第一章:京都鳥辺野編
01【上洛】
「あ、デッケェ鳥……」
隣の窓側席にはアイマスクをした幼馴染、
近くの座席からはクラスメイトのはしゃぐ声。
公立
行き先は古都、京都。
弐朗たちは三日間かけて市内を廻る。
寺社仏閣に博物館、美術館、史跡に記念館。どうやら弐朗が想像していた以上に、京都という場所は観光地が密集しているらしい。
この時期、体育祭と文化祭、二学期中間試験を片付けた銀南高校二年生は、一息つく間もなく修学旅行へ追い立てられる。修学旅行が終わればそのまま期末試験を叩きつけられ、転がるように短い冬休みに突入。
旅行先は毎年変わり、四、五年で一回転するローテーションが組まれている。昨年、
そして今年は数年ぶりの関西方面、京都。
刀子は一ヶ月前から張り切って荷物の準備をしていた。
今朝も、弐朗の三倍はありそうな荷物をアンティーク調のトランクに詰め、家を出る時からずっとそわそわしていた。新幹線や旅館で皆で遊ぶのだと、トランプや謎のボードゲームも詰め込んでいた。
しかし実際には、刀子は女子の輪に入ることができず、こうして弐朗の隣で眠っている。
刀子がクラスの女子から距離を置かれているのは知っていた。
知ってはいたが、まさか修学旅行を一緒に回るグループを作れないほどだとは思わなかった。
刀子はクラスで明らかに浮いていたが、特別苛められているわけでもなければ、無視や嫌がらせを受けているわけでもない。刀子が話しかければ、ぎこちなくはあるが、皆、受け応えはしている。
担任の教師から「阿釜、紅葉をお前のー…男子のグループに入れてもいいと思うか?」と相談された時、弐朗は怒りで机を引っ繰り返しそうになった。
いいわけあるかと。
何考えてんだと。
残念ながら、小中学と、刀子に同性の友人が居たことは殆どない。
それでも中学の修学旅行では、ちゃんと女子のグループに入って全日程を
旅行後、刀子は「たのしかった!」と言っていたが、宿泊施設の女子部屋で色々騒動があったのは知っている。どうやら刀子が原因らしいが、同じ部屋だった女生徒たちは皆何を
担任曰く、今回の修学旅行、刀子と同じグループになるのであれば行かない、行きたくない、怖い、休む、と泣き出す女生徒まで居たという。
確かに行事のグループ分けはデリケートな問題であり、バランス感覚の問われるところではある。教師が組んでも、生徒が組んでも、保護者の意見を取り入れても、運任せで振り分けても、必ずどこかに不満が生じる。
だが、それをどうにか、全員とは言わずとも大多数が納得のいくよう調整するのが教師の役目なのではないかと弐朗は思うのだ。
その調整の結果がこれなのか? 幼馴染で事情のわかっている自分に丸投げすることが最善の手なのか? 刀子と同じグループになりたくないとか言い出すクソを黙らせるのが先じゃないのか? それができないから刀子を隔離するのか? 刀子なら何してもいいと思ってんのか?
だとしたらふざけた話だ。
弐朗は刀子の気持ちを思うと悔しくて仕方なかったが、前向きに考えた。
刀子がやらかさないか心配するあまり、自分から「女子のグループ入っていいスか!」と血迷ったことを言い出さずに済んだのだ。願ったり叶ったりだ。
それに、刀子はクラスの女子なんかより、俺と一緒に行動できるほうが嬉しいに決まってる。なんたって幼馴染、親友、マブダチだ。女子どもの言い分は腹立つが、刀子にとっても別に悪い話ではないー…はずだ。
担任に文句を言いながら、弐朗は刀子を自分たちのグループに入れることを了承した。
弐朗と同じグループの男子生徒たちは「別にいいけど」「どうせお前が引っ張り回されるだけだろ」「女子って陰険だよなぁ」と刀子に同情的だった。
刀子は刀子で、弐朗と一緒に京都を回れると知って素直に喜んでいた。
そんなわけで、弐朗は刀子と並んで座っている。
なにも新幹線の中でまで一緒に居る必要はないのだが、女子の輪に混ざりに行った刀子が「みんなとらんぷはしないとのこと!」と元気に帰ってきてしまったため、「俺はやりたいですけど!?」と全力で遊んでしまったのだ。
弐朗は刀子と距離を置く女子たちをくだらないと思いはしても、恨めしいとまでは思わない。少しは思うが、ほんの少しだ。
寧ろ、賢明だとすら思う。
刀子を畏れているからこその距離だと思えば、納得せざるを得ない。
得体の知れないものに不用意に近付くのは自殺行為と変わらない。好奇心は猫を殺すのだ。刀子のこと何も知らねぇくせにと思う反面、嗅ぎ回られるのは面倒臭いとも思う。
故に、距離を置かれるのは弐朗としては都合がいいのである。
刀子に同性の友達ができればと気を揉むこともあるが、一般人を巻き込んでしまうことには抵抗もある。同級生には居ないが、年上なら、ヨズミやヨズミの友人が刀子を構うため、全くの一人というわけでもないのが幸いだ。
こうなった以上、弐朗は刀子とめいっぱい京都を満喫するだけだと気合を入れ直す。
撮影スポットや購入必須の土産を網羅した旅のしおりを自作するほど意気込んでいた刀子だ。その全てを取り零すことなく付き合えるのは自分しかいない、と弐朗は覚悟を決めている。
弐朗自身も父親から京都の話を仕入れ、やりたいことが幾つもある。
稲荷神社では
挙げ出したらきりがない。
弐朗がやりたいことを徒然に思い描く横で、車窓の景色は次第に流れを緩やかにし、多言語対応の車内アナウンスが流れ始める。それを真似するお調子者の男子生徒に、弾ける笑い声。
クラスメイトは皆浮き足立っている。
引率の教師がそろそろ到着する旨を伝えれば、生徒はそれぞれ出していた荷物を詰め、ごみを片付け、いつでも降りられる準備を整え始める。
弐朗も刀子を揺り起こし、荷物をまとめた。
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