第一章:京都鳥辺野編

01【上洛】


  「あ、デッケェ鳥……」


 阿釜あがま弐朗じろうは新幹線の窓から空を眺めつつ、ひとりごちた。



 隣の窓側席にはアイマスクをした幼馴染、紅葉くれはの刀子とうこが、置物の如き動かなさで健やかに眠っている。

 近くの座席からはクラスメイトのはしゃぐ声。

 にぎわいから取り残されるような感覚を覚えながらも、弐朗は席を立つ気になれない。


 紅葉もみじが本格的に色付き始める十一月。

 公立銀南ぎんなん高校二年生は、今日から二泊三日の修学旅行へ向かう。

 行き先は古都、京都。

 弐朗たちは三日間かけて市内を廻る。

 寺社仏閣に博物館、美術館、史跡に記念館。どうやら弐朗が想像していた以上に、京都という場所は観光地が密集しているらしい。


 この時期、体育祭と文化祭、二学期中間試験を片付けた銀南高校二年生は、一息つく間もなく修学旅行へ追い立てられる。修学旅行が終わればそのまま期末試験を叩きつけられ、転がるように短い冬休みに突入。

 旅行先は毎年変わり、四、五年で一回転するローテーションが組まれている。昨年、真轟まごうヨズミの年は香川県だったらしい。弐朗は香川県はうどんが主食、某ローカル番組で過酷な八十八箇所廻りをしていた、ということぐらいしか知らない。四国にある県の正しい位置も曖昧だ。その前の年は九州、その前は沖縄。


 そして今年は数年ぶりの関西方面、京都。


 刀子は一ヶ月前から張り切って荷物の準備をしていた。

 今朝も、弐朗の三倍はありそうな荷物をアンティーク調のトランクに詰め、家を出る時からずっとそわそわしていた。新幹線や旅館で皆で遊ぶのだと、トランプや謎のボードゲームも詰め込んでいた。

 しかし実際には、刀子は女子の輪に入ることができず、こうして弐朗の隣で眠っている。


 刀子がクラスの女子から距離を置かれているのは知っていた。

 知ってはいたが、まさか修学旅行を一緒に回るグループを作れないほどだとは思わなかった。

 刀子はクラスで明らかに浮いていたが、特別苛められているわけでもなければ、無視や嫌がらせを受けているわけでもない。刀子が話しかければ、ぎこちなくはあるが、皆、受け応えはしている。


 担任の教師から「阿釜、紅葉をお前のー…男子のグループに入れてもいいと思うか?」と相談された時、弐朗は怒りで机を引っ繰り返しそうになった。


 いいわけあるかと。

 何考えてんだと。


 残念ながら、小中学と、刀子に同性の友人が居たことは殆どない。

 それでも中学の修学旅行では、ちゃんと女子のグループに入って全日程をつつがなく満喫していた。

 旅行後、刀子は「たのしかった!」と言っていたが、宿泊施設の女子部屋で色々騒動があったのは知っている。どうやら刀子が原因らしいが、同じ部屋だった女生徒たちは皆何をおそれているのか口をつぐみ、詳細を語らないため、何があったのかはよく知らない。

 

 担任曰く、今回の修学旅行、刀子と同じグループになるのであれば行かない、行きたくない、怖い、休む、と泣き出す女生徒まで居たという。


 確かに行事のグループ分けはデリケートな問題であり、バランス感覚の問われるところではある。教師が組んでも、生徒が組んでも、保護者の意見を取り入れても、運任せで振り分けても、必ずどこかに不満が生じる。

 だが、それをどうにか、全員とは言わずとも大多数が納得のいくよう調整するのが教師の役目なのではないかと弐朗は思うのだ。


 その調整の結果がこれなのか? 幼馴染で事情のわかっている自分に丸投げすることが最善の手なのか? 刀子と同じグループになりたくないとか言い出すクソを黙らせるのが先じゃないのか? それができないから刀子を隔離するのか? 刀子なら何してもいいと思ってんのか?

 だとしたらふざけた話だ。


 弐朗は刀子の気持ちを思うと悔しくて仕方なかったが、前向きに考えた。


 刀子がやらかさないか心配するあまり、自分から「女子のグループ入っていいスか!」と血迷ったことを言い出さずに済んだのだ。願ったり叶ったりだ。

 それに、刀子はクラスの女子なんかより、俺と一緒に行動できるほうが嬉しいに決まってる。なんたって幼馴染、親友、マブダチだ。女子どもの言い分は腹立つが、刀子にとっても別に悪い話ではないー…はずだ。


 担任に文句を言いながら、弐朗は刀子を自分たちのグループに入れることを了承した。

 弐朗と同じグループの男子生徒たちは「別にいいけど」「どうせお前が引っ張り回されるだけだろ」「女子って陰険だよなぁ」と刀子に同情的だった。

 刀子は刀子で、弐朗と一緒に京都を回れると知って素直に喜んでいた。


 そんなわけで、弐朗は刀子と並んで座っている。

 なにも新幹線の中でまで一緒に居る必要はないのだが、女子の輪に混ざりに行った刀子が「みんなとらんぷはしないとのこと!」と元気に帰ってきてしまったため、「俺はやりたいですけど!?」と全力で遊んでしまったのだ。


 弐朗は刀子と距離を置く女子たちをくだらないと思いはしても、恨めしいとまでは思わない。少しは思うが、ほんの少しだ。

 寧ろ、賢明だとすら思う。

 刀子を畏れているからこその距離だと思えば、納得せざるを得ない。

 得体の知れないものに不用意に近付くのは自殺行為と変わらない。好奇心は猫を殺すのだ。刀子のこと何も知らねぇくせにと思う反面、嗅ぎ回られるのは面倒臭いとも思う。

 故に、距離を置かれるのは弐朗としては都合がいいのである。

 刀子に同性の友達ができればと気を揉むこともあるが、一般人を巻き込んでしまうことには抵抗もある。同級生には居ないが、年上なら、ヨズミやヨズミの友人が刀子を構うため、全くの一人というわけでもないのが幸いだ。


 こうなった以上、弐朗は刀子とめいっぱい京都を満喫するだけだと気合を入れ直す。

 撮影スポットや購入必須の土産を網羅した旅のしおりを自作するほど意気込んでいた刀子だ。その全てを取り零すことなく付き合えるのは自分しかいない、と弐朗は覚悟を決めている。


 弐朗自身も父親から京都の話を仕入れ、やりたいことが幾つもある。

 稲荷神社では霊験れいげんあらたかなご神水を汲んで茹で卵を食べる。お守りも買う。鳥居は倒れやすいから気を付ける。うずらとすずめの丸焼きを食べる。清水ではなんとかめぐりとかいう地下の暗いとこで石を触る。音羽おとわの水も飲む。水は三つあって、長寿や学業成就、恋愛成就等、それぞれ効果が違うという。勿論全部飲む。夜になるとどれかの像(?)か何かがビームを放つらしいのでそれも見る。転んだら数年以内に死ぬヤバい坂の近くにある美味しい七味をたくさん買う。八坂やさかのほうの神社には角の生えた巨大な狛犬が居るらしいのでそれを見る。刃物の神社を探す。国立博物館の常設展と特別展の図録を買う。通し矢で有名なところには何百体も観音像があって、一体は自分に似た像があるらしいのでそれを探す。多分行き先に入っているどこかの寺にある白虎の襖絵を見る。幽霊が買いにきて赤ちゃんに食べさせた逸話のある飴を買う。地獄の入口の井戸を見る。小野篁おののたかむらの像も見る。縁切り神社で頭のおかしい清掃業者との縁を切ってもらう。お札の輪っかもくぐる。家族と黒服に土産を買う。刀子が作ってくれた御朱印帳で御朱印も集める。

 挙げ出したらきりがない。


 弐朗がやりたいことを徒然に思い描く横で、車窓の景色は次第に流れを緩やかにし、多言語対応の車内アナウンスが流れ始める。それを真似するお調子者の男子生徒に、弾ける笑い声。

 クラスメイトは皆浮き足立っている。


 引率の教師がそろそろ到着する旨を伝えれば、生徒はそれぞれ出していた荷物を詰め、ごみを片付け、いつでも降りられる準備を整え始める。


 弐朗も刀子を揺り起こし、荷物をまとめた。

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