33【合点】五
しょうがねえ、トラの相手してくっか!
同時接続に制限のあるさわらは刀子に任せ、弐朗は食べかけの弁当を持って一人黙々と食べている虎之助の隣に移動することにした。
虎之助は既に一箱を空にし、今は目いっぱい白米を盛った茶碗を片手に二箱目に箸をつけている。
何食わぬ顔で隣に移動してきた弐朗に、「何しにきたんだ」とでも言いたげな視線を向けはするものの、食べることに集中したいらしく文句は言ってこない。
虎之助もさわらと同じように松花堂弁当を一区切りずつ、片付けるように食べ進めているが、此方は特に順番は決まっておらず、適当に目に付いたものから食べているような減り方だった。上品に少量盛られたおかずなど、虎之助にとっては一口サイズなのだろう。箸で丸ごと持ち上げて大きく開けた口に放り込むのを見ていると、虎之助が犬か何かに見えてくる弐朗である。
「そういやお前、さわらちゃんの持ってたやつが妖刀だって最初から気付いてたわけ?」
弐朗がしめじの餡かけが乗った卵焼きのようなものを食べつつ問えば、虎之助は箸を止めないまま「何のことですか」と逆に問い返してくる。
「いや、ほら。あいつの腕落とした後、お前、結構すぐに「
「……。ただの太刀に血刀折られて堪るかっていうのは、ありましたけど。確信があったわけじゃないです。ただ、もしあれが妖刀なら、抜刀しておくと面倒臭いことになるかもしれないなと思っただけです。親戚の伯父さんから幾つか妖刀の話、聞いてたんで」
「へえ! へえ! なにそれ、どんな話?」
「色々ですよ。妖刀使いとやりあう時は実質二対一だと思えとか、妖術みたいなの使ってくるのもいるとか。鞘に納めておけば
「……ぬけばたまちる? う、うてばひびくって、どういう意味だっけ」
「……。先輩、前に八犬伝の話してませんでした? 打てば響くは、本来の意味は、「すぐに反応がある」みたいな意味ですけど……。今はそのまま、言葉通りの意味です。打ち合ったら凄い音したじゃないですか。耳鳴りみたいな」
「ハッケンデン。発見伝。聞いたことはある。はァー、打てば響く。はァー、なるほどなぁ。音ォ? あー…言われてみればしてたか。してたわ。なんか聞いたことない音な」
「蔵まで響いてたよ。そうか、あれはさわらクンの妖刀の奇瑞か」
そんな取り留めのないやりとりに、鬼壱との会話を中断したヨズミが「なるほどなぁ」と口を挟んでくる。
そして鬼壱へと振り返り、説明して欲しいな、とばかりに黙って待てば、諦め切った表情の鬼壱が投げ遣りに解説してくれた。
「みづちは音出すんですよ。開戦の
「あんな苦々しい顔をしていたわけだ」
「そんな顔してました? あの時は色々重なりすぎて考えるのが面倒臭くなってきててですね……。あ、そうだ。なんかさっきさわらに色々聞いてたんで、あいつに代わって答えときますけどー…。わわさん、鈴鹿みづちは今日はもう顕現しないと思いますよぉ。奇鬼が「不貞腐れてる」って言ってたんで。抜刀できなかったのは、十九は主の選り好みが激しいからです。決めた相手にしか抜刀させない奴が大半ですよ。御大曰く、尻の軽いのも中にはいるらしいですけど」
「いいねぇ、主を選ぶ太刀。浪漫がある。その選んだ主、さわらクンの腕が落とされたのに反撃しなかったのは何故だい?」
「さぁ。その場に居なかったんでわかんないです。油断してたか、
鬼壱はきれいに食べ終えた弁当の蓋を閉め、「ごちそうさまでした」と手を合わせた後はのんびり食後のお茶を飲んでいる。
それに続くようにヨズミ、弐朗も食べ終わり、虎之助はとうとう三箱目に突入、さわらと刀子はマイペースが過ぎるのか、未だに一箱目を食べている。
弐朗は膨れた腹を撫でつつ、しみじみ考える。
さっきまでやりあってた連中と昼飯食ってんだよな。
東京から追い立てられてここまできたポロは鬼壱さんたちの探してる妖刀とは関係なくて、俺らにとってもただの流れの狂いで。それを処理しちまえば、確かに、敵対する理由はないわけで。わりとボコボコにされたけど、こっちもさわらの腕切ったし、痛み分けでとんとんー…。
破れた制服と、割れたスマートフォンを除けば。
さわらが妖刀で突いて弾き飛ばしたスマホは見事に画面が割れていた。一応電源は入り、アプリ類も起動するにはしたが、満足に使えるとは言い難い。刀子が腕ごと切ったさわらの制服は、皮剥の特性上、腕同様切断面を合わせることで元に戻せるが、さわらが穴を開けた弐朗と虎之助の制服はそうもいかない。
弁償。
そんな単語が脳内でちらついたが、弐朗は喉まで出掛かった言葉を飲み込んで小さく首を振る。
折角ヨズミがもてなしているのだ。細かいことを話題にあげて空気を悪くしたくはない。
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