26【襲撃】五

 なるほど、改めてよく見てみると、少年はしっかり蔵からの退路も確保している。

 外から施錠されてしまえばヨズミ諸共蔵に閉じ込められてしまうが、少なくとも、ヨズミによって閉じ込められることはないよう、それなりの位置取りをしている。

 地下に下りたのは、中身はなんであれガワは真轟の黒服であれば、閉じ込められたところで痛くも痒くもないのだろう。


「つくづくキミは慎重だなァ。私がキミを地下に閉じ込めるとでも? なんなら私が先に下りてもいいよ。一緒にポロクンを見に行こう! 大丈夫、怖くないよ」

「いいえぇ、別に信用してないわけじゃないんですけどね。下に居る人は、お借りしてる金髪さんが見てくれたら、それで事足りるんで」

「そういえばビィー…、キミが操ってる彼だが、キミの完全な支配下というわけじゃないんだね。単純な式神ではなさそうだ。ビィの意識が残ってるようにも見えないしー…もしかして自分で乗っ取ってるとか? リモート操作できるとか!」

「アンタなんでそんな愉しそうなんです……? 怖いんですけど」


 単身乗り込んできてやりたい放題やっている少年に辟易とした目を向けられ、ヨズミは「心外だな」と驚き混じりの笑みを返す。

 普通、仕掛けてくるほうが愉しいものなのではないのか。家人という余計な邪魔が入らないよう気を使ったのが野暮だとでも言うつもりか。


 ヨズミとしては、黒服が青年の何を確認するのか気になるところではあるが、拘束を解かれ自由になったからといってこの場を離れるわけにもいかず、歯がゆい思いをしていた。

 地下に下り、少年から目を離している隙に逃げられてしまっては元も子もない。

 誰かと連絡をとろうにも、スマホを入れたリュックは少年と遭遇した際、早々に放り投げてしまった。

 この場でできることといえば、少年を観察し、索敵をすることぐらいだ。


 高校では弐朗たちが威圧的な気配と相対あいたいしているらしく、五つの気配が一ヶ所に固まっている。

 隠密が不得手な弐朗、虎之助の気配は遠く離れていてもよくわかる。刀子の気配は若干掴みづらいが、その特徴を把握しているヨズミであれば、追跡するのはそう難しくない。

 残りの二つの気配が、ヨズミの予想では少年の仲間ー…妖刀使いとその妖刀、だ。

 高校周辺の地形を思い描きつつ、弐朗たちがあの猛々しい気配の持ち主にどう対応しているのか想像するだけで、ヨズミは更に愉しくなってきてしまう。


 絶対やらかすんだろうなァ! まず、あの縄張り意識の強いトラクンが黙っている筈がない。トラクンが抜刀してしまえば弐朗クンでは抑えきれないだろう。どちらかが負傷するぐらいなら、まぁ、想定範囲内だが、最悪られてしまった場合、今度は先代が黙ってないだろうから、こちらから相手の本拠地に乗り込んで出禁食らうまで大乱闘。逆に弐朗クンたちが侵入者をってしまったとしたら、それはそれでー…この少年がどう出るか。単なるデコイ、捨て駒なら気にも留めないだろうが、普通に身内や仲間だった場合、話がややこしくなる。


 そんなことを考えていれば、高校裏門付近に固まっていた気配が一斉に移動を始め、ヨズミは思わず「おや」と呟き、少年を見る。

 同じタイミングで少年もこちらに向かってきている気配に気付いたのか、口元に手を当て、苦々しい表情を浮かべている。

 ヨズミは横から少年の薄い顔を覗き込み、にまりと意地悪く笑ってしまうのだ。


「ー…どうやら、うちの後輩たちがお客様を連れてこっちに向かってるようだ。いや、頼まれて案内しているのかもしれないね? まぁどちらでも、揃ってやってくるのは間違いない。この速さだとなかなか飛ばしてる、十分もかからないよ。お客様はキミの連れかな?」

「……十キロ弱、離れてますけど。アンタ索敵範囲広いですねぇ」

「キミも捉えてるじゃないか。キミ、苦虫を噛み潰したような顔してたが、彼らがやってくるのは予定外だったかな? この範囲の索敵となるとー…嗚呼、そうか。どうも似てるなと思ったら! 顔立ちは別にそれほど似てないものね。目かな。気配? 雰囲気? まぁなんでもいいか。キミ、心眼持ちだろう?」

「!」


 少年はヨズミから「心眼」の単語が出た瞬間、目を見開いて「なんで」という顔を見せるものの、それはすぐに諦観ていかんの表情で上書きされる。

 索敵関連の技能は幾つかある。その中から、例の少ない心眼をすぐに挙げてきたということは、身近に心眼持ちが居るか、もしくは自身がということに他ならない。


「……てことは、アンタもですか」

「だね。ンふふふ! 父親以外で初めて会ったよ! やっぱり血縁なんじゃないのかい、キミ」

「それはないです。えん所縁ゆかりもないです。はァ、心眼持ちかァ……道理でやりづらい筈ですよ……何処に居ても常に視線感じて、動きづらいのなんのって」

「で。どうなのかな。高校の近くに居たの、キミの仲間なんだろう? こっちに向かっているみたいだが。一緒にお出迎えするかい?」

「いやぁ、用事済ませたらすぐおいとま、……」


 少年は仲間の有無については否定も肯定もしなかった。

 ただやんわりと辞退を告げる言葉が、途中でふつりと途切れる。


 気が付けば、暫く続いていた座敷牢からの喚き声も途絶え、蔵内はしんと静まり返っている。

 視界ではない、索敵の視野で、不安定に繰り返されていた明滅。それも今は止み、見慣れた色がじわりと空気に滲む。


 空気が凪いでいた。


 ヨズミと少年は揃って階段下、薄暗い地下へと顔を向ける。


 階段を下りてすぐ、黒い床板に、のそりと動くそれが居た。


 完全に背骨が変形し、山なりになっている。皮膚の下に骨の形が浮いて見えた。

 体躯の変形により破れた白い衣類が、今はただの布となって腕に引っ掛かっている。指先は黒く歪に膨れ、爪はいかり豆のように分厚い。下半身は既に布すら絡んでおらず、見えるのは足首まで覆う黒い毛ばかり。その見るからに固そうな毛は、背中や腕にも疎らに生い茂っている。


 それが、うつむけていた顔を上げる。

 既に人の輪郭は留めておらず、目も、鼻も、すぐには見付けられない。

 顔の中心から花弁の如く四方に裂けた皮膚の内側に、細かな歯のようなものがびっしりと並んでいるのが見えた。


 それは、大きな、犬か、熊か。


 黒い獣は階段上のヨズミと少年を見上げ、ー…どこに目がついているのかもわからない、その口ばかり目立つ顔をゆっくりと横に傾ける。


 蔵内に響き渡る咆哮。

 それはまさしく、狂い掛けの青年があげた雄叫びのそれだった。

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