27【狂狗】一
弐朗たち三人がタクシーから降り、両腕のない女生徒を包囲して真轟本邸に訪れた時には、ヨズミは見知らぬ少年と二人、
弐朗は状況が掴めずポカンとしてしまう。
なにあれ。クマ? ヒグマー…は本州には居ないよな。ツキノワグマ?
いや、違う違う。狂いだ。狂い? なんで先輩の家に。
先輩と一緒に居るの誰。黒服にあんなの居た? 知り合い? 血刀使い? あれ、でも日本刀持ってる。
もしかして先輩が登校してなかったのって、ここで仕事してたから?
「ワハハ! いいタイミングだ、キミたち! ポロが成ったぞ、手伝え!」
ヨズミは断刀断首を抜刀し、狂いの首を断ち切ろうと縦横無尽に駆け回っている。
が、狂いが黒鞘の太刀を持った少年目掛けて飛び掛かって行くため、攻撃が急所に当たらず「こら!」「こっちだこっち!」と笑いながら文句を言っている。
弐朗は隣で女生徒の肩を掴んでいる虎之助を見上げる。
虎之助の表情は険しい。いつでも険しいが、今は更に厳しい顔をしている。
車中で軽く鉄分補給はしたものの、弐朗も虎之助もまだ傷は完全には癒えていない。俄雨の治癒で傷口は塞がっているが、弐朗はまだ肺のあたりに違和感を感じる。虎之助の折れた利き手も、応急処置で巻き付けた添え木がなければすぐにまた逆方向に折れそうな不安定さだ。
「じゃあ俺行ってくるんで。阿釜先輩、くれ先輩。それ、お願いします」
虎之助は弐朗たちに女生徒を任せると、自分は左手で抜刀しながら狂いに向かって走って行ってしまう。
暴れ足りないのだろう。車中に居た時から苛々していたのはわかっているため、弐朗は止めることもできず、「無茶すんなよ!」としか言えなかった。
刀子は両手に持った女生徒の手を掲げて振り、「いってらっしゃーい」と元気に見送っている。
「……あれッ。俺も行くべき!? ヨズミ先輩に呼ばれたもんな!? あ、でも俺が行くと、とーこ一人でこいつ見張ることになるのか……。え、任せていい?」
弐朗がそわそわしながら刀子に問えば、刀子は「どうかなー」と首を傾げ、そのまま女生徒に「どうかなー」と問い掛ける。
女生徒は真っ直ぐ正面を見据えたまま押し黙っている。
裏門で捕獲して以降、この無愛想な女生徒は一切口を聞かず、地蔵のように黙りこくっていた。脅しも懐柔も一切効果がなく、虎之助の「この調子じゃ死んでもしゃべりませんよ」の一言で放置となり、結局何も聞き出せないまま真轟本邸に到着してしまったのだ。
「こうしてお手を拝借しているのでー。だいじょーぶかなー、とは思いますがー。封じられし右手と左手が我が手に! どうせなら右足と左足も切っておけばさらに安心、安全、えぐぞでゅわ」
「確かに、走られたら面倒くせぇもんな。じゃあ膝から下、落としとく? んー…腕、足、本体、太刀ってなると大荷物だけど、動けないならとーこ一人でも見張れるか。こいつ、身長、とーこと同じぐらいだもんな。このサイズ感ならオープンキャンパスの時もキャリー詰め苦労しなかったんだけどなぁ。惜しい……」
「ここ! このかわいいとんがりおひざのところで切りましょう、せんせい! おぺの時間です!」
「この場合切るのはとーこだから、先生はとーこだけどな」
「とーこが執刀。とーこのおぺは高くつきますよ? じゃあじろくんを器械出しさんに任命します! らすぱ! いれぱ! めっつぇん!」
「じゃあ押さえとくから、パパッとやっちまおうぜ!」
弐朗は片手に持っていた白鞘の日本刀をわきに抱え、両腕のない女生徒の背後に回り、肩に手を当て座らせようと力を込める。
しかしどれだけ力を込めても女生徒は膝を折る様子もなく、ムッとした表情のままその場に立ち尽くしている。
なにこれ鉄の塊? びくともしねえ……。
ならばこれはどうだと女生徒の膝裏に膝頭を打ち付けてみるが、ただただ弐朗の膝が鈍い音を立てるばかりで、女生徒は上半身を揺らがせることもない。
弐朗は思わず「カッテェ……」と呻き、今更ながら気付いてしまうのだ。
裏門で虎之助が女生徒の腹部に膝蹴りをお見舞いしたあの時。
聞き逃した、虎之助の毒づくような言葉。
あれはまさに、「固ぇ」ではなかったか。
弐朗は無理に座らせるのは諦め、白鞘を腰のベルトに差し込んで完全に両手を空けると、女生徒のわきに手を突っ込んで両肩を固定する。
「そんなに座りたくねーなら立ったままでもいいけどさ。寝てたほうが楽だと思うぞ? いいや、とーこ、立ったまま切っちまえ」
「いたしかたなしー。しかしとーこは黒き名医ですので、なにももんだいはありませんとも! この場でおぺを開始する!」
「暴れんなよォ。諸々片付いて、お前がヨズミ先輩納得させられたら、手足は返してやっから」
身体を固定しても、声を掛けても、女生徒は何も言わず固く口を噤んでいる。
何を考えているのか全く読めない女生徒の後頭部を見つつ、弐朗が女生徒を持ち上げようとしたその瞬間、
「弐朗クンッ!!」
鋭くヨズミに名前を呼ばれ、弐朗は反射的に声のしたほうへ振り返った。
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