02【清水】一


 「ほおーー! これがきょうとえき! てんじょーがたかい! ひろい! あがったりおりたりふくざつ! ひとがいっぱい! ぐろーばる! もうおみやげやさんがある! そしてあれがーー…!」


 京都駅中央口を出て早速、刀子とうこは感極まった様子でデジタルカメラを構え写真を撮り始めた。


 弐朗じろうは刀子のアンティーク調トランクケースを持ってやりつつ、刀子が団体行動の列からはみ出さないようしっかり見張る。

 刀子ほどではないが、弐朗も勿論驚いていた。

 古都らしく古風な駅を想像していた弐朗にとって、初めて降り立った京都駅はあまりに大きく、あまりに洗練されていた。

 新幹線を降りてから上へ下への長距離移動、改札出てすぐ左手、二階部分にお洒落なオープン席のカフェ、ローカルでない全国規模のコンビニ。右手には劇場の入口、赤絨毯じゅうたん、何のためについているのかわからない鐘に、駅と合体気味のグランドでリッチなホテル。

 あちこちから聞こえてくるのは英語以外はどこのものか判然としない多様な言語。なんなら母国語でさえ、馴染みのない方言のおかげで若干聞き取りづらい。


 刀子は駅を出てすぐ目の前に立つ白いタワーを見上げ、目にもとまらぬ速さで瞬きを繰り返している。弐朗も横に立って同じように見上げ、ぽかりと口を開けた。

 蝋燭ろうそくにウニ殻が刺さったような、不思議な形状のタワーだ。


「あれが、きょうとをだいひょうするたわーです。じろくん。じつにしろい……」

「エッ……地面からタワーってわけじゃねぇんだ? なんでビルから生えてんの。なんかエノキみてぇ。つーかめっちゃ駅の目の前じゃん。俺が思ってたタワーって……鉄骨ぽくてなんかリノベーションとか書いてあって……あ、あれ大阪のか?」

「なんともおもむきぶかい……」

「なあ、思ったよか小さくね?」

「もー! そこがいいの! はんなりなの!」


 弐朗は刀子に怒られながらスマホでタワーの写真を撮り、ドリムクに『これがはんなりのタワー』と一言添えて投稿しておく。


 さて、これからどうするのか、どのバスに乗ればいいのかと、傍らでスマホの画面を見詰めて立ち尽くしている担任の顔を覗き込めば、担任もまた、神妙な顔で弐朗を見詰め返してくる。


 弐朗たちのクラスは最後に新幹線を降りた。

 新幹線が京都駅に到着しても荷物が片付いていない生徒がいたため、全員がホームに出揃うのに思いのほか時間が掛かったのだ。

 他クラスはその時点で各担任引率のもと、クラス単位で整列して点呼をとり、団体用バス乗り場に向け移動を開始していた。

 クラスごと遅れをとった担任は特に慌てるでもなく「ほら見ろ、はぐれちゃっただろ」と笑いながら弐朗たちを中央口まで引率して来たのだが、今、弐朗が見渡した限りでは、バス乗り場に他クラスの生徒の姿はない。

 クラスの女子が「宇田うだセンセ、タワーのとこ行ってきていい?」と声を掛けても、担任は神妙な顔を返すばかりだ。


 しばらくしてから、担任は「そんな気はしてたんだよな」と納得したように呟き、クラスメイトを一カ所に呼び集めてこう言った。


「いいか、よく聞け。先生、出る改札間違えたっぽい。出ないといけなかったの、八条口はちじょうぐち改札だって。皆が乗るバス待ってるの八条口なんだって。ここは中央口だ、多分。ここからどう行けば八条口に行けるかわかる奴いたら手ぇ上げて」


 弐朗たちは担任を見上げて一瞬黙り込んだ後、どっと沸いた。


 そして全員で担任を取り囲み、「だから普段からちゃんと学年主任の話聞けって言ってんじゃん」「ウダセン、メモとるクセつけたほうがいいよ」「なんで自信満々で先陣切った?」と口々に文句を言った。

 「ちゃんと前のクラスについて行けてれば間違えることもなかった」「俺は反面教師ってことで」と開き直る担任をフォローし、弐朗たちはスマホで改札の場所を調べ、通行人に道を聞き、構内で捕まえた駅員に案内してもらうことで、中央口とは反対方向、新幹線を降りてすぐの場所にある八条口へと、どうにか到着することができたのだ。


 遅れて到着した弐朗たちには勿論トイレ休憩も予定確認の時間もなく、苛々した様子の学年主任に追い立てられるように、慌ただしくバスの側面に大きな荷物を積み込み、手荷物だけ持って団体バスに乗り込んだ。


 そして刀子を窓側に座らせて座席についたタイミングで、弐朗のスマホが短く通知音を鳴らす。

 どうやら先ほどの投稿に誰かが反応したらしい。

 見てみれば、授業中にもかかわらずヨズミから「情緒溢れるタワーだ。この後どこに向かうのかな」とグループメッセージがきていた。


「ウダセンマジで教師の自覚ねえんじゃねぇの。クッソ、トイレ行きたかったのに!」

「うだせんせいはどじっこなのでしかたがないのです。とーこはたわーがみれたので、うだせんせいさまさまですよ?」

「確かに! 俺らのクラスだけだもんな、きてすぐタワー見れたの。わざわざ転がると福と茄子がくる、みたいなことわざあったしな。トーコお前天才かよ。ところでこの後どこ行くんだっけか」

「まちまちふくきたるてきな? あ、いまひだりにみえたのが西のお寺だよー、東のお寺はどこですか! みつけられません! はっけんならず! このまま牛若うしわか弁慶べんけいでゆうめいな五条ごじょうの橋をわたって、われわれ銀南ぎんなん高校二年生一同は清水きよみずのお寺をめざします! 清水の舞台からじゃんぷをするのです。しかしじろくん、ざんねんなことに、むかしといまでは五条の橋のいちがちがうのです。弁慶が刀をあつめたはしは、いまからわたるはしとはべつのばしょ……。牛若と弁慶のすてきおぶじぇはどうろのまんなかにあるとのこと。鴨川かもがわのてまえですね。鴨川の四条しじょうから三条さんじょうのあいだはあべっくがとうかんかくにすわることでゆうめい! たかせぶね、ごじょうらくえん、みやがわちょう、みみづか、ごじょーざか! 五条坂では陶器まつりとかあるんだって。いいなぁ、かわいいおちゃわんかいたいなぁ。あ、あれが牛若と弁慶のおぶじぇだ! お写真げっと……ならず! ああーー」

「『ウダセンが駅で迷子になりました』『今から清水の寺に行きます』……と。え、なに。どれが牛若と弁慶ー…、えっ、今のなんか小さいまるっこいやつ? ウソォ、思ってたのとチガウ」

「なにおー! 三条にいけば御所ごしょにむかって土下座するおじさんのおぶじぇとかもあるんだって! 三条河原はゆうめいな処刑地! 晒し首のばしょ! いろんなふぇいますぴーぽーの首をさらした、まさに晒し首のぶろーどうぇい! 晒し首のおぶじぇとかおかないのかなぁ。あべっくみたいに、とうかんかくに。きょうはあのひとのくびのまえでまちあわせ。きょうとのあべっくは処刑地であいをかたらうのだー。とてもろまんちっくですね。きょうとはおぶじぇと血の歴史がいっぱいでたいそうすてき」

「なんで土下座してんの? 河原が処刑地って、なんか合理的だな。血流したりとか水場近いと楽そうだもんな。有名人の晒し首って誰の首ィ?」

「まかせてください、したじゅんびはばっちりです! 晒し首いちらん、しらべてありますとも。ゆうめいじんは、豊臣秀吉さんのおいっこ秀次くん! 石田光成さん! 島田左近さん! 近藤勇局長! 晒し首じゃないけど、油で釜茹で石川五右衛門さん! 岡田以蔵さんたちが島田さんの家来をおしりから串刺しにしたのもここなんだよ。ないす。七条河原では平将門公も晒し首に。おおー、ここから関東方面にとんでいくのですか、公のくびは!」

「ガチで有名人じゃん! そうかぁ、さっき渡った川のちょっと上流が現場なんだァ……墓場で酒盛り並に不謹慎だな、京都のカップル」

「処刑地にもじこうがあるのではー?」

「歴史と記録に残ってても時効なわけェ? 人が死んでんのにィ?」


 近くの座席のクラスメイトたちが押し黙る中、弐朗と刀子は京都ならではの話題に花を咲かせ、そうこうしている内にバスは清水へと到着する。

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