エピローグ 悪魔の真実が明かされるとき(2)
本当に今日はよく冷える。夏なのに不思議だ。ましてや、京都の夏の夜なんて茹だるような暑さの筈なのに。
「異常気象ですよね。2086年のこの日もこれくらいの気温だったんですよ。気象庁のデータを取り寄せているので間違いはない筈です」
七条君が俺に囁くように言った。この発言の内容。まるで、この世界の理を彼が操作しているみたいだ。
数分間、足を前へと動かしていると、大きな「桝形」の文字が白い光で照らされていた。出町枡形商店街はもうすぐそこだ。
「商店街に入ってしまえば、すぐ分かる場所にありますよ」
その場所はレトロな洋風モダンの雰囲気を醸し出し、店の存在を引き立たせていた。
お店の上に縦書きで大きく店の名前が書かれている。「出町座」。
「へぇ、『出町座』って名前のカフェなのか」
俺が呟くと七条君は人差し指を左右に振る。
「言ったでしょう。書店と映画館が一緒になっているって。『出町座』は映画館。書店は『CAVA BOOKS』、カフェは『出町座のソコ』が正式名称です。ここのブラックコーヒーは絶品ですよ」
外に出されている立て看板には確かに「出町座のソコ」と書かれていた。店の外には他にも映画の宣伝の看板が幾つも立て掛けてあった。
「さ、先輩。入りますよ」
後輩が店の扉を開けて待っていてくれる。俺は彼に
「いらっしゃいませ」
店員さんの声と同時に目に飛び込んできたのは、「居心地の良い場所」という言葉をそのまま再現したかのようなエリアだった。目の前にはコの字型の大きなカウンターがあり、その周囲を取り囲むように黒い丸椅子が配置されている。カウンターには様々なボトルや容器の他にチラシやパンフレットも置いてあった。店内の右側の本棚には様々なジャンルの本がぎっしりと敷き詰められ、綺麗に整えられて並んでいる。一冊一冊の本の配列がまるで一つの模様であり、インテリアの一種ではないかと勘違いしてしまう程に美しい。店の奥側は此処で上映している映画関連の展示を行っているらしい。
「すみませーん」
店員さんに声を掛けようとすると、七条君に肩をがしりと掴まれた。
「先輩、ここは食券制です」
カウンター席を見ると、確かに「食券をご購入ください」と書かれてある黒い立て札が目に入った。
「これは盲点だったな」
「こんなの盲点じゃないですよ。ただの観察不足です。推理の悪魔は何処へ行っちゃったんです?」
後輩が呆れた目でこちらを眺め、嫌味を言う。俺は思わず笑ってしまった。
「何を笑ってるんです? 僕は先輩に笑われるようなことはしてませんけど」
「いや、いつもの七条君だなって思ったんだよ。思い詰めている君は君らしくない」
その言葉を聞き、七条君はさらに不快そうな顔をした。
「先輩、罵倒されて喜ぶタイプですか? 変態ですね。N先輩じゃなくてM先輩じゃないですか」
「折角、普段の君のことを誉めたやったのに。やっぱり、少しは気分が沈んでいる方がいいな。いつもの君だと
「もう、こんな言い合いは後にして、さっさと飲み物を買いますよ。あ、お酒はやめてくださいね。真面目な話をするんですから」
「分かってるよ。ちゃんと珈琲にするから」
食券機は入り口のすぐ左側にあった。店に入ると背後の死角になってしまう為、初見だと気付きにくいだろう。後輩は「誘ったのは僕なので奢りますね」と言いながら小銭を入れ、「オリジナルブレンドコーヒー」のボタンを二回押した。出てきた食券をコの字カウンターテーブルの中に居る店員さんに渡し、俺達は店の奥側、コの字の上部分の席に座った。丸椅子は二つ。俺と七条君が座ることで、その部分だけが一種の貸し切り状態となる。俺の座る席のすぐ隣には段差があり、その上に本棚が並んでいる。
「本当に此処のカフェは和やかな雰囲気で良いな。京都のカフェらしい、優しい感じがする」
俺がそう言うと、七条君も嬉しそうな顔をする。
「此処は映画も見れますし、映画の展示も面白いですよ。珈琲を飲みながら本も読めますから」
目の前には映画の監督さんか俳優さんのサインが書かれた白い皿が並べられており、そのすぐ隣には本が数十冊立てて並べてあった。並んでいる本の上にキュビズムのような奇妙な文字で「出町座文庫」と書かれた木の札が置いてあった。
「お待たせしました」
店員さんが出してくれた珈琲、ちなみに俺はホットで七条君はアイスで注文した。ここら辺は好みが分かれるところだ。
「「いただきます」」
アイスコーヒーを一口飲む。美味い。ほんのりとした苦み、味わい深いコクとでも言うべきだろうか。ホットだから体が芯から温まる。
「良い店を紹介してくれて、ありがとうな」
「今度は先輩が奢ってくださいね」
こんな軽口を言い合いながら、珈琲を半分程飲み終える。そして、俺は切り出した。
「さて、休憩は終わりだ。そろそろ、肝心の事を説明してもらおうか」
一瞬の沈黙。周囲は静寂に包まれる。今、このエリアには僕達二人の他に客は居ない。おそらく、映画の上映時間と重なっており、地下一階と二階の方に人が集まっているのだろう。
七条君はわずかに頷く。そして、真面目な口調で囁くように話し始めた。
「そうですね。本題に入りましょう……」
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