ごしょ、西に神宮じんぐう鴨川かもがわに挟まれ、北に進めば川の合流地点にできた広大な原生林がある。

 周辺は住宅街であり、ぎっしりとひしめき合うように民家が並んでいる。犬矢来いぬやらいのあるような町屋もあれば、歴史を感じさせる煉瓦造りの事務所、小洒落た鉄窓の喫茶店に比較的新しいモダンな一軒家まで、新旧問わず様々な種類の建築物が建っている。

 屋敷自体は年季の入った木塀と庭木に囲まれているため、唯一の出入り口である正面門をくぐるまでは、木塀の中に何が在るのか通行人からは見ることができない。一見すると非公開の寺院や宗教施設のようにも見えるが、住んでいるのは住職でもなければ、敷地内に檀家の墓があるわけでもない。

 こじんまりとした庭と平家と土蔵があるだけの、京都では珍しくもない極普通の町屋。

 これが十九じっくの総大将、「御大おんたい」と呼ばれる人物の住処すみかである。


 ヨズミたちが泊まる旅館へ向かう数時間前、六目りくめ鬼壱きいち水芽みずめさわらはそこに居た。


 丁寧に掃き清められた簡素な前庭を抜け、苔生した中に点々と灰色を見せる飛び石を踏み、古い木枠の引き戸を引く。埃ひとつない磨かれた廊下の先には、これまでにも何度か通された馴染みの大広間。大広間は縦に長く、片側に雪見障子、その向こうに縁側があり、狭いながらも整えられた庭に色鮮やかな紅葉が見える。


 それぞれ適当に円座を敷いて待っていれば、暫くして上座の襖が開き、御簾みすの向こうに大柄な和装の男が現れた。

 御大その人である。

 鬼壱たちが板間にい草の円座を敷いているのに対し、御大は有職畳ゆうそくたたみの上に直に胡座をかいて座る。

 鬼壱とさわらが形式的にこうべを垂れれば、御大は張りのあるよく通る声で「忙しいとこ呼び立てて悪いな」と申し訳なさそうに言い、挨拶も早々に本題を切り出してきた。


「真轟の当代が来るのって今日だったわけ? 昼頃、いきなり本人から電話あったんだが。今清水に居ますって。どういうことだよきの字ぃ」


 いきなりだなとは思いながらも、鬼壱は頭を上げてたっぷり間をあけ、「嗚呼、」と如何にも今思い出したかのように返事をする。勿論、その件について文句を言われるだろうことは、呼び出された時点でわかってはいた。

「あれ。言いませんでしたっけ。あそこの当代四人とも、もう市内入ってるぽいですよ。なんでも二年生二人が二泊三日の修学旅行だとかで」

「言ってないだろ。聞いてない、聞いてないぞ多分。いや、真轟が俺と連絡取りたがってるから、俺の連絡先教えていいかとは聞かれたけど。いいぞって言ったけど。それ一昨日おとといぐらいの話だったろ? まさか京都入ってから「もう来てます」なんて連絡あるとは思わないだろが」

「真轟さん、なんて言ってました?」

「明日ここに挨拶に来るって。端塚連れて、二人で。何時なら都合いいか聞かれた。めっちゃ、ハキハキした女子だった」

「っぽいなぁ。実際会ってもそんな感じの人ですよ、真轟さん。つぅか、俺とさわらも呼ばれたんでこの後会いに行ってきますけど。東山の旅館に泊まってるそうです。修学旅行生のほうは東山ホテル。御大、一緒行きますか」

「いや、そうホイホイ行けるかよ。行けないのわかってて聞いてるだろお前」

「俺らはホイホイ行きますけど。ところでみなみ、来てないみたいですけど、話始めちゃってていいんですか」


 鬼壱が大広間を見渡し、ここに来ていない同級生の名前を出せば、御大は「南は別件で来るの遅くなるからいいんだ」と溜息を吐きながら御簾の向こうで軽く手を振る仕草を見せる。


「別件? 使い手狩り以外になんかありましたっけ」

「外飼いの犬が何匹か行方不明になってるやつ。そろそろ危ない奴が居るんじゃねえかって話が出てて、それの情報収集。最初は一般人の仕業かと思ってたんだが、狂いかもしれんって近所の奴らが言うもんでな」

「そんな急ぎの案件でもなさそうですけど」

「まぁ、確かに急ぎではないけどな。いや、狂い狩りは大事な仕事だぞ? やれることからこつこつとだ。いいんだ、南はその内来るから。それまでに真轟の件、お前に聞いときたかったんだ。南には言わなくていいからな。色々ややこしい。騒動起こされても困るしー…。で、そう。その真轟の当代が明日来るんだが、そのー…やっぱり娘もあれだろ、親父と同じで心眼持ちなんだろ? どの程度、見透かしてくる感じなんだ」


 鬼壱は円座の上で身体を傾けて姿勢を直しつつ、少し考える間をあける。

 好奇心旺盛で鼻の利く同級生、みなみ安海やすみは、きな臭さに気付くとすぐに火元から距離をとって高見の見物を決め込む要領の良さを持っている。そのくせ猫のようにすぐに火中の栗をつつくのだ。そそのかされたふりをして拾わずつついて終わるところが、安海のちゃっかりしているところである。加えて母親が金の亡者で、息子の仕事の手当てが少ないと乗り込んできて文句を言ったりもする。

 安海自身は打って良し守って良し走って良しの使い勝手の良い血刀使いであり、不器用なさわらがこなせない役どころをバランス良くカバーできるオールラウンダーな人材ではある。

 そんな同級生は今も便利に雑用係を押し付けられている模様。これはまあ、いつものことではある。


 そして真轟ヨズミの心眼について。

 心眼は相対した人物の嘘や本質を見抜く技能である。鬼壱の場合はやや聴覚に偏っているが、普通は目で見抜くものだ。そもそも持って生まれた素質と、その素質を磨くことで初めて会得する技能であり、どの程度嘘や隠し事を見抜くかは人によってまちまちだったりする。

 「父親と同じ」という口ぶりからして、御大はあのヨズミの父親と面識があるか、少なくとも、どんな人物かは知っているらしい。

 秋口の妖刀追跡の件を報告した際にも、御大は項垂うなだれながら「やっぱり裏四うらよんのとこだったか」と嫌そうに呟いていた。


「……まぁ、嘘はかせてもらえない感じの、圧のある人でしたよ。誤魔化すとすぐに突っ込まれます。「腹を割って話そうじゃないか」ってぐいぐいくるんで、腹の探り合いよりは殴って吐かせ合いみたいな感じで。そういや御老人方が、あの辺りのこと「面倒臭い連中が居る」って言ってましたけど、どう面倒臭いんですか。知り合いなんでしょう、あの人たちの前の代」

「腹の探り合いも嫌だけどド直球にかされるのも困る……相手が心眼持ちじゃ一方的にこっちが吐かされるだけだしなぁ。ええ? 嗚呼、あの辺りはな、狂い狩り特化の処刑屋集団が仕切ってるんだよ。祭り保存会中部支部の代表でもある。デカい狐の憑物筋つきものすじとか鬼の憑物筋も居るし、八大天狗の一人も居る。お前らが世話になったのはその現役の処刑屋だ。知り合いというか……俺よりも、俺の前の御大があそこの先代に手を焼いて、最終的には京都出禁できんにしたんだよな。それも十数年前の話だが」

「出禁て。そういや真轟さんもそんな話してましたけど。どうやって。門のついた敷地でもあるまいし」

「京都駅と主要な地下鉄に結界けっかい張って、あとはタワーに色々と。地頭さんとか五山、お山の方々もそりゃもう協力的でな。二度と奴等に京都の地は踏ませないつって大激怒よ。出禁にした先代どもが一歩でも京都に入ったら、すぐに木端天狗や狐が飛んでいく、最古のホームセキュリティシステムが稼働してる。実際、何回か発動したことあるんだぞ。大体京都駅で捕まえて追い出してるらしいが」

「何したらそんな扱い受けるんですか……」 

「稲荷大社の鳥居倒したり、すみません新しいの寄贈しますっつって自分とこの会社名入ったやつを何基も寄越してきたり、霊石の上で座禅組んで修行したり、絶対切れないって伝説の御神木切ろうとしたり、秘仏見ようと寺に忍び込んだり、個人蔵の文化財見せろって直談判じかだんぱんしに行ったり、勝手に地面掘り返したり、あちこちの神社に商売持ち掛けたり、当時一番人気の舞妓に手出して孕ませたり、口煩い爺どもと揉めたり、生意気な若い衆ぶちのめしたり、非売品の重要文化財買い取ろうとしたり、天狗殴ったり、狛犬ペットにしようとしたり、……まぁ色々なぁ」


 思った以上に色々やらかしている。


 鬼壱は「そりゃあ、駄目ですねぇ」と相槌を打ちながら、なるほど、そんな親に育てられればあんな子どもに育つんだなと、ヨズミのどこまでも胡散臭い底知れぬ笑顔を思い浮かべ、思わず納得もしてしまう。

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