エピローグ 悪魔の真実が明かされるとき(3)
「そうですね……。何処から話すべきか。まず先輩は『京界』というワードを聞いたことはありますか?」
七条君の唐突な問いに俺は戸惑う。だが、何処かで聞いたことがあるような気がした。記憶の底を掘り起こし、俺はようやく思い出す。
『これは京界に反する者の集まり……』
和気白雪だ。深層意識の中で確かに彼女はそう言っていた。
「あぁ……。和気さんから名前だけは聞いた。だが、その意味までは……」
その言葉に七条君は「成る程」と呟く。
「では、まず『京界』についてお教えしましょう。先輩は歴史がお得意ですよね? では、2020年に起きた新型コロナウイルスの流行をご存じですか?」
何故、いきなりそのような歴史用語を聞くのだろうか?と疑問に思ったが、俺は即答する。このくらいは余裕で知っている。
「あぁ、医療的にも経済的にも日本が深刻なダメージを受けた時代。感染者や死者が増加し、緊急事態宣言が出され、景気もこれ以上ない程に悪化した暗黒の時代……」
俺の言葉に彼は深く頷いた。
「えぇ、その通りです。しかし、それとは別に日本は大きな問題を抱えていました。それが少子高齢化問題。出生率が減少し、高齢者の割合が多くなる。この問題は単純に年金制度の問題、高齢者一人分を現役世代一人が支えなくてはならないという問題にのみ焦点が当てられていました。しかし、実際は働き手の不足によるあらゆるサービスの質の低下、地方の過疎化、ダブル介護による生活の破綻等々、様々な社会問題の根本の原因なんです。そこにコロナまで起きてしまったものだから、様々な業界が衰退し、リストラや無職・引きこもりの人間が年々増え、貧富の格差も大きくなり、自殺者も増加……。支援の手も届かず、多くの人々の心は荒み、犯罪も増加して治安が悪くなる。『悪魔が日本を支配した時代』と言われる程に最悪な状況でした。少なくとも、2025年までは」
含みのある七条君の台詞。俺はすかさず踏み込む。
「2025年に何があったんだ?」
だが、ここで彼は首を横に振った。
「すみません。僕は下っ端ですし、なにぶん古い時代なので僕の権限だとこの時代のデータは取得できないんです。ただ、分かっているのは『ある人物』が『京都・大阪・兵庫』の三都市に『ネットワーク』を築いたこと。それが『京界』の原点となっているということです。『京界』の創始者は数々の社会問題を解決する為には『多職種連携』が重要だと考えました。先輩は福祉を学んでいらっしゃるのですから、この言葉はご存じでしょう」
「あぁ、異なる専門性を持った職種が集まり、共有した目的に向かって協働することだろう。医療や介護では一人の患者に対し、医師や看護師だけでなく、理学療法士や医療ソーシャルワーカー、ケアマネージャーなどが関わる」
「その通りです。そして、創始者はこの考え方を医療・福祉分野だけでなく様々な業界で行うべきだと考えました。創始者は当時、大学生だったのですが同じ大学の様々な学生起業家や優秀な人材に声を掛け、一つのグループのようなものを作りました。次に京阪神の社会福祉法人、社団法人、NPO法人等をグループに取り込み、さらに三都市内の様々な業種の中小・大企業を合併させました。そして、県庁や役所などの行政機関、警察・自衛隊などの治安維持や防衛に務める機関、私立・公立大学や企業の研究所などの研究機関とも協力関係を結んだのです。そして、京阪神だけでなく近畿地方全域へと組織は拡大していきました。
つまり、『京界』とは近畿地方のあらゆる企業・団体・機関の司令塔の役割を担う組織なんです。2020年であれば法律的にも現実的にも絶対に出来ない事でしたが、 2025年から2090年までに色々と法律は変わりましたからね。司令塔と言うと支配してるような感じで聞こえは悪いですが、この組織のお蔭で2025年以降は近畿地方のみ不況によるダメージが小さく、経済格差も無く、自殺者も減少、治安も良くなりました。近畿地方全域に『多職種連携』のネットワークを構築し、研究機関が開発した近未来の新技術を活用することで、支援が必要な人に対してしっかりと支援が行き届き、少子高齢化の時代にもかかわらず公的サービスの質は上がり、現役世代の負担は軽減し、職や生活に人々が困るようなことが無い状況を作り上げた。まさに『
その『京界』は主に二つの機関から成り立っています。これは簡単に言ってしまえば、二つの機関がお互いの業務を監視し合い、独占や独裁を行わないようにする為なのですが。その機関の一つが企業を取りまとめ、京界の経済活動を推進する担当の『藤原グループ』。そして、もう一つが福祉団体や行政機関などを取りまとめ、京界の福祉活動や治安維持等を担当する『京界統括委員会』です。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、僕と八神さん、推理小説研究会のメンバーは京界統括委員会に所属しているんです。『防衛部 犯罪対策課』という部署にね。ここは大雑把に言えば『京界内で起こる様々な犯罪事件を調査し、犯人を逮捕して警察に引き渡す』、そして『被害者の人権を尊重し、被害者が裁判で証言をするサポートを行う』という役割を担っています」
成る程。俺の知りたいことがまず一つ分かった。七条君や八神さんの組織が「京界」とやらで起きた犯罪を調査する機関であること。ならば、「俺が殺害された」事件に関わろうとしているのは当然のことだったのだ。
だが、それでもまだ疑問は残る。そもそも、「どうやって死者を生還させているのか」。そして、七条君の言う「現在」が「2090年」だとするのなら、俺の居る「2086年」のこの世界は何なのか。そして、何故、「俺の書いた小説通りに事件を再現する必要性があったのか」。
これらの疑問に答えるように七条君の話は続く。
「2090年になって京界の科学技術は進歩しました。それは同時に、事件の捜査方法も進歩したということです。今回の様に、何も手掛かりが無い事件の場合でも真相を知ることができ、かつ裁判でも提出できる証拠が得られるようになりました。
それはずばり『被害者自身に証言させること』です。それが殺人であったとしてもね。だって、被害者は事件において最大の証人なんですから。
勿論、一度死んでしまった人間は生物学的には生き返ることはありません。ただ、殺人事件の場合でも被害者の代わりをしてくれる存在は居ます。『人工知能』つまり『AI』です」
「AI……?」
まさか、この場でそんな言葉が出てくるとは思わなかった。俺は理系でないのでその分野には疎い。それでも「AIがどういうものか」程度の知識は少なからずあるつもりだった。だが、AIがどうやって被害者の代わりをするというのか?
「まぁ、今の先輩に技術について説明しようとすると、AIの基礎の部分から説明しなくちゃいけませんからね。深夜どころか日付が変わってしまいそうなので、ここでは具体的な技術説明はやめておきます。
噛み砕いて説明すると、AIのディープラーニングの技術を応用し、生前の被害者の性格、行動、思考パターンなどの情報を入力し、学習させます。こうすることで、生前の被害者とほぼ同じ頭脳・思考回路を持つAIが完成します」
「情報の入力って言うけど、そう簡単に出来るのか?」
俺の問いに、後輩は自信満々に返す。
「愚問ですね。テストの記述答案の内容や筆跡、メールの文面、家族や友達との会話の内容やSNSの投稿。個人の嗜好や偏向といった『思考の情報』を収集する手段なんて山ほどありますよ。特にN先輩のAIを作るのは楽でした。なにせ、先輩には自作の小説という分かりやすい情報がありますからね。自ら生み出した言葉から得られる情報は、もはや『その人そのもの』と言っても過言ではない。他の犯罪被害者のAIと比較しても、N先輩のAIは非常に質が高いです」
彼の言葉に俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。それは、つまり……?
「じゃあ、俺は死から蘇生したわけじゃなくて生前のNのコピーなのか? 俺はNであって、Nじゃないのか? そんな証拠がどこにあるんだよ!」
その問いに対する返答に、七条君は一瞬詰まった。彼もどう俺を表現するべきか、それをどう伝えるべきか分からないのだろう。だが、逡巡する様子でゆっくりと言葉を口に出した。
「……そうですね。生前のN先輩と同一人物とは言えないと思います。現在のN先輩はデータで再現した存在ですから。根拠もありますよ。N先輩は現在の御自身の事をどのくらい理解されていますか? 例えば、先輩は自分の本名を言えますか? 自身の容姿について、どのくらい説明できますか?」
「それは勿論……」
と言いかけて、俺はそこから先の台詞を声に出すことが出来なかった。
頭に思い浮かばないのだ。「N」や「N先輩」のようなニックネームではなく、本当の自分の名前が……。それだけではない。「自分がどういう髪型をしているか」や「自分がどういう体型か」という自分の容姿に関する情報さえ、俺は全く頭に思い浮かばなかったのだ。
そんな俺の様子を見て、七条君は「やはり、そうなったか」と予想していたような表情で頷いた。
「それが現在の先輩がAIであることの証拠です。N先輩のAIの人工ニューロンは、まだ発達段階なんです。だから、視覚で他者についての情報を認識できても、自身の情報については認識できない。まぁ、でも、N先輩のAIは成長すれば、きちんと自身の記憶や容姿を認識できるようになる素質はあるのですが……。それについては後で話しましょう。
でも、もうお分かりですよね。普通の人間なら自身の名前や容姿は簡単に説明できるでしょう。でも、先輩にはそれが出来ない。これがN先輩がAIであるという証拠ですよ。
ちなみに、僕からはN先輩の本名についてはお話しすることは出来ません。それは他の記憶と共に御自身で思い出してもらわなければ意味がありませんから。それについても、後できちんと説明します。ですが、容姿についてはスマホのカメラ機能で確認してみてください。今までの貴方であれば、自身が亡くなったことすら知らない状態でしたので、鏡などで自身の姿を見ても『これが自分だ』とは思えなかった筈。しかし、『自身が死んだ』ことを認識した状態での先輩のAIであれば、一定のレベルに達しているということなので、自分の姿を見て『これが自分かも』くらいには認識できるかもしれません」
俺はポケットからスマホを取り出した。カメラ機能を使って、自分の顔を写す。寝ぐせの様に乱れた黒髪と切れ長の目。だが、顔の下半分はモザイクのようにぼやけていた。七条君の話が真実だとすると、これはカメラの不具合ではなく、自分の顔について自身の脳がこのレベルしか認識できていないということだろう。
そういえば、彼は先程、「N先輩のAIは自作の小説から情報を得ている」と言っていた。仮に彼の言葉を信じれば、現在の俺は「あの原稿」から創られたということになる。
俺があの小説を読んでいて思った事だが、あの小説は脇役である七条君や八神さん、姉小路などの容姿はしっかりと書いてあったのに、肝心の主人公である「俺(N先輩)」の容姿がどこにも書かれていなかった。もし、俺がきちんと「自身の容姿」についても書いてくれれば、俺は自身の容姿や存在について、もう少し認識できるAIになっていたのかもしれない。
いや、それでも、まだ俺は七条君の話を素直に受け止めることは出来なかった。
「まだ納得できないね。大体、AIで人格を再現したとしても記憶はどうなるんだよ? 性格や思考はどうにかなっても、記憶までは新たに埋め込めないだろう? 君らだって、俺の全ての知識や経験を知っている訳じゃない。犯罪捜査の為に俺のAIを育てても、事件の記憶が無けりゃ意味ないじゃないか!」
認めたくなかった。まだ、死んだけどゾンビになって復活したとかの方が良かった。「自分が自分であると認識している」のに、それが「別の存在の意識のコピー」などと。怖かった。そんな事が本当にまかり通るのか。いや、まかり通って良いのか?
だから、必死で矛盾を見つけた。いくら、データで俺の人格を再現したとしても、記憶までは再現できない。記憶は「それを見た本人」しか知覚できないものなのだから。
だが、折角、見つけ出した矛盾も彼の淡々とした反論で防がれてしまう。
「いえ、実は僕達が犯罪捜査に使うのは『
それが『戻リ橋』と呼ばれている2025年以降の近畿地方の地形や建造物・気象や生態系・事件や事故といったデータを完全に収集し、再現している仮想世界です。殺人事件の被害者は人工知能で再現され、物心が付く幼少期までのデータを入力された後、『戻リ橋』の中の『自分が今まで過ごしていた環境』に放り込まれます。そして、その再現された被害者の周囲に居る人、勿論、彼等も情報を入力して再現されたNPC(Non Player Character) ですが、彼らと一緒に事件が起きるまで過ごしてもらう。事件の関係者についてのデータは警察から捜査資料が貰えますからね。その関係者を全員AIで再現し、誰が真犯人なのかを観察するわけです。そして、仮想世界『戻リ橋』の事件の再現性は99.9%正確です。だから、確実に『仮想世界で被害者を殺害しようとした人間が、現実世界でも真犯人』ということになる」
この言葉に俺は憤った。
「じゃあ、お前はいくらデータとはいえ、被害者にもう一度殺されろって言ってるのか? それはいくら何でも非人道的だろうが!」
七条君は慌てて首を横に振った。
「まさか! それは先輩のおっしゃる通り、非人道的な虐殺です。レイプ被害者にとってはセカンドレイプにもなりかねませんし。だから、被害者のAIには殺害される直前、犯人が判明した時点で現実世界に戻ってきてもらうんです。ちゃんと現実世界で被害者の意識を入れる器はありますからね。そして、犯人の情報や犯行の具体的な状況を知っている被害者本人に裁判所で実際に証言をしてもらうんです。
N先輩も同じです。AIで作られたN先輩は、仮想世界『戻リ橋』上の2086年の京都に当時と同じ勧学院大学の大学生という形で送り込まれています。そして、事件が起こる2088年3月3日まで仮想世界上で過ごしてもらう。
つまり、N先輩。僕達があなたに求めるのは、もう一度、事件を体験することで事件の内容を思い出し、裁判所で証言してもらうことなんです」
成る程。犯人が逮捕されたとはいえ、まだ俺が殺害された事件には謎が多い。それでは、確かにろくに裁判も出来ないだろう。だから、このシステムで俺のAIが作られ、仮想世界に送り込まれた。
だが、まだ疑問が残る。
「じゃあ、何故、俺が書いた推理小説のあらすじ通りの事件を仕組んだんだ? 君らが知りたいのは事件に関する情報じゃなかったのか? 何故、無関係な俺の小説の事件を再現する必要がある?」
俺が問い詰めると、七条君はふぅっと深い溜息を吐いた。
「そうでしたね。その説明がまだでした。でも、それを説明する前に、N先輩がデルタで叫んでたことについて説明しましょう。ほら、『僕が心が読める』とか『日付が入れ替わっている』とか言ってたやつです。
でも、もうお分かりでしょう。先輩は人工知能でこの世界は仮想世界です。先輩のバイタルデータを調べて心理状態を把握することも出来ますし、N先輩のAIはまだ成長途中なので『自我の崩壊』が非常に起きやすいのですが、それを仮想世界内の時間を巻き戻すことで『自我の崩壊が起こるような出来事』を無かったことにすることも出来ます。姉小路先輩の事件は、先輩の人口ニューロンに深刻なダメージを与える可能性が高かったので、時間を巻き戻して先輩のデータを回復させようと試みたんです。逆に負荷を与えることもありますけどね。大学の夏休みの時期を早めたのも、あえて現実には有り得ない状況を起こすことで、先輩の記憶を刺激したかったからです。
姉小路先輩が雷に打たれたのも僕らの仕業です。貴船上空に雷雲を集めて、姉小路先輩が居る座標に雷を落とし、強制的にログアウトさせました。今頃、現実世界に居る犯罪対策課のメンバーによって取り押さえられているでしょう。
全て仮想世界上の出来事であり、僕らが管理者の立場に居るからこそ出来たんです。
しかし、先程、言いましたよね。N先輩の他にも犯罪被害者は居ますが、彼等を再現したAIが『戻リ橋』に入る場合、周囲の人間はAIで再現したNPCに担当させます。でも、先輩の周囲に居た人達、推理小説研究会の関係者や叔母の川﨑尚子さんも僕達のスタッフ、つまり現実世界に居る歴とした人間なんです。
何故、N先輩に対してだけ、このような待遇なのか? 勿論、管理者側である僕達がN先輩の知人である点から特別に、という理由もあります。しかし、僕達が直々にN先輩を監視しているのは、もっと深い理由があるんです」
「もっと深い理由?」
「えぇ、それが先程、先輩がおっしゃっていた『ハヤミ組』です」
急にその言葉が出て驚いた。そういえば、和気白雪は「ハヤミ組」のことを「京界に反する反する者の集まり」と言っていた。何か関係はあるのだろうか?
その問いを予期したかのように七条君は頷いた。
「えぇ、先輩が考えていらっしゃる通りです。僕達もまだ詳しい情報は得られていないのですが、『ハヤミ組』は過激派組織であり犯罪集団なんです。それも、決して犯罪にならないように殺人を行う組織です。
彼らは『社会的弱者』と呼ばれている人間を言葉や状況で社会的に追い込むことで自殺させるんです。例えば、今までの事例だと精神疾患を抱えている生活保護の男性が自殺させられました。ハヤミ組は、その男性がよく通る道の近所の人や福祉事務所の男性の担当の人の趣味を調査し、彼らの共通の趣味がユーチューブの動画視聴であると分かると、彼らがよく見そうな番組のコメント欄に生活保護受給者の存在に対して懐疑的になるような文章を残しました。『福祉で金を貰っている奴なんか必要ない』みたいなメッセージをね。結果、被害者の男性は周囲から敵意の目で見られ、心無い言葉を掛けられ、援助を受けられなくなり自殺しました。
こんな例が今、日本全国で起こっているんです。ハヤミ組の目的は何か分からないですが、社会的弱者を救おうとしている京界の活動とは真っ向から対峙する形となる。現に、2050年代から京界内でハヤミ組の仕業と思われる不審死が増加しているんです」
「つまり、俺が殺害された事件にもハヤミ組が何らかの形で関わっていると……」
まさかとは思いつつも、俺は七条君に確認した。だが、彼は残念そうな顔をする。
「いえ、それは先程も言った通りです。彼らが先輩の死に関わっているのかどうかは僕達の調査でも分かっていない。だから、もしかしたら関わっていないのかもしれない。
しかし、N先輩と姉小路先輩の事件については現実世界からモニターさせてもらいました。そこで、姉小路先輩が『ハヤミ』という名を持ち出したことで、もしかしたらと思ったんです。姉小路先輩は『ハヤミ』からの刺客であり、僕らの捜査を妨害する為に『N先輩の考えたシナリオ』とは違う事件を起こしたのではないかと。
そして、実は……。これは姉小路先輩が事件を起こす前には既に判明していた事実なのですが、逮捕された天塚教授と『ハヤミ組』の代表は同じ大学に通っていたらしいんです。しかし、その大学は学生数が多く、きっと何かの偶然だと思っていたんですが、今回の事件ではっきりと分かりました。
つまり、天塚教授とハヤミ組はつながっていた。そして、N先輩は生きていた頃、推理小説研究会で様々な推理小説を書いており、部誌『謎迷宮』に投稿し、その部誌は多くの人の目に触れました。もしかしたら、先輩が書いた小説の中に『ハヤミ組』にとって都合の悪い何かが書かれていたのではないか。だから、『ハヤミ組』は天塚教授を差し向け、先輩を殺害したのではないか。我々はそう考えたわけです」
ようやく分かった。七条君達が俺の小説の事件を仮想世界内で再現する理由が。
「そうか。教授と『ハヤミ組』が繋がっているのではないかという疑惑は姉小路君の事件の前から出ていた。だから、小説内の事件を再現することで何かが分かると考えたってことか。そして、案の定、ハヤミ組は姉小路君を差し向け、その関係性を明らかにした」
「えぇ、そういうことです。ただ、事件を再現した理由についてはもう一つあります。それは先輩が特殊な存在だからです」
「え?」
唐突な台詞に俺は戸惑った。まさか、もう一つ理由があったとは……。だが、「俺が特別」? それは一体?
「先程も申し上げたように、先輩の他にも犯罪被害者のAIは居ます。ただ、彼らはどれだけ生前の被害者の情報を入力しても、プログラムに従っているだけなんです。
しかし、N先輩は違った。言いましたよね。先輩のデータは、先輩が書いた推理小説から集めていると。すると、先輩のAIには他のAIには無い、ある特別なものが生まれました。
それは『自我』です」
「自我だと……?」
まさか、そんな……。でも、確かに、「今の俺自身」には感情がある。
「先輩。やはり、AIはどれだけ進歩してもAIなんです。自我があるように見えても、それは一定のプログラムに沿った行動をしているだけ。被害者が真面目な性格の時は毎日、真面目に宿題や仕事をこなしますし、逆にずぼらな性格の被害者はサボりが多く、仕事にしっかりと取り組もうとはしません。
でも、本当の人間はムラがありますよね。気分が乗るときは頑張って何かに打ち込みますし、気分が乗らない時はゆっくり休みます。
勿論、その違いで捜査に支障が出たことは一度もありません。でも、どれだけAIを使って『その人』に近付けたところで、そのAIは自分で物事を考えようとは決してしないんです。与えられたアルゴリズムに則って、『その人』が『その日にしそうなこと』を行っているだけなんです。
でも、N先輩。貴方だけは違った。僕も驚きました。先輩のAIには生まれた時から、『意思』も『感情』も『記憶』も全てが揃っていたんです。ただ、それらが深層意識の中で眠っていただけで。
先程、先輩はおっしゃいましたね。『どれだけ被害者に近いAIを作ったところで記憶は作れない』と。その通りです。だから、本来は仮想世界で事件をもう一度、体験してもらう。
でも、特別な先輩なら。意思、感情、記憶が全て揃っているN先輩なら、先輩が生きていた頃の記憶が元から存在する。そして、『何故、先輩に自我が生まれたのか』という謎も、『何故、先輩がハヤミ組に殺されなければならなかったのか』についての秘密も、先輩のAIを構成している情報の八割、『先輩の書いた推理小説』が鍵を握っているんです」
七条君の話が終わる。これで、全ての疑問が解決した。「何故、七条君と八神さんが事件を仕組んだのか」。
「つまり、君達が事件を仕組んだ理由は、『俺の記憶を呼び覚まし、自分が殺された事件について思い出す』こと。そして、『俺のAIだけが自我を持つ理由を解き明かすため』ということか……」
俺が全てを締めくくるように発言すると、後輩は深く頷き、珈琲を一口飲んだ。
俺も珈琲を口に含む。口の中にほろ苦さが広がるのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます