25【襲撃】四

「できれば、誰にも気付かれない内にパパッと終えたかったんですけどね。その金髪の人はうろうろするし、アンタは一発で気絶してくれないしで」

「ウンウン。わかるよ。苦労して捕まえたところで正確な情報が聞き出せるとも限らないしね。どんな技能だって万能じゃないし。だったら、障害は取り除いて、自分の目で確認したほうが早い。私でもそうする」

「……アンタは、聞いたら素直に答えてくれるタイプです?」

「ことと次第による。だが、今はキミと話してみたい欲求で溢れているとも! 半狂いの彼の現状について聞くなら、この場において私以上の適任はいないだろう。ツイてるよキミ。私が本丸だ。どうだい、うちでお茶でも飲みつつゆっくり話さないか? 静岡の知人から送って貰ったいいのがあるんだ」

「……。ですよね……。でもアンタ、あれでしょ。俺の質問からこっちの内情探ったりとかする感じなんでしょ……」

「腹を割って話そうじゃあないか」

「いやあ……それはちょっと……」

「何故!」


 ヨズミは思わず笑顔で食い下がってしまうが、少年は押せば押すほど引いていく。


「ま、見れば大体わかると思うんで……アンタから話聞くのはやめときます。あそこの蔵の地下でしょ、入れてるの。用済ましたらとっとと立ち去りますから、立会いだけお願いできますか」

「見ればわかる? 彼の状態かい。「あれ」とは、また随分な扱いだねぇ。キミたちの仲間じゃないのか? 獲物のほうなのかな」

「……、本人、確認させてもらいたいだけなんですよォ……」

「仲間にしろ、獲物にしろ、必要なら連れて帰ってくれてもいいよ。詳しい話を聞かせてくれるならね!」

「とりあえず、見せてもらっていいですかァ?」


 ヨズミは話し相手になってくれない少年に大いに不満だったが、その場に同席すれば何かわかることもあるかもしれない、と気を取り直し、立会うことを了承する。

 黒服によるヨズミの拘束は解かれたが、完全に自由にしてもらえる筈もなく。

 ヨズミは後ろ手に手を組まされ、それを黒服が掴み、動きを制限したまま蔵へ連れて行かれることになった。

 ヨズミの索敵には、相変わらず少年の気配は引っ掛かってこない。

 ただ、先ほどまで何も感じなかった少年の太刀から、今は少し揺らぎのようなものを感じる。

 それが何によるものなのか、断定はできないが思い当たる節はある。

 そもそも、完璧な隠密のできる使い手が、ただの日本刀を携えて血刀使いの家に乗り込んでくるわけがないのだ。


 それ、妖刀かい?


 そう、聞いてみたい気持ちはある。


 が、聞いたところで少年が答えないのもわかっている。

 ならばわざわざ答えの返らない質問をして、無駄に警戒させる必要もない。

 少年が妖刀持ちなら、今、高校周辺に在る気配のブレにも納得がいく。

 あれもまた妖刀持ちなのだろう。使い手の気配と妖刀の気配が重なって、ブレているように感じるのだ。あちらは少年に比べて隠すつもりがないらしい。使い手も、共に在るものも、威風堂々たる在り様で自身の所在を誇示している。


 蔵の前に辿り着いた少年は、ヨズミに見守られながらかんぬきを外し、蔵の扉を開く。

 幾つかある蔵の内、ここは主に使われなくなった家具や農具をしまっている蔵であれば、盗られて困るようなものなど特にない。いつからあるのかわからない長持ながもちや鏡台、葛籠つづら等が、適当に隅に固めて置いてある。定期的に使用人が掃除をしているため、古いものが多いわりに埃や蜘蛛の巣は掛かっておらず、それになりに片付いている。

「奥の床板が持ち上げられるんだ。そこが座敷牢の入口さ。鍵は掛かってないが、鉄の閂と重石おもしがある」

「鉄の閂してたって、木の板程度じゃ狂いは閉じ込めておけないでしょ」

「今のところ、床板を突き破って出てきたって話は聞かないね。嗚呼、でも、成ったはずみで家屋倒壊させたご先祖が居たって話なら聞いたことあるが」

「笑えないんですけど……」

 あまりにもヨズミがあっさり案内するからか、少年は地下に続く隠し戸にすぐに手をつけようとはせず、暫く様子を窺う間があいた。

 戸に細工があるわけでもなければ、地下に伏兵を潜ませているわけでもない。

 開ければ古ぼけた階段があり、くろつるばみ色の格子の中、布団の上に例の青年が寝ているだけだ。

「地下の電気のスイッチは、階段下りてすぐ横の壁だよ」

「……ご丁寧にドウモ」

 いつまでも足元を見詰めて黙り込んでいる少年に、ヨズミは親切心からそんなことを教えてやったりもする。


 不意に、耳鳴りのような甲高い音が響いた。


 空気の振動が脳を通り抜ける、そんな一瞬の後、ここ数日で飽きるほど聞いた青年の喚き声が床下から聞こえてくる。


 ヨズミが甲高い音に「何の音かな」と首を廻らせていれば、背後の黒服がヨズミの手を放し、少年に向かって軽く首を振る。少年も床下ではなく黒服を見ており、殆どない眉根を寄せて訝しむような表情をするのだが、二人の間に言葉はない。

 どうやら少年は先ほどの耳鳴りのような音に覚えがあるらしい。

 黒服に顎で示され、少年は渋々といった様子で隠し戸に手を掛け、観音開きの扉を持ち上げる。

 地下では半狂乱の青年が、意味をなさない絶叫を垂れ流し続けている。

「彼とはまともに話せてないよ、一度もね。捕まえた時からこんな調子だ。……今日はまた一段と騒がしいが」

 黒服に手を離され自由になったヨズミは、胸前で腕を組みつつ青年の状態について説明する。

 てっきり少年が下りるのかと思いきや、地下へ続く階段へ足を乗せたのは黒服であり、ヨズミと少年が注視する中、特に警戒するでもなく緩い足取りで座敷牢に近付いて行く。

 ヨズミは少年の横に立って「キミは行かないのかい」と問うが、少年は「閉じ込められたらイヤじゃないですかァ」と笑い、必要以上に地下への入口に近付くことはない。

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