24【襲撃】三

 頼むから逃げてくれるなよ。

 こっちはまだキミの気配を掴めてないんだ。

 こんな状態で逃げられちゃあ、追い掛けるのが手間だ。


 そんな思いを込め、今一度、圧し折らんばかりの勢いで断首を黒鞘に叩き込む。

 さすがにこれは受け流せなかったか、少年は初めて両手で柄を握って断首を受け止め、後退する足が止まった。

 少年の腕が大きく震え、膝に力が入る。

 上から押すと断首と、受け止める黒鞘。力は拮抗している。


「ッ、とに! ……サポート系じゃないとか、詐欺だろッ」


 最初に漏らした呻き以降、漸く口を開いたかと思えばこの言葉。


 数日この辺りで様子をうかがっていたのであれば、少年が自分たちの情報を把握していても何ら不思議ではない。有事の際は前線を弐朗と虎之助に任せ、自分は指揮とナビゲートに徹しているヨズミである。傍目に見れば確かにサポート担当に見えなくもない。


 ヨズミは軽く息を吐き、断首で鞘を押し込みつつ至近で少年の目を覗き込む。

 虹彩が赤い。

 元々の色は違うのだろうが、

 気配の色が外見に滲む使い手は珍しくない。

 憑物筋つきものすじは憑物が強ければ強いほど外見に影響を及ぼし、血刀使いは血が濃ければ濃いほど、風変わりな色を持つ。

 少年の目にはひるみもなければおごりもない。


 ふと、その真意の掴めなさに思い当たるものがあれば、ヨズミは少年の顔立ちを眺め、目を見詰め、「ンン?」といぶかしむ声をあげる。


 父親に似ていなくもない、のか? なんなら若干、自分にも似てないか?

 似ているー…気がする。

 この少年、もしや父の新たな隠し子では?

 だとしたら、少年の目的は獲物の奪取や仲間の救出ではない可能性も浮上してくる。血縁関係の恨みつらみとなると、話は単純ではない。


「キミ、父親が真轟清嵩だったりするのかい?」

「……、エ? はァ? なんですかいきなり。ていうかそれ……」

「ここの世帯主だよ。私の父だ。つまり、キミ、私の弟クンだったりするのかな、と。だったら用があるのは父だろう? 呼ぼうか」

「か、……勘弁して下さいよ」


 「なんだ違うのか」と拍子抜けした瞬間、不意に背後から勢いよく何かにぶつかられ、黒鞘を押し込んでいた断首が鞘上を滑る。ヨズミは思わず肩越しに振り返った。


 いつの間に起き上がったのか、先ほどまで生垣に上半身を埋めていた黒服が、金髪頭に枯草をつけたままヨズミの腕の上からしがみついてきている。

 ヨズミは腕を外させようと身体を動かしてみるが、思いのほか強い力で羽交い絞めにされており、簡単には解けそうもない。「簡単には」というだけで、勿論腕を折るだとか首を折るだとかの強硬手段をとれば解けないことはなさそうだが、それはいざという時の最終手段だ。


 少年はヨズミの断首が届かない距離まで後退すると、はー…、と長い息を吐いた。

 先ほどまで打ち合っていたこともあり、お互い息が上がっている。

 そうして一息ついた後、少年はヨズミの背後の黒服に目配せし、ヨズミの手から断首を取り上げるよう指示をする。

 ヨズミが抵抗もせず手を離せば、断首はそのままふぅっと空気に溶けた。


「なるほど。これを待っていたのかな。暗示?」

「アンタが一発で気絶しててくれたら、こんな面倒臭いことやらなくて済んだんですけどね」

「どうやって言うこと聞かせてるんだい。気絶してたろう、彼。意識の無い身体を動かしているということは、式か何かかな。それともそういう術? そもそも気絶してなかったとか? 気になるなぁ!」

「……なんか時間稼ごうとしてます? あっちのほうにわらわら居る怖そうな人たち呼ぶ気なら、」

「ないない。それはないよ。呼んで欲しいならそれもやぶさかではないが、うちのおじさんたち、キミみたいな若者が大好きでね。やれ生意気だ、礼儀がなってないとなると、すぐ構い始めるんだ。説教と指導が始まると長い」

「はぁ。それは、嫌ですね。……調子狂うな。じゃあ、まぁ、言うまでもないとは思いますけどー…。一応、後ろの金髪の人、人質ってことで。余計なことしないでくださいね」


 ヨズミは振り向いて黒服を見詰め、「意識はビィなのかな」と名前を呼んでみるが、黒服は眠そうに目を細めるだけで特に何を言うでもない。

 当然のことながら、明らかにいつもの黒服とは様子が違う。

 特に目が、と更に覗き込もうと顔を傾ければ、黒服は面倒臭そうに明後日の方向に顔を逸らしてしまい、ヨズミと視線が合うことはなかった。

 普段の黒服でないことははっきりしているが、単に操られているだけなのか、それとも別の何かが入っているのか判断がつかない。

 横を向いたままの黒服にヨズミは軽く肩を竦めてみせ、「人質なら丁重に扱ってくれたまえよ」と言うに留め、無理に拘束を解くのは後回しにする。


 こんな状況、口煩い叔父連中に見付かったらただでは済まないだろう。乗り込んできた少年は言わずもがな、易々と敷地内への侵入を許し、身体まで使われている不甲斐無い黒服のほうがよりみっちり指導を受けてしまいそうだ。無残な仕打ちを受ける黒服を見るのは忍びない。

 おじさんたちに見付かる前に正気を取り戻させてやらないと、とヨズミは一人誓うのだ。


「で。父に用があるんじゃないとしたら、私かな。それとも、半狂いの彼?」


 ヨズミが興奮を隠し切れない弾んだ声で問えば、少年は少し考えるような間をあけ、「はぁ、まぁ」と緊張感の無い肯定を返してくる。

 ヨズミが自分の目的を言い当てたことに驚いた様子はなく、まぁそりゃそうだろ、とでも言いたげな諦めの表情を浮かべている。

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