21【会敵】五
気付いた時には、女生徒の左手は二の腕から切り取られ、鞘を持ったまま地面に転がっていた。
弐朗を突き飛ばした腕がそのまま落ちたのだ。
間をあけずもう片方の腕も太刀を持ったまま地面に落ちる。
両腕の重みのなくなった上半身をふらつかせながら、女生徒は大きく後ずさって退避する。
それをすかさず背後から押さえ込み、地面に縫い止めたのは虎之助だった。
虎之助に頭を押さえ付けられた女生徒の、その見開いた目は、弐朗の後方、植込みに釘付けになっている。
「先輩、納刀」
女生徒の上で虎之助が鋭い声を放つ。
虎之助のこめかみと脇腹は血に塗れ、白いシャツの脇腹は絵に描いたように赤い。傷口がどうなっているのかは服の上からは確認できないが、弐朗が治療のために放った俄雨は今もシャツの上から深々と突き刺さっている。折れた右手首も、今は袖の下に隠れている。当然のことながら動かせてはいない。
はっとした弐朗は最後の俄雨を自分の胸部の傷口を縫い止めるように縦に深く刺すと、すかさず真横に落ちた血塗れの太刀と鞘を掴んで納刀する。女生徒から落ちた手は、未だ固く柄と鞘を掴んでおり、それをぶら下げたまま納刀することになった。
「もぉー。じろくんもとらくんも、もぉー! どうしてとーこ呼んでくれないのー? おこなんですよー!」
虎之助が女生徒を制圧し、弐朗が太刀を納めて漸く、植込みに居た刀子がぬるりと姿を現した。
片手に女生徒の両腕を切断した「削刀皮剥」を持ち、口で「ぷんぷん」と言いながら弐朗と虎之助に向かって文句を言ってくる。
俄雨の治癒が効き肺からの出血が止まって漸く、弐朗は込み上げる鉄味を何度も飲み下し、飲み切れなかった固まりはその場で吐き捨てて手で口元を拭う。手の甲についた血はスラックスの尻で拭った。
「いや、スマホ吹っ飛ばされて。呼び行く間とかなかったし! つぅか俺教室出る時にトーコに合図送ったじゃん! それでついてきてくれたんじゃねぇの!?」
「とーこはじろくんが帰ってこないのでおむかえにきただけですよ? おトイレながいなーって。じろくん、朝からずっとそわそわしてたもんね。ぽんぽんぶれいく」
「ブレイクちゃうわい。あんなのカモッ、カム? カモムラージュ? に決まってんんじゃん! 索敵しろってトラからDMきてさぁ、で、索敵したらこいつの気配が引っ掛かて、だから俺はトラとだなぁ、」
「……そういうの後でいいんで。くれ先輩、ヨズミ先輩に連絡入れて貰えますか」
「オッス! おでんわします!」
「あ、そうだ、トラお前脇腹ダイジョブか。あと手首。あれ折れてたろ? 見せてみろよ!」
「いや……先に自分の傷どうにかしてください」
虎之助の下で、女生徒は何を言うでもなく土に頬を付けている。
弐朗は太刀と鞘から女生徒の手を外して片手にまとめ持ち、「あのさぁ」と声を掛けた。喉に血が溜まっていた所為で、思いの外ガラついた声になった。
「お前が悪いんだからな。先に手出したの、そっちだぞ。お前、誰。なに。マジで何しにきたわけ。あと、これなに。ホンモノの日本刀? なんで血刀折れんの……? このへんのじゃないよな、その制服。どこのひと?」
刀子が切断した腕は血が滴ることもなく、布も皮も肉も脂も骨も、解剖図の如く鮮やかな断面を保っている。虎之助が下敷きにしている女生徒の腕の付け根も全く同じに、見事な断面を惜しげもなく晒している。
虎之助が背骨に当てた膝で内臓を押し潰し、答えるよう促しても、女生徒は眉ひとつ動かすことなく黙り込んだままだ。
「じろくん、とらくん。よずみせんぱいにつながらないよー」
ヨズミに連絡を入れようとしていた刀子が、スマホを耳に当てたまま、首を振りつつそう報告してくる。
弐朗は胸に開いた穴を摘まんで餃子の皮のように寄せつつ、えぇ? と首を傾げるのだが、そういえば自分が掛けた時にも繋がらなかったことを思い出し、落ち着かない気分になる。
自分たちでも読めたこの女生徒の気配を、あのヨズミが取りこぼす筈がない。
ヨズミの下駄箱には、上履きがあり、靴がなかった。
上履きの上には折り畳まれたメモ。
「あッ、」
弐朗は思わず裏返った声をあげる。
そして、気付くのだ。
「ヨズミ先輩、今日登校してねぇんじゃねえ!? あれ、あのメモ、先輩のダチのあの人だ、サキ先輩」
「メモ……? 何の話ですか」
「ここくる前に見た時、ヨズミ先輩の下駄箱、靴なかったんだよ。だから俺、先輩もう先行ってんのかなぁって思って。で、上履きの上にメモ乗ってて。なんだろ、ぐらいにしか思ってなかったけど、あれ先輩宛てのやつだわ。だから、先輩あれ見てねぇっつーことは、今日ガッコきてねェンだよ! トーコ! 真轟の個タクに電話して裏口に回してもらって」
「らじゃり!」
「どこに連れてく気ですか」
タクシーを呼ぶ刀子の足元で、女生徒を膝で押し潰し続けている虎之助が殺気立った声で聞いてくる。今すぐ処分したい、という本音と、話を聞き出さねばならない義務感で苛立っているのだろう。血が大量に抜けた所為もあるかもしれない。
弐朗は画面の割れてしまったスマホを拾いつつ、辺りにこぼれた血に土を掛けて誤魔化して回りながら「そりゃお前」と振り返って答えるのだ。
「真轟本邸しかねぇだろ」
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