エピローグ 悪魔の真実が明かされるとき(1)
七条君はゆっくりとした口調で語り出す。その様子はいつもより大人びて見えた。
「まず、『僕達の組織』についての説明や『先輩を復活させた技術』についてお話しする前に、『何故、N先輩が殺害されたのか?』についてお話ししましょう。そちらから説明した方が話が早いと思いますから」
「そこら辺は君に任せるよ。どんな話でも覚悟は出来ている。ただ……」
「ただ?」
七条君が首を傾げる。話の腰を折ったのは申し訳ないが、俺にはどうしても確かめたいことがあった。
「和気白雪、そして姉小路右将。彼らは揃ってある名前を口にしていた。『ハヤミ先生』、『ハヤミ組』と。この『ハヤミ』という人物名、あるいは組織名は俺の死に何か関係があるのか?」
恐らく、かなりの確率で関係はある筈だと俺は睨んでいた。きっと、この組織が俺の死に何らかの関わりを持っている。七条君の口から、その名前が出てくる可能性は高いだろう。だが、
「……『ハヤミ』。名前は知っていますし、僕の所属している組織でも時々、その名前が出てきます。ただ、その人物や組織が先輩の死に関わっているのかは僕にも分かりません」
「……ということは全く関係はないと?」
俺は拍子抜けした。きっと、この『ハヤミ』なる人物か、その組織に属する奴が俺を殺害したのかもと考えたからだ。きっと、それが七条君の口から明かされる真実だと期待していたのだが……。
しかし、七条君は首を横に振りながら、俺の予想をさらに上回る内容を口にした。
「いえ、そうは言っていません。というのも、N先輩の死は犯人が逮捕された今となっても明らかになっていない部分が多いのです。事件の八割方は謎に包まれていると言っても過言ではない」
「何だと……」
俺は愕然とした。目の前の後輩が語る内容が到底、信じられる内容ではなかったからだ。
「ちょ……ちょっと待ってくれ! 犯人は逮捕されているのか? 冤罪とかではなく? なら、事件は解決したも同然じゃないか。犯人が色々と自供する筈だし、警察が色々と調査して証拠を見つける筈だ。凶器は? 動機は? 一体、犯人が逮捕されてどうして未解明な部分が……」
俺の止めどない台詞を遮るように、後輩が台詞を割り込ませる。
「それは犯人が自ら警察に自首したからです。名は『
そして、問題はここからです。どれだけ警察が調査をしても、彼の周辺から事件の証拠は何一つ出ませんでした。凶器はおろか、血の付いた服、彼の指紋やDNA、ありとあらゆる『天塚千太がN先輩を殺害したと断定できる証拠』は何処を探しても見つかりませんでした。
さらに警察は動機の側面から調査して、行き詰まりました。同じ大学といっても、N先輩は社会学部で天塚教授は文学部です。二つの学部はキャンパスの場所も違いますし、N先輩は天塚教授の講義を一つも履修していませんでした。学内で学生に聞き込みをしても、N先輩と天塚教授の間にサークルでも日常生活でも、趣味でも、二人の関わりは一切見つけられなかったそうです。
他にも不可解な点はあるんです。N先輩の遺体は両腕と両足が解体、つまりバラバラの状態で石畳の上で見つかりました。しかし、腕と足は無造作に置いてあった訳ではないんです。両腕と両足がまるでいかだを組むように
発見されたのは2088年3月3日の午前5時。死亡推定時刻は午前2時から4時の間。つまり、深夜の間に誰かが先輩を殺害し、遺体を#型に組み合わせるという妙な行動を取ったわけです。
何故、わざわざこのような真似をしたのか。それが明らかになっていない。犯人は自首し捕まったけれど、このように不可解な点が多過ぎるんです」
成る程。どうやら、俺は猟奇的殺人の被害者のようだ。そして、事件の凶器や動機など、重要な事は何一つ分かっていない。犯人は「ハヤミ」ではなく、何故か自分と全く接点のない「自分が犯人だ」と名乗る文学部の教授。
ここで俺は、ふと思いついた。
「それって、その教授が誰かを庇っているってことは考えられないか? だから、何も言わないし。犯人としての証拠も出る訳がない」
この言葉に七条君はまたしても残念そうに首を振った。
「警察もその線は考えました。ただ、二つの点から彼が犯人である可能性が高いことも事実なんです。一つは、天塚教授のアリバイが無いこと。犯行時刻、教授は現場近くの京阪出町柳駅に居ることが監視カメラの映像から明らかになったんです。そして、その場所で何をしていたのか彼は黙秘したままです。二つ目は彼が第一発見者であること。N先輩の遺体が鴨川デルタにあることを警察に通報したのは他ならぬ天塚教授なんです。警察が到着した時、彼は『私が彼を殺しました』とだけ言い、両手を差し出したそうです。『手錠をかけてくれ』と言わんばかりにね。それに、犯行時刻の前後で彼以外には鴨川デルタ及び付近の出町柳駅、糺の森、下鴨神社に犯人らしき人物は居なかったということが周辺の監視カメラの情報から明らかになっています。自白してるし、アリバイも無いどころか犯行時刻に現場に居る。その上、他に目ぼしい容疑者も居ないことで、警察の方では彼が犯人だということは決定事項なんです。それ故に、彼は2090年現在、京都地方裁判所にて死刑判決が出され、大阪拘置所に収容されているんです」
―――そうか、既に裁判まで行われているのか。最高裁の判決ではなくても、第一審で死刑判決が出たのなら覆すことは難しいだろう。やはり、現場の状況からも彼が俺を殺害した犯人なのか……。
そこまで思考した時に、ふと、七条君の台詞の一部分が引っ掛かった。『警察の方では』という箇所と『2090年現在』という箇所を。
「おい! 七条君!」
俺が唐突に大声を張り上げたものだから、七条君はぎょっとして身体を飛び上がらせた。
「な、何です! 急に大声出さないでくださいよ! 吃驚したなぁ」
文句を言う彼に俺は謝罪する。
「それは悪かった。だが、まさしくそれが俺が聞きたかったところだ。『警察の方では』ってことは、君らが所属している組織は警察機構とは別の組織なのか? そして、『2090年』だと? 俺にとっての正確な年月日は『2086年7月18日』なのだが、君達にとっての正確な年月日とは違うのか? そもそも、『死者』である俺が何故、こうやって生きることが出来ているんだ? 今、俺の周囲の環境は異常な事だらけだ。一体、どういうことなんだ?」
その言葉に七条君はふぅっと息を吐いた。『ようやく、本題に入れる』とでも言いたげな雰囲気だった。
彼はニヤリと笑い、俺の方に向き直った。
そして、いつものように少し子供っぽく明るい口調で能天気な台詞を口にした。
「N先輩、少し休憩しませんか? 僕のお気に入りのカフェがあるんです。書店と映画館が一緒に入っているところでね。出町商店街にあるので此処から近いですよ。一緒に行きましょう」
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