03【捕獲】二

 作戦としては難しくはない。


 自分が気配を殺さず、わざと「それ」とわかるよう対象を追い立て、合流ポイントで待ち伏せる刀子とうこと挟み撃ちにする。材木置き場は仕事場のひとつ。所有者は真轟まごう土建、つまりはヨズミの実家「マゴウコーポレーション」の子会社だ。仕事場は街の至るところに設けられ、いざ、ことが起きた場合にはそこに対象を追い込み自分達が然るべき処理をする。


『対象は郵便局前を通過。進行方向は変わらず。速度からして徒歩だね。近くにクロワッサンが美味しいパン屋が在る。何処かを目指しているのか、ただ人の多いところから離れたいのか……川沿いに進んでいる。もう少しで橋だ』


 ヨズミのナビゲートは一言で言えば「臨機応変」。


 最初の頃は方角や数字で伝えられることの多かった位置情報も、弐朗じろうが「店とか目印のほうがなんか想像できるッス! あと方角もよくわかんねッす!」と訴えれば即日対応で変更してくれた。

 ただ、同じナビで動く虎之助とらのすけ的には、店の名前に興味がなく覚えるつもりもないため方角や数字のほうがわかりやすいらしく、虎之助も居る時は位置情報に数字も追加される。


『……なんかさっき呼ばれました? これ、いまいち出かたわかんないんですけど。なんかありましたか』


 弐朗がジョギングペースで商店街に向け走っていれば、イヤホンから不機嫌そうな低音が聞こえてくる。

 商業施設の名前を覚える気のない無愛想な後輩、虎之助だ。


『やあ、トラクン。折角スマホ渡してるんだからもっと活用してくれたまえよ。早速で悪いが、仕事だ。今何処どこだい?』

『気付くの遅れてすみません。今高校前のバス停です。……なんかハァハァ聞こえるんですけど』

『うん。ああ、それは弐朗クンだ』

「俺だよ! オレオレ! 走ってんだよ! 真轟土建の材木置き場でやるぞトラァッ! 今すぐ全速力で走って来い絶対だぞサボんなよ!」

『じゃあバスで行きます』

「なん、ッでだよ!! 走れよ!? 俺走ってんのよ!?」

『ヨズミ先輩、目的地の最寄りバス停何処ですか』

「どういうことだよトラァ~! 無視すんなコラァ~トラァ~!」

『弐朗クン、今キミが務めている追い立て役も大事な役割だ。後ろから猛追してくるキミの気配にあちらさんも今頃恐慌状態に違いない。対象は橋を渡り切ったぞ。トラクン、最寄りは「みつばちセンター前」だ。ただ、高校前のバス停からは行けないよ。路線が違う。みつばちセンター前に停まるのは高校裏門を出て左方向、川沿い二十メートル付近にある「銀南ぎんなん高校裏門」乗り場から乗るやつだ。キミが今居るのは正門前のバス停だ。時刻表を確認するからちょっと待ちたまえー…、お、いいぞ、後五分でバスが来る。乗るなら急げ』

『走ります』


 バス停目指して走るならそのまま材木置き場まで走って来い、と弐朗は思ったが、これ以上自分が何かを言ったところで頑固で意固地な後輩が言うことを聞くとも思えず、また、文句を言いながら走るのも疲れるため自重した。


 夕方の商店街はほどほどに混む。


 刀子の「お迎えの車に乗れました」「お迎えはかめさんでした」報告や、バスに乗ったため通話を自粛するといった虎之助の連絡を聞きつつ、弐朗は人の隙間をうように商店街を走った。

 途中、顔見知りの惣菜店の店員や肉屋の店員、客引きの黒服に声を掛けられたが、まさか立ち止まって世間話を始めるわけにもいかず、急いでますアピールで「また今度!」とだけ叫んで手を振りながらやり過ごした。


 その間もヨズミの落ち着き払った、それでいてどこか愉しげな声色のナビは続く。


『対象は橋を渡ってひとつめの信号を左折した。材木置き場からは離れるがー…、うん、構わないだろう。弐朗クンも刀子クンもそのまま材木置き場を目指してくれ。あ、弐朗クンは指示があるまで隠密おんみつ状態で走ってくれるかい。対象の軌道修正はこちらでやる。私はこのまま通話に入るが、相手はキミ達と同じグループじゃないから、キミ達は好きにしゃべってくれて構わないよ。何か問題があれば遠慮なく報告するように。ちゃんと聞いてるから』


『……。どうも。ええ、はい。ヨズミです。お元気そうで何よりです。いいえ、あの件はもう片付いてますから。はっはっは、相変わらずですねえ。はっは! ンー…ふふふ。どうでしょうね。いいじゃないですか、その話は。終わったことです。ところで、今はお仕事中ですか。ええ、まあ、そうじゃないっていうのはわかってて聞いてるんですがね。いらっしゃってるなァと思いまして。いやいや、そんな。はっはっはっは! 私用? なるほど。私用でお忙しい中申し訳ありませんが、ひとつお願いしたいことがありまして。ちょっとその場で索敵さくてきして頂けませんかね。……いやぁ、おとりだなんて。むしろ逆です。我々のお客さんがそちらに向かってるんで、近寄らせないようわざと見付かって欲しいだけです。横取り? ははぁ、ええ、ええ。したければどうぞ。お譲りしますとも。じゃあこちらは引くので、そのままそちらで。愉しんでください。え? ああ、冗談だったんですか。あなたの冗談は冗談に聞こえないからなァ』


 イヤホンの向こうからは誰かと通話するヨズミの声だけが聞こえてくる。


 車中の刀子とバスの虎之助は黙って聞いているらしく、特に何も言わない。

 走っている弐朗もまた、ヨズミの通話の邪魔をするのは気が引け、指示に従って隠密へ切り替える努力をしながらそのまま材木置き場を目指す。


 そもそも、走りながら隠密へ切り替えるという時点で、弐朗には他のことをやる余裕がなかった。


 ヨズミは気軽く切り替えろと言うが、立ち止まって集中している状態でも上手く切り替えられないことがある弐朗にとって、この指示はなかなかの無茶ぶりと言える。


 「隠密おんみつ」。

 それは、気配は殺すが、動きそのものを止めることではない。


 認識できないまで風景に馴染む、存在感を消す。

 気持ち的には、授業中に教師から当てられないよう教室と同化し無になる状態と良く似ていると弐朗は思う。ただし弐朗は教室内での隠密は殆ど成功しない。当てられたくない時に限って当てられる。


「先輩、スイマセン、ちょ、ちょっと、止まって、止まってから隠密、やります!」


 未だ通話中のヨズミにそう断りだけ入れ、弐朗は立ち止まって両膝に手を付き、大きく数度深呼吸を繰り返す。

 刀子が小さな声で「ひっひっふー」と音頭を取るのが聞こえたが、ぜえはあと荒れた呼吸を繰り返す弐朗には繰り返す余裕もない。


 隠密は技能的には基本も基本。

 天然隠密体質の刀子とまではいかずともせめて普通程度にはできるようになりたいと思ってはいるのだが、如何いかんせん、弐朗は「気配を消す」ということが未だによく理解できない。バトル漫画でよく見る「オーラが見える」や「戦闘力がわかる」と同じぐらい、曖昧あいまい過ぎてわからないのだ。

 正直、これは自分に基礎を教えた教師が悪いと思っている。教師と言っても何の資格も持っていないただの中年男性、弐朗の実の父なのだが。


 父曰く、「隠密は親に怒られたくない時とかに無になるあれだ。今俺はここに居ませんよーって空気を、こう、いい感じにまとえばいいんだ。電信柱になったつもりで気配を殺す! で、気配っていうのはあれだ。ゴキブリとかムカデとか目に見えなくても「居る!」てわかる時あるだろ。今、ヤツと同じ空間に居る、絶対居る、ってなるやつ。あれだ。感じるんだ。心の目で見ろ! その気配を探し出して位置特定するのが索敵だ。もう、これは「絶対探す、何がなんでも探し出して殺す」っていう気合いさえあればどうにかなる!」とのこと。


 実際にはどうにもならず、弐朗は未だに隠密も索敵も上手くこなせないでいる。


 幸いだったのは、無愛想にして無遠慮な後輩、虎之助もまた弐朗と同程度隠密下手であったことだ。


 虎之助に基礎を叩き込んだのは虎之助の実父だが、こちらもまた、「気配とは心で読むもの。心技体しんぎたい、この三つを自在に繰って始めて真の使い手となる。己が心を研ぎ澄まし、雑念を捨て、修練を積むが全て。さすれば気配など勝手に読める。会得えとくするまで家に入るな」と、当時から反抗期全開だった幼稚園児の虎之助を家の外に放り出してスパルタで育てたらしい。

 結果、虎之助は何をしていても殺意に満ち溢れるたいそうバイオレンスな少年に成長した。


 虎之助は自分が隠密下手であろうとも、容赦なく弐朗のだだ漏れな気配を馬鹿にする。しかし、これで虎之助が隠密上手であったなら、馬鹿にするでは済まされず「間違えました」の一言で叩き切られていたような気もするので、そこが「幸い」と弐朗が感じるポイントだ。


 弐朗の目下の目標は「クソ生意気な後輩よりも先に隠密のプロになる」である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る