最終幕 悪魔の囁きとNの喜劇(4)

 俺がやって来たのは「梅小路公園」。今出川から烏丸線で京都駅に、JR京都駅から梅小路京都西駅へ。案外、時間はかからなかった。駅の改札口を出ると、目の前には京都鉄道博物館の建物がある。少し歩くと、京都水族館にも辿り着く。すざくゆめ広場のような公園や朱雀の庭のような緑地もあり、小学生の遠足定番スポットやお年寄りの散歩スポットにもなっている。だが、今回の俺の目的はそのような場所ではない。

 俺は公園の案内図を見て確信する。公園の方には「市電展示室」、「チンチン電車乗り場」、「市電ひろば」の文字がある。そして、ネットで調べた情報では此処に「N27号」があるらしい。

「流石に此処で間違いないよな……」

 周囲を見回す。だが、七条君の姿は何処にも見えなかった。でも、此処は七条入口広場。もう少し奥へと進まないと、お目当てのN電の姿を拝むことは出来ない。俺は意を決して歩き出した。





「チンチン電車(狭軌Ⅰ型 N電)

 京都のチンチン電車は、日本初の路面電車であり、この車両は明治後期に製造され、昭和36年廃止された堀川線で使用されていました。その後、平成6年から平成25年9月まで梅小路公園内で運行し、市民に親しまれてきました」

 

 ひび割れた黒い説明板にはそう書いてあった。すざくゆめ広場の敷地内にあるチンチン電車乗り場の付近でその看板は見つかった。そして、乗り場の隣には市電展示室・休憩所があり、その中にN電は存在した。展示用の29号は車体がえんじ色で、まさしく明治期の車両らしい厳かな雰囲気を漂わせていた。灰色の車輪も少し焼け焦げている部分があり、過去に散々、京の街を走っていた様子が思い起こされる。一方、現在も梅小路公園内を走っている27号はアイボリーホワイトの車体に汚れ一つ無く、ピカピカの車輪の様子からも現役で走っている様子が頭に浮かぶ。N電の車両もしくは展示室兼休憩所の中に手掛かりがあることは間違いなかった。なのに……

「今日、閉まってんのかよ!」

 俺はがっくり膝を地面に着いた。展示室の運営時間は土曜、日曜、休日の10時~16時。N電の運行も同じく土曜、日曜、祝日と夏休みだ。先程も説明したと思うが、今日は2086年7月18日。木曜日だ。当然、どちらもやっていない訳だ。そして、七条君がメールを送って来たのは今日だ。此処が答えの場所ではないことは明白だ。答えの場所であれば、その場所が開いていなければ意味が無いのだから。 

 一応、周囲を見渡してみた。案の定、七条君らしき人は見当たらない。俺はがっくりと肩を落とす。これが漫画なら、俺の周囲に黒い靄みたいな物が浮かんでおり、額には黒い縦線が何本も入っていることだろう。

「畜生! まさか、空振りとはな……」

 地面に拳を叩きつけながらぼやいた。流石にもう、あの暗号にあれ以上の解釈は見当たらないと思ったのに。一体、何が間違っていたんだろう……。

 ぐぅ

 お腹が鳴った。俺の胃袋は空気を読めない性格らしい。腕時計を見ると、時刻は11時を過ぎたばかりだった。ちょっと早いが昼食にしよう。

 幸い、展示室のすぐ隣に「パークカフェ」の文字が見えた。軽食なら食べられるかもしれない。俺は店に向かって歩き出した。


「いらっしゃいませ~」

 自動ドアが開いて、店に入る。と、すぐ右にカウンターがあり、店員のお姉さんが立っていた。「ご注文はこちら」という大きな文字がカウンターのすぐ上のボードに書かれていた。近くにはドリンクバーの機械も設置してある。メニュー表を見ると、思いの外、品揃えの多さに驚いた。ボードのさらに上に設置してあるテレビには「デザート とっておき珈琲ゼリー(400円) シュワシュワフルーツジュレ(400円)」の文字と美味しそうなゼリーの映像が映し出されていた。頼んでみたい気持ちもあったが、

「アイスコーヒーのMサイズとフライドポテトで」

 無難な軽食を注文した。俺の癖というか信条というか、俺は初めて入る店ではあえて無難な物を注文すると決めている。今、注文した二つの品は簡単にお腹を満たせる品というだけでなく、初めて入る店でもあまり味に外れが無い品なのである。この理論をずっと前に大学の食堂で七条君に語ったら呆れられた。

「先輩、それは阿呆のやる事ですよ。初めて入る店っていうのは、新たな発見をする為に入るもんでしょう。そんな逃げ腰じゃ意味がありませんよ」

「じゃあ、何だ。君は初めて入る店では、必ず得体の知れない食べ物を注文するのか? よく、そんな勇気があるな……」

「いえ、初めての店なんて怖くて入りませんよ。行きつけの王将かマックしか入りませんね」

「お前も充分、逃げ腰じゃねぇか!」

 そんなやり取りを思い出していたら、急に寂しさが込み上げてきた。思えば、今まで俺が謎解きをする時は近くには必ず七条君アイツが居た。だが、丑の刻参りの事件から彼の姿は消えたままだ。もしも一生、彼と会えなかったら……。いや、それは有り得ない。彼は俺にとっての相棒ワトソン役なのだから。探偵に助手は付き物だ。彼が居ない謎解きなんて、もはや俺には考えられなかった。

「お待たせしました! ごゆっくりどうぞ!」

 いつの間にか、注文の品は出来上がっていた。俺はアイスコーヒーとポテトが乗せてあるトレイを両手で持ち、適当な席を探した。


 瞬間、俺はトレイを取り落としそうになった。窓側の席、入り口の端から数えて五番目の席。


「あら、またお会いしましたね。貴船神社ではどうも。、ありがとうございました」


 あの時のような巫女服ではないものの、深雪の様な透き通った肌とその肌にマッチしている純白のカットソーとスカート、ご丁寧に高級そうなサンダルまでもが純白。

 ―――白に包まれた謎の女性、和気白雪がそこに居た。

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