30【合点】二
ヨズミたちが
弐朗の経験上、接合部に多少空気が入ったところで取り返しのつかない後遺症等が起きたことはない。
ただ、痒みや違和感を感じることはある。
我慢できないほど痒い時は、俄雨を突き刺して接合部の空気を抜き、再生を促すことですぐに改善する。
あとは接合時に神経を突くような鋭い痛みが走るー…と経験者は口を揃えて言うが、弐朗にはいまいちその痛さがわからない。神経が繋がり、切断された部位に感覚が戻る際に強い刺激が生じるらしい。確かにぴりっと電流が走るような感覚はあるが、弐朗はそれを「痛い」と感じたことはない。
さわらは無言で自身の腕の断面が合わさっていく様子を見詰めていた。
完全に肉の色が見えなくなり、腕をぐるりと一周する切断線が皮膚に馴染んで見えなくなった。その瞬間、意図せず腕が大きく跳ね、接合部がざわざわと
掻き
弐朗はさわらの腕が跳ねるのを見て「よしよし」と何度か頷くと、続けてもう片方の腕も同じようにぴたりと貼り合わせる。
「どうよ。指、動く? 違和感ある?」
「……動きます。ただ、痺れが。少し感覚がありません。あと、つけたところが痒いんですが」
「痺れはすぐ抜けるから。寝起きに頭の下に敷いてた手が痺れてんのと似たような感じだろ? 接合部が痒いのもわりとよくあるからダイジョーブ。手貸してみ。こうやってにぎにぎして、血流よくしたらー…どう?」
「……はい。多分、大丈夫……です」
「我慢できないぐらい痒いんなら、俄雨刺すと治まることもあるけど。刺そっか?」
「我慢できます」
「我慢できなくなったらいつでも言えよな。センパァーイ、つきましたよォ!」
弐朗がヨズミに声を掛ける一方で、寝ていたさわらが身体を起こし、弐朗に深く頭を下げて「ありがとうございました」と礼を述べる。
弐朗と刀子もそれに倣って「どういたしまして」とお辞儀で返し、全員が黙り込む微妙な間があいた。
その間をあっさり打ち破るのは、羊羹を食べ終えて弐朗たちの様子を眺めていた鬼壱である。
「じゃあ、まぁ。こっちの事情を説明すれば、後は帰っていいんですよね。駅まで結構ありましたよねぇ、ここ。コインロッカーに荷物預けてるし、バスとか新幹線の時間調べたいんで、手短にー…」
「遠慮しなくていいよ! 新幹線に乗れる駅までうちの者に送らせよう。時間も調べておくから、気兼ねせずゆっくり話してくれたまえ。昼食はもう用意させてるからね。うちの料理長が作る松花堂弁当はいいぞ、実に美味い。皆で食べよう。なんなら制服も洗濯していくといい。お風呂使うならお湯を張るよ。うちのは檜風呂だ!」
簡単に済ませたかったらしい鬼壱の言葉を遮り、ヨズミは実にあっさりと逃げ道を塞いで行く。塞いだ上から次々とコンボも決めて行く。
鬼壱は一瞬遠い目をしたが、すぐに切り替えたらしい。
ぱ、と視線を戻すと「じゃあお言葉に甘えて、送迎だけお願いします」とヨズミからの申し出を受け入れた。
こうして
「……、
「第二次世界大戦。あの戦争で、結構な数の血刀使いが死んだそうです。正確な人数は今も昔もはっきりしてないですが、今の数倍は居たらしいですよ、血刀使い。この時に十九も継承者が行方不明になったり、連絡つかなくなったり、十九そのものが行方知れずになったりで、今でも見付かってないのがかなりあるんですよ。だから
「十九振り全部が集まらないと十九の盟約が守られないとかで、わりとダイレクトに継承者に呪いがきます。酷いとこだと継承筋が絶えたりとかもあるみたいで。俺とさわらもそれなりに食らってますけど、詳細についてはプライベートな領域なんで突っ込まれても答えたくないです。でもまぁ、それなりに危機感は感じてるんで、だからこうして十九揃えようとあちこち探し回ってるってわけです」
鬼壱は緩々と語り、傍らに置いていた黒鞘の太刀を手に取ると、すらりと半分ほど抜刀して見せる。
そして「きき」と太刀に声を掛ければ、縁側から「おう」と落ち着いた柔らかい青年の声が返ってくるのだ。
鬼壱を除く全員が縁側へと顔を向ける。
広間の片側は庭に面している。その縁側に、いつからそこに居たのか一匹の大きな黒猫がべたりと
長い尻尾がしたりと床を叩く。その尾は先端にいくにつれ、夜明けのような赤銅色に変色している。
他に人の姿はなく、誰も「猫がしゃべった」と驚きを言葉にすることもない。
猫がしゃべることもある。
この場に居る全員が、そう心得ているのだ。
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