04【清水】三

 「早く観光に行きたいだろうから、手短に済ませよう。キミたち、秋口にかちこんできた鬼壱きいちクンたちのことは覚えているね? そう、京都の妖刀使い二人組だ。あの時、私の連絡先を彼に渡していたろう。最近になって「登録しました」と連絡があったんだが、近々キミたちが修学旅行で京都に行くという話をしたら、幾つか注意事項を頂いてしまってね。細かいものだと、下手な隠密ならしないほうがマシだとか、お守りはなるべく買ったほうがいいとか、たまに大物が様子見に行くが、こっちがただの観光客だと判断したら構ってこないから普通にしてたらいいとか、まあ、そんなところだ。それだけならわざわざ対面でなくとも、電話なりドリムクなりでキミたちに伝えれば済む話なんだが、少し気になる話もあってね」


「ここ数ヶ月、市内で使い手が襲われる事案が続いているというんだ」


「表立って事件になることはないが、実際のところかなりの数の被害者が出ているそうだ。夏頃から月に四、五件。勿論、犯人はまだ捕まっていない。単独犯か複数犯かもわからない。団体行動の修学旅行生まで襲いはしないだろうと思いたいが、万が一ということもある。そんなわけで、別件で用もあったしついでだから日程を合わせて私も京都入りしてみたんだ。百聞は一見にかずと言うだろう? できることなら言わずに済ませたかったが、これは伝えておくべき状況だと判断し声を掛けたというわけさ」


 弐朗と刀子は顔を見合わせ、つまり、つまり? と首を傾け合う。

 ヨズミもそれに合わせて「つまり」と逆方向に首を傾けて見せ、弐朗と刀子を交互に指差しながら言うのだ。


「キミたちも襲われる可能性があるということだ」

「修学旅行で来てるだけでもッスか!?」

「犯人の目的がはっきりしない以上、ないとは言えないんだなこれが」

「とーこたちはただ血塗られたきょうとをまんきつしたいだけなのにですか!」

「だけなのに、だ。二人とも索敵はしてみたかい? 今回は仕事で来ているわけでもなし、後ろめたい事情はないんだ、気後きおくれせず視ていいんだよ。さすが列島を代表する観光地、どこもかしこも賑やかで結構なことだ」


 ヨズミに言われて初めて「そういや着いてから一回も索敵してない」と気付いた弐朗である。

 片手で目元を覆い隠して物理的な視覚を断ち、意識を集中させてみれば、割と近い場所に幾つか、清水界隈だけでも二十近い気配を捉えることができる。

 真横の刀子は相変わらずの天然隠密、ヨズミも今は隠密で気配を絶っている。その二つを除いても、弐朗たちが歩いてきた土産屋通りに目立つ気配がひとつ、同じ場所を行ったり来たりしている気配が幾つか、寺内にも移動中の気配が十近くある。


「めっちゃ居るッスね!? このへんだけでも二十人ぐらい、なんか土産屋のとこにも目立つのいるし!」

「視てわかったろう。そう、数が多いんだ。多過ぎて私も端までは視られないんだが、視える範囲だけでも三百は越えてる。数えてないから数は適当だけどね。地元の使い手と観光客が半々といったところかー…彼ら全員の素性や動向を把握するのは無理だし、無駄だ。無法地帯の東京と違い、ここには古いしきたりがある。父曰く、大分煩く言われるらしい。が、そのしきたりが我々を罰しはしても、守ってくれるかはわからない。我々以外の旅行者や襲撃者が律儀にしきたりを守るかも謎だ。そんなわけで、なかなか面白い状況なんだ。あと、その目立つ気配はトラクンだ。お昼まだだったから鰻屋で鰻重食べてるよ」

「やった! とらくんもきてるんだ!」

「授業はァ!?」

「例の如く乗り気じゃなさそうだったが、折角当代が三人揃うのに彼だけ留守番じゃ可哀想だろう? トラクン単体じゃ西方面に出ることもないだろうし。だから連れてきた。授業は教頭に事情説明して公欠扱いにしてもらってる。修学旅行先で本校の生徒が事件に巻き込まれるぐらいなら、と快く送り出してくれたよ」


 極当たり前の顔で言われてしまえば、弐朗は「そういうものか」と納得せざるを得ない。弐朗たちの通う公立銀南高校は血刀関係者の教員も多く、隣町からも血筋の学生が入学してくる理解のある高校だ。

 そしてヨズミのサプライズ登場で度肝を抜かれた所為で、おまけのように「虎之助も居るよ」と言われたところでそう何度も驚けないのだ。


 弐朗はワッチキャップの両端を掴んで深く被りながら思考を整理する。


 京都で血刀使いが襲撃される事件が起きてて。

 修学旅行生だろうと襲われるかも知れなくて。

 なんで。どうして。なんのために。それは犯人が捕まってないからわからない。

 ヨズミ先輩はそれを忠告するために清水まで? いや、違う。なんか他に用があったから、修学旅行にタイミング合わせたって言ってた。京都に来て状況確認して、それで、俺らに忠告すべきって判断したんだ。

 さっき索敵した時は確かに気配多いなって思ったけど、それだけだった。トラの気配が一番目立ってたぐらいで、他に言うほどヤバい気配があったわけでもない。京都は有数の観光地。使い手が観光にくることなんて日常茶飯事、幾ら数が多いって言ったって、地元民にとっても観光客にとっても、そんなの極当たり前のことなんじゃ?

 先輩は何を思って、忠告が必要だって思ったんだ?


 弐朗の戸惑いを見越したかのように、ヨズミは説明を続ける。


「狭い範囲にこれだけ使い手の気配があるなら、キミたちも紛れるかと思いはしたんだけどね。ここでキミたちのバスが着くのを待っている間に、早速妙な気配を捉えた。すぐに見失ったから隠密でも使ったのかも知れないがー…なんというか、チラつかされたようにも感じた。わざと目立つよう一瞬光ってみせる、といった感じさ。深追いするとこっちが掴まれそうだったから探してはいないんだが、挑発行為にも思える。そんな輩が他にも出てくるかもしれない。観光地は人目も多いし、もし煽られるようなことがあっても軽率な行動は控えるよう、忠告しておきたくてね」

「じゃ、じゃあ、襲われたらどうしたらいッスか!」

「死なない程度に痛めつけてやればいい」

「あれ!? 軽率な行動は控え、アレッ!?」

「勿論、軽率な行動は良くない。人目も気にせず抜刀して大立ち回りなんていうのはもってのほかだ。だから、已むを得ず抜刀するならこっそりと、だ。抜刀しない殴り合いなら誰でもするだろうから好きにやってくれて構わないよ。それも修学旅行の醍醐味だいごみだ。連続襲撃犯、荒っぽい使い手、ただの野良不良、他校の修学旅行生、なんだっていい。わざわざ自分から喧嘩を買いに行く必要はないが、押し売られたらやり返してやれ。こっちが我慢したところで付け上がらせるだけだ。だったら報復する気も起きないぐらい、最初にきっちり教えてやるべきだ」


 刀子は敬礼の姿勢で「りょうかいであります!」と元気に納得している。

 弐朗は大して理解できなかったが、刀子につられ思わず「わかりました!」と威勢よく返事をしてしまった。

 とりあえず、現状「できることは大してない」ということはわかった。

 交通事故には気を付けよう、と言われたようなものだ。気を付けていても車は突っ込んでくる。ただ、気を付けていれば、避けられる事故もある。知っているのといないのとでは、心構えが違う。


 ヨズミは満足そうに頷くと「まァ、頭の片隅にでも置いておいてくれ」と弐朗と刀子の肩を軽く叩き、そのまま背中を押して歩くよう促してくる。


「何かあったら遠慮なく連絡したまえ。キミたちが居る間、私とトラクンも京都に滞在する。現地に居ないといざという時に対応できないからね。時間をとって悪かった。さ、観光に戻るといい」

「よずみせんぱいは? いっしょにきよみずまわらないの?」

「ソッスヨ! 一緒行きましょうよ先輩!」

「私も後で少しは観光するつもりだよ。有名な舞台ぐらいは見ておきたいし。ただ、その前にやることがね」

 ヨズミはスマホを取り出して軽く振って見せる。

 それを見て、なるほど、関係各所に連絡とかなんかそういうやつだな、と弐朗は頷き、刀子もまた「機関だ、機関にほうこくするんだ!」とはしゃいでいる。

 弐朗としてはまだ聞きたいことが幾つもあったが、弐朗たちが清水を見て回れる時間は限られている。

 傍らの刀子に視線を落とせば、刀子は片手を上げて「いざじんじょうに!」と出発の構えを見せている。これはもう行かねばならない。もっと詳しく聞きたいです等と空気の読めない発言をしようものなら、両側から種類の違う圧を掛けられてしまう。


 弐朗はあっさり諦めた。話も聞きたいが、観光もしたいのだ。


 弐朗と刀子はその場で軽く手を振るヨズミに見送られながら、観光に戻るべく並んでゆっくり歩き出した。

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