第4稿 悪魔の囁きと丑の刻参り(真相編)(4)
「なぁ、何故だ? 何でこんな事をしたんだ?」
もはや、今、俺に出来ることは時間を稼ぐ以外に無かった。七条君や八神さん、和気さんが来てくれたら……! だが、その思惑は向こうにもバレているようだ。
「時間稼ぎのつもりかよ? まぁ、良いけど。こういう場合は探偵に犯人が動機を語るのがお約束だもんなぁ」
姉小路に今までの面影は既に無かった。目は爛々と血走っており、狂気を纏っている。その存在はまるで血に飢えた獣だった。
「教えてやるよ。って言っても、夕刻に龍船閣で言っただろう。僕は努力したからだ」
「……は?」
何を言っているのだろう? コイツは。彼は俺の反応などお構いなしで饒舌に動機を語っていく。それは聞くに堪えないものだった。
「僕はさぁ。必死に受験勉強を頑張ったんだぜ。高校時代に東京の予備校に通っていたんだが、僕はその予備校のカリスマである〇〇先生に目を掛けられていたんだよ。先生はこう言ったね。『姉小路、君は精一杯努力しているな。いいか、努力は必ず報われるんだ。君が難関大学に合格した暁には全てが君の望む通りになるだろう。だから、今は苦しくても努力したまえ』ってね。先生の指導のお蔭で京都の名門大学に合格できたのさ! 僕は確信したよ。努力は人を裏切らない。ミステリーの勉強をたくさんして、会誌にはいつも僕の作品が載せられている! 社会福祉の勉強も真面目にやって成績優秀で、友人や教授から一目置かれている! 今回の精神科での実習だって職員の方から『素晴らしい働きぶり』だと誉められたよ! 素晴らしいじゃないか! 努力をすれば何だって叶うんだ! 先生が仰ったことは間違っていない! なのに!」
周囲に響き渡る姉小路の叫び。彼はもはや俺と対話をしていなかった。髪を振り乱し、自身の経験と感情を吠え続けた。
「有名な三十三間堂の大的大会で優秀な成績を修めた田中瀬織。素晴らしい女性だ。優秀で努力家な僕と釣り合う程にね。だから、僕は彼女に手紙を書いた! 声を掛け続けた! 何度も何度もアプローチしたんだ! 努力したんだよ! なのに! なのによぉ! 何故ですかぁ! ハヤミ先生ぇ! 何でっ!この僕の誘いをっ!プロポーズを!断るんだよぉ! あの糞女ぁぁぁ!」
ザザッ……
頭の中でノイズが走った。
……ザザッ……ザッ……#$#”&%‘*……
頭の中で構築したパズルのピースがバラバラと崩れていく。
(ハヤミ先生)何だろう? 俺はこの名前を知っている気がする。
……<+!#$%&=~¥@;:*……
何だろう? 眩暈がする……。視界が揺れる……。
……ピー……ザザザッアアア#$%&$……
姉小路の台詞は続く。
「僕の誘いを断ったからさぁ。僕と仲の良い他校の女子にも協力してもらってね。何通も何通も嫉妬や罵倒の手紙を送ったのさ。この僕の誘いを断る女なんか、この世から消えてしまえばいいやと思ったんだ。そしたら、向こうは何か発狂しちゃってさぁ。閉鎖病棟なんかに送られてざまぁ見ろって感じだよ。ハヤミ先生の言う通り、努力した僕は正義なんだ! でも、まさか実習先に居るなんて思いも寄らなかった! アイツは僕の顔を見るなり『人でなし』って叫んで襲い掛かって来たんだ! 僕からされた嫌がらせを全部、世間にばらすって脅すんだ! 酷いよねぇ! 努力した正しい僕に対してこの仕打ち! だから、僕は努力した僕の方が正しいってことを田中に教えてあげようとしたんだよぉ! そしたら、何故か目の前で死んでたんだ。でも、ハヤミ先生ぇ! 僕は正しいですよねぇ? 僕には自分なりの計画があったのにっ! 自分なりの将来のビジョンがあったのにっ! 良い大学に行って、良い企業に就職して、良いお嫁さんを貰うっていう計画があるのにっ! 田中瀬織は僕のお嫁さんに相応しかったのにぃ! なのに、あのオンナァ! 何、僕の計画を邪魔してくれてんだよぉっ! 僕が彼女を殺したのはァ、間違ってないんだよォ!」
「ふざけんな!」
俺は叫んだ。目の前の獣に。視界が揺れ動きぼやけていたが、俺は怒りの感情だけでその場に立っていた。
「お前は独りよがりだ。言っただろう。努力は人を傷付けても良いという免罪符にはなり得ないと。彼女には彼女なりの人生があった筈なんだ。彼女なりに生きようとしていたんだ! お前が努力をしていようが、お前が優秀な人間だろうが、人の命をお前の都合で奪って良い訳が無いだろうっ!」
俺の怒鳴り声に、一瞬、姉小路は沈黙した。だが、
「きぃぃぃぃぃっっっ! 偉そうなセリフをほざきやがってぇ! この亡霊がぁぁぁ! 俺達の情けで生かされているだけの存在がよぉぉぉ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!」
姉小路は銃口を此方に向け、引き金を引こうとした。
―――刹那
(……先輩!)
上空から七条君の声が聞こえたような気がした。
俺はふと夜空を見上げた。
ピシャァァァァン!
轟雷。いつの間にか雷雲が集まり、真っ黒な上空から雷が落ちた。
その雷は俺と目の前の姉小路を包み込む。
俺達は眩い雷光に視界を奪われ……
―――俺の意識は段々と消えていった。
(第4稿 真相編 終幕)➝(最終幕)
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