29【合点】一

 「まずは非礼をお詫びします。事情があったとはいえ無作法の数々、申し訳ありませんでした。自分は六目りくめ鬼壱きいち十九じっくが一振り、「鬼々切ききぎり」を継承する血刀使いです」


「同じく十九が一振り、「鈴鹿すずかみづち」を継承する水芽みずめさわらと申します。御無礼をお許し下さい」


 少年と少女はきちりと正座し、頭を下げてそう名乗った。


 らしい。


 というのも、弐朗は一人遅れて本邸に入ったため、話の導入を聞けなかったのだ。

 狂いを蹴落として貰い、虎之助に一頻ひとしきり文句を言い、ふらついていた黒服を捕まえて風呂と着替えを借り、開きかけていた傷を再度縫合しー…そういった諸々を片付け終える頃には、狂いの処理から一時間近く経っていた。


 弐朗が本邸の広間に駆け込んだ時、鬼壱はテーブルに肘をついて「これ美味いですね」と感心しつつ金箔羊羹をちびちび食べており、さわらは座布団を枕に寝かされていた。そんなさわらの傍らには切断した腕を持って座る刀子。

 ヨズミは上座に座りながらお茶を啜り、虎之助は廊下に近い場所に座って無言で口を動かしていた。虎之助の前には明らかに羊羹以外の何か、肉料理が乗っていたであろう大きな皿が置いてあった。


 状況の整理が追い付かない弐朗に、ヨズミと刀子は言った。


「お、戻ったか、弐朗クン。早速仕事だ。さわらクンの腕をつけてやってくれ」

「できるだけまっすぐ、もとどおりがいいもんね? とーこだけだとおりじなりてぃがだいばくはつしてしまうので、じろくんまちでした。先生! おぺの時間です! ばいたる安定、いつでもいけます! ぽんぷおん!」


 弐朗は生乾きの髪を後頭部にまとめながら「いや、やりますけど」と口先を尖らせ、上座でゆったり座布団に座っているヨズミを見る。

「それで、あの。話聞けたんスか先輩。この人らポロの関係者……?」

 問いつつ弐朗はさわらの傍らに膝をつき、刀子が差し出してくる袖付きの両腕を受け取る。

 刀子が皮剥で切り落としてから二時間弱。切り口、鮮度ともに問題無し。あとは合わせ目さえ間違わなければぴったり元通りになる。

 弐朗は刀子に「洗面器に水入れて持ってきて。あとタオル」と頼むと、刀子が戻るまでの間に腕から袖を取り、断面に異物がついていないか確認を済ませておく。

 ヨズミは弐朗の仕事を眺めながら「まだ全部は聞けてないけどね」と前置きし、要約した内容を話してくれた。


「鬼壱クンとさわらクンは京都の妖刀使いだ。二人は同じ高校の先輩後輩で、鬼壱クンが三年、さわらクンが二年。今回、さわらクンが剣道部の練習試合で東京にきていて、そこでポロクンと遭遇。単身、ここまで追い立ててきたんだそうだ。普通の狂いならそこまで深く追うことはないだろう。ただ、鬼壱クンたちは自分たちの仲間ー…、妖刀を探しているそうでね。そのあたりの事情は後で鬼壱クンから直接説明してもらうとして。ともかく、ポロクンが自分たちの探している妖刀を持っているかどうか、確認する必要があった。しかしそこで我々が獲物を横取りしてしまう。困ったさわらクンが鬼壱クンに連絡をとり、やってきた鬼壱クンが下した判断が、今回の襲撃作戦、というわけだ。弐朗クンが居ない間にこのあたりまで話を聞いた。ちなみにさわらクンの役目は、キミたちの足止めだったらしい」


 弐朗は刀子が運んできた洗面器の水で腕の断面を洗いつつ、足止め、と復唱する。

 そして座布団を枕に寝ているさわらへ視線をやれば、さわらは頷くだけで特に説明や補足をしてくるわけでもない。


「足止めにしては……随分派手に暴れてくれたような気が……」

 弐朗がさわらの肩まで袖をまくりつつ言えば、

「自分は校内の使い手全員をあの場に呼んで頂くつもりでした。ですが、あなたが連絡をとろうとしたのは真轟ヨズミさんでした。真轟ヨズミさんに連絡を入れられてはよくないのではと思い、思わず手が出ました。その後は、あちらの端塚虎之助さんと打ち合いになってしまいましたので。已む無し、と判断しました」

と、抑揚のない声が返ってくる。

 一体何が已む無しなのか弐朗には全く理解できなかったが、目の前の女生徒が若干アレなことは察することができた。


 脳筋なのかな。みたいな。


「で。話の続きといこうじゃないか。名前は耳にしたことはあるが、実物を見るのは初めてなんだ。鬼神きじんの太刀ー…「十九」について、聞かせてくれないか」


 ヨズミは鬼壱の湯飲みにお茶を注ぎ足しつつ、意気揚々話の先を促す。

 対する鬼壱はと言えば、ちらりと弐朗へ視線をやり、弐朗の手元を眺めながら言うのだ。


「別に話すのはいいんですけど。とりあえず先にそいつの腕、治してやってくださいよ。傷跡とか残ります? ちょっと責任問題とか色々あるんで、出来れば綺麗に治してもらいたいっつぅか。「活造いけづくり」の技能なら見たことあるんですけど、あれ、再生は無理でしたよねぇ。臓器抜き取っても暫く動ける、みたいな技能だったかと思うんですけど」

「ちゃんと治すと言ってるのに……まだ疑ってるのかい? じゃあ弐朗クン、頼むよ。ちなみに、刀子クンのあれは「活造」とは少し違うね。刀子クンの血刀固有技能みたいなものだ。彼女が皮剥で切ったものは、無機物だろうが有機物だろうが、くっつければ元に戻るのさ。くっつかないように切ることもできるよ」

「とーこはこれを「じっぷろっく」とよんでいます! あるいは「めつげらい」! またの名を「しゃるきゅてぃえーるの憂鬱めらんこりぃ」!」

「へえ。便利ですねぇ。首とか切っても元に戻せるんですか? なんか脳にダメージ食らいそうですけど」

「ねこさん、いぬさんまではおぺ成功しておりますとも。くるいさんも! 首切ってもしばらくはおはなしできたし、くっつけたら、ちゃんと動いてました! 生きてるひとはねー、まだ臨床でーたがないのでわからないですねー」

「猫とか犬は試したんですかぁー…へぇー…」

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