第4稿 悪魔の囁きと丑の刻参り(襲撃編)(3)
巫女の少女、和気白雪は若丸君の足の様子を確認した。手慣れた様子で傷口を確認すると、少年を背中に負ぶった。
「ちょっ、動かして大丈夫なんですか!?」
七条君は慌てたが、和気さんは表情を少しも崩さない。
「ここでじっとしていても仕方ないでしょう。ひとまず、
有無を言わせぬ口調。いつもなら、一言二言、文句を言いそうな七条君も和気さんの迫力に押し黙った。和気さんは推研には居ないタイプの人間だから、七条君も戸惑っているのだろう。八神さんもクールな一方、感情を表に出す一面も多いツンデレなタイプだ。だが、和気さんは全く感情を表に出す素振りがなく、塩対応と言えるだろう。
……などと分析していたが、そんな場合ではなかった。
「分かった。取り敢えず、早く貴船神社に向かおう! 少年を背負うのは俺が替わろうか? その袴では歩きづらいだろう」
親切心で言った俺の言葉も
「結構です。袴で山道を歩くのは慣れていますし、腕力や筋力も自信があるので」
とバッサリ切り捨てられた。
俺達はしばらく無言で歩いていた。比較的、おしゃべりな七条君もこんな状況では黙って歩き続けるしかない。巫女服の和気さんも特に疲れた様子を見せずに軽々と山道を登っていく。
ザァァザァァ
道路の右側、柵越しに貴船川が流れており、激しく川の水が流れる音が辺りに響く。道を上っていく程に小さな滝が幾つも見え始め、高所から落下した水が飛沫を上げてキラキラと光っている。幻想的な雰囲気。同じ京都と言っても、鞍馬や貴船のエリアは俺達がいつも居るような四条や今出川のような場所とは全然違う。時代から切り離された自然。マイナスイオンが体を包み込む感覚。
「あ、N先輩! 聞きたいことがあったんです!」
七条君が唐突に俺に尋ねた。
「先輩、あの時、妙な事を若丸君に質問しましたよね?『君はこの釘を君に打ち込んだ奴を見たのか?』って……」
「よく、一言一句違わずに覚えているね」
妙なところで記憶力の良い奴だ。俺の呆れ顔を無視して、七条君は矢継ぎ早に言葉を並び立てた。
「おかしいじゃないですか! あの状況なら誰だって、偶然、道に落ちていた釘を踏んでしまっただけの事故だと考えますよ! どうして、あれが人為的に負わされた怪我だと考えたんですか?」
もっともな疑問だ。だが、少し観察不足だな。俺は軽く溜息をつき、理由を説明しようとした時だった。
「少年の足に刺さっている五寸釘は腐食の様子は見られず、むしろ最近になって購入したかのように真新しい。さらに、釘は足の平からではなく、足の甲から刺し貫かれていました。落ちているような釘であれば、古く錆びていますし、踏んでしまった事故なら足の平から甲に向けて貫いている筈です。以上のことから、彼は事故ではなく、誰かが足に釘を打ち付けた傷害事件と推理した。違いますか?」
この台詞は当然、俺ではなく、目の前を歩いている和気白雪のものだ。突然、台詞を奪われただけでなく、あまりにも理路整然な説明を流暢に話すのだから、俺は茫然として言葉が出なかった。まるで心を読まれたみたいだ。
「白雪さんでしたっけ。彼女、凄いですね……」
七条君が俺にひそひそと耳打ちしてくる。俺は黙って頷き、じっと彼女の背中を見詰める。
(……何者なんだ? 彼女は一体? この洞察力、只者じゃない。そもそも、この世界で推理出来るのは俺だけの筈だ……)
途端に俺は自分の思考に驚愕した。何を考えているんだ、俺は。別に洞察力が優れた人など世の中にたくさん居るし、先程の話は少し医療知識があれば誰にでも分かる。何故、俺は「推理が出来るのが自分だけ」などと思い込んだ……?
そもそも、普通は日常で奇妙な出来事なんて、そうそう起こりはしない。なのに、俺は少なくとも三つの事件に巻き込まれ推理をしている。普通の人間は推理をする機会など殆ど起こり得ないのに。
―――何故、俺は推理をしなくてはならないのか……?
ふと、そんな疑問が頭の中に湧いた。推理小説を読んでいて、いつも疑問に思う事だ。殺人事件が起これば普通は警察の管轄だ。一般人が出る幕は無い。そもそも、一般人はわざわざ厄介事に巻き込まれたくは無いと考える。なのに、推理小説の探偵は、何故、いつも事件に巻き込まれるのか?
犯人側の思考も理解できない。何故、彼等はいちいち策を弄したがるのか。確かに、事件を起こしたままでは、警察なり然るべき機関によって逮捕されてしまうだろう。だが、現実のニュースを見て、「殺人事件で犯人がこういうトリックを使って殺人をしました」という報道がされたことがあるか? せいぜい、遺体の隠蔽や処理、凶器の隠し方などで頭を捻る程度で、ややこしいアリバイトリックや科学的トリック、密室トリックで警察を煙に巻く犯人がどれだけ居るのか? 大抵の場合、犯罪者はそんな悠長な事を考える暇があったら逃亡に労力を費やす。
俺が推理をする意味などあるのだろうか?
「N先輩、着きましたよ。何をボーっとしてるんですか!」
七条君の言葉でハッと我に返る。目の前に大きな赤い鳥居が
(総本社 貴船神社)
赤い灯篭の隣にある大きな石柱にはそう書かれていた。奥には、よく写真やパンフレットで目にする両端に赤い灯篭が連なっている石畳の階段が見える。階段の真ん中には朱色の手すりがあり、それを掴みながら幾人かの観光客が階段を昇っている。
「社務所はこの奥です。早く行きましょう」
和気さんは俺達に構わずスタスタと歩く。七条君も慌てて追いかける。俺も鳥居をくぐろうとした、その時だった。
(……!)
ゾワッと体中の毛が逆立つ。悪寒がする。悪意のある視線。それがじっと俺を見詰めている。
何かが起こる。俺の本能がそれを知らせている。不穏な空気が
―――和気白雪。彼女の視線、まるで鷹が獲物を見定めるような目。彼女が横目で俺をじっと睨んでいる。
「先輩、
「あ、あぁ……」
ようやく、鳥居から境内に一歩、足を進める。和気さんもサッと顔を前方に移し、前に進んだ。
ザァァァァァァ
近くの貴船川の水が流れる音、風で木々が揺れる音が不気味に俺の耳に響いていた。
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