最終幕 悪魔の囁きとNの喜劇(1)
―――ザ―――ザザッ―――
……目が覚めた。
まだ視界がぼやけている。此処は一体、何処なのだろう?
「あ、やっと起きたわね」
体を起こす。目の前には東京からちょくちょく遊びに来ている叔母、
「……叔母さん、此処は?」
「まだ意識が朦朧としているみたいね。此処は宇治のアンタの下宿。何か知らないけど、玄関でぶっ倒れてたのよ。出血とかは無かったし、一応、医者呼んで見てもらったら熱中症じゃないかって。丸一日寝てたのよ」
玄関で? そんな馬鹿な! 俺は貴船神社で姉小路右将と対峙し、突如、落雷に打たれた。そこまでは覚えている。だが、まさか貴船神社から宇治の自宅まで意識が無いまま自力で帰ってこられる筈は無い。前に四条で酒を飲み過ぎて酷い酔い方をした時も、流石に歩いている感覚や大体の道順などは頭に浮かんでいた。だが、今回は全く意識が無く、歩いた記憶も無い。ましてや、酒程度ならまだしも雷に打たれて、まともに歩くことなど出来るわけがない。もしかして、誰かが運んできてくれたのか?
いや、それよりも先に確認しなければならないことがあった。俺は叔母さんに訊ねた。
「今日は何月何日?」
叔母はきょとんとした顔で答えた。
「え? 7月18日よ。昨日、祇園祭があったからね。私が此処に泊まりに来ている時点で察しなさい。本当は東京で仕事しなきゃいけないのに、祇園祭だけはどうしても見たくて、宵宵々山(祇園祭当日の三日前)の日から有休使って来てんのよ。昨年も一昨年もそうだったでしょ」
俺の脳裏は「?」マークで埋め尽くされていた。
(時間が巻き戻っている? 何故? 一体、何が……)
その答えは自分でも分からないし、答えてくれる人間も居ない。まさか、未だに夢から覚めていないという訳でもあるまい。それとも、俺が鞍馬山に行った時点から夢だったとでもいうのだろうか。
俺は一旦落ち着いて、状況を整理してみた。俺が七条君に六角堂のカフェに呼び出された日が7月17日。そして、俺が推研の活動で鞍馬山に行ったのが8月17日。さらに、姉小路君と貴船神社で対峙したのは日付が変わって8月18日の午前2時だ。
俺は念のために、傍らに置いてあったスマホで確認する。叔母さんの言うことに間違いはなく、やはり今日の日付は7月18日だった。
(まさかとは思うが、一年間寝てしまったとか流石に無いよな……)
ふと、そう思って年も確認してみる。間違いなく、俺が三回生の年である「2086年」だった。
「一体、何がどうなってんだよ……」
俺はポツリと呟き、着替え始めた。俺のお気に入りの服、黒のロング丈のTシャツに黒のアウターとトップス。推研の会員には「黒ずくめ」などと揶揄されるが、俺は外出の時は大体がコレだ。
体を動かしたかった。何処かをぶらぶらと出歩かないと気が滅入ってしまう。少し頭を冷やしたかった。
幸い、現在は午前8時。天気は快晴で散歩日和に丁度良いし、時間はたっぷりある。
「叔母さん、外に行ってきます」
「あ、ちょっと! まだ寝てなきゃ……」
叔母さんが俺を引き留めようとするが、最後まで言い終わらないうちに俺はドアを閉めた。
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