32【合点】四

「じゃあ、彼はこのままこっちで処分しても問題ないね。持って帰ると言うなら、業者に包んでもらうが」

「あ、いいです。いいです。お任せします」

「遠慮しなくていいんだよ? それにしてもー…またってことは、結構多いのかな。こういう空振りは」

「ええ、まぁ。当たり引くほうが珍しいぐらいなんで……」

「会合に顔を出すのは十振り程度という話だったが、キミとさわらクンの他はどんな人たちがくるんだい?」

「興味あるなら御大おんたいに聞いてくださいよぉ。京都の御大。十九の総代、「鬼王きおう」の継承者。関西じゃわりと有名な血刀使いなんですけど。わかります?」

以助さねすけから聞いた名前だ。なんでも、滅多めったに人前に出てこないとか。挨拶もさせてもらえなかった、と報告があったよ。真轟の名前の所為で敬遠されたかな。うちの先代たちはまとめて京都出禁になってるらしいからねえ! その御仁ごじんの連絡先がわかるなら教えてもらえると助かるんだが。そうだ、鬼壱クン、私とドリムク交換しよう。アカウントあるかな?」

「え。はー…、えぇっと。俺今スマホ持ってないんで」

「嗚呼、荷物はコインロッカーだったね。じゃあ私の連絡先を渡しておくからよかったら登録しておいてくれ。我々は中部以北にはそれなりに顔が利くんだが、西の事情はあまりわからないんだ。十九のことでわかったことがあれば教えるよ。色々情報交換しようじゃないか」

「わぁ……アリガトウゴザイマスゥ……」


 心眼を持っていない弐朗にもさすがにわかった。

 鬼壱が連絡先交換をそこはかとなく迷惑がっていることが。


 しかしヨズミは全く引く様子も見せず、ぐいぐいいく。度を越えた積極性ー…それこそが真轟ヨズミの真轟ヨズミたる所以ゆえんでもある。鬼壱はヨズミに手書きの電話番号、メールアドレス、SNSアカウントを手渡され、なんとも言えない顔で目を細めている。


 そうこうしていれば廊下から「お食事お持ちしました」と声が掛かり、ヨズミの「入れてくれ」の言葉を待って人数分よりも多い弁当箱が運び入れられる。

 運んできた使用人も心得たもので、皆の前にはひとつずつ、虎之助の前には残りの弁当が積まれていく。虎之助は当然のように一人だけおひつと茶碗も置かれた。仕方がない、虎之助は米が足りないと腹が膨れないのだ。


「さあ、難しい話は後にして、皆、お昼にしよう。適当に座ってくれ」

「じゃあ俺はあっちのほうで……」

「鬼壱クンにはまだまだ聞きたいことがあるから是非私の横で!」

「えぇ……」


 鬼壱はヨズミが手放さないため、弐朗は自分の分の松花堂しょうかどう弁当を持ってさわらの隣に座る。さわらを挟んだ隣には刀子が座り、弐朗とさわらの分の湯飲みにお茶を注いでいる。虎之助は目の前に置かれた弁当に早速手をつけ、場所移動する気配はない。

 そういえば奇鬼は、と弐朗は軽く周囲を見回すが、茜色の尾を揺らす黒猫は弁当到着時にテーブルを下りた後、どこに行ってしまったのか姿が見えない。


「みずめさわらちゃんだから、さわちゃんだ。さわちゃんってよぶね。とーこはとーこです! くれはのとーこ! とーこってよんでいいよ! さわちゃん、うでのちょうしはどうですか!」

「俺は阿釜弐朗、好きに呼んで。あ、俺等同学年だから敬語使わなくていいぜ。なぁなぁ、あの白い鞘の日本刀、俺が抜こうと思っても抜けなかったんだけど、どーなってんの? あれも鬼神が奇鬼さんみてぇに猫とか動物になって出てきたりすんの? なんて銘だっけ。あ、俺の血刀、磔刀たっとう俄雨にわかあめっつーの!」

「とーこの血刀はねー、削刀さくとう皮剥かわはぎっていいます! さわちゃんのうでをすぱぱっとやったこれです。おりたためるんだよ。べんりでしょー。さわちゃんは血刀はぬかないの?」

「妖刀使いって抜刀の時に血使わなくていいんだろ。いいよなぁ、貧血とかないじゃん。でもそれ持ち歩くの大変そうだよな。なぁなぁ、十九ってなに? さっき鬼壱さん言ってたっしょ。ジックサンロがどうのこうの。神様みてぇなカンジ? 七福神とか八部衆とか。鬼神って有名な鬼とか入ってんの? シュテンドージとかさ、なんだっけ、色々いるじゃん!」

「じっくをさがすたびに出るのです! さわちゃんがおさむらいできいちさんがにんじゃだ! さすがにんじゃきたない! とーこは黒魔法使いでさんかします。じろくんはとうぞくとひーらー、どっちがいい?」

「盗賊とヒーラーって両立しそうにねぇ職だなぁ。えー、敏捷極振りの盗賊とかかなぁ……」


 両側から弐朗と刀子に質問攻めにされても、さわらは何を返すでもなく手元の弁当をッと見下ろしている。

 暫く勝手にしゃべっていた弐朗と刀子だが、さわらが全く何の反応も見せないため、そっとさわらの弁当の蓋をとり、手元に箸を寄せてやり、さわらの後ろで顔を見合わせる。

 「めいわくだったかな?」「電池切れてんじゃねぇの?」と囁き合ったところで、漸くさわらから返事が返ってきた。


「……自分はこういった会話は不得手で。申し訳ありません。どうお答えすればいいのかー…。考えている内に、何を聞かれたのかわからなくなりました。刀子さんと、弐朗、さん。で、お間違いないでしょうか」

「あ、いやいやこっちこそまくし立ててゴメンな! そう、俺が弐朗で、」

「とーこがとーこです! かたなのこ、でとーこ!」

「じゃあ、えーと。無理に返さなくてもいいから、まぁ、ゆっくり食べて……?」


 さわらは頷くと箸を手に取り、松花堂弁当を右端から順に一区切りずつ、片付けるように食べていく。仕草は丁寧、作法もきちんとしているが、どうにも極端な印象を受ける食べ方だ。


 こうなると、さわらを挟んで刀子としゃべるのも感じが悪いよな、と弐朗は気を揉んでしまう。弐朗は初対面の相手とでも気後きおくれせず話せるが、誰もがそうではないことは理解している。よく知らない連中に囲まれて食事をするのが苦手なタイプも居るだろう。

 刀子はさわらの返事がまともに返らずとも、「これおいしいね」「ぶたさんのないぞうみたいだね」「これあげる」とマイペースに話し掛けている。弐朗も会話に混ざりたいが、さわらの処理能力を思うと、自分がしゃべるペースを落としても二対一は無理だろうなと簡単に想像がついてしまう。

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