第4稿 悪魔の囁きと丑の刻参り(襲撃編)(2)

 ―――ザ……ザザッ……―――


 一瞬、視界がぼやけた気がした。周囲の風景が乱れたような……。

 落ち着いて、今一度、周囲を見渡す。だが、特に異常は無い。

「N先輩! 何をボーっとしてるんですか! 早く何とかしないと……」

 七条君の声で我に返り、怪我人が居ることを思い出す。

「おい! 若丸君、しっかりしろ!」

 俺は急いで若丸に駆け寄る。若丸の額からは脂汗が滲み出ていた。そして、大きく銀色に光る五寸釘が右足の甲を刺し貫いている。釘と足の隙間から真っ赤な血が流れ出す。

「この釘を抜いて手当てしましょう。かなり深く食い込んでいますから、痛いでしょうけど……」

 釘の頭部を持ち、引き抜こうとする七条君を見て、俺は止めた。

「いや、この場合は駄目だ。出血が酷くなる可能性がある。それに釘を抜いたら、傷口を止血したり消毒する必要があるが、俺の手元にそういった用意は無い。七条君、君にはあるか?」

 俺の言葉に七条君は鞄の中を確認するが、首を横に振った。

「いえ、絆創膏とか消毒液とか、軽い擦り傷用のは持ってきているんですが、流石にここまで大きな怪我に対処できる物は……」

「だから、まずは救急車を呼ぼう。この山の中まで急いで来てくれるかどうかは不安だが……。七条君、電話してくれるか?」

「了解です!」

 そして、七条君は鞄から携帯電話を取り出して、119に電話を始めた。彼の声にはどこか焦りが感じられる。それとも、俺が少し冷静過ぎるのだろうか。若丸君には悪いが、俺が気にすべき所は別にあった。

「若丸君、喋れるかい?」

 俺の言葉に、苦しそうな様子の少年は軽く頷いた。口から弱々しい声が発せられる。

「えぇ……少しなら……」

 呼吸がかなり苦しそうだ。足に激痛が走っているのだから当然だ。だが、俺が答えを得る間だけは意識があってもらわなければ困る。

「君は

 俺のこの質問に傍で電話を掛けていた七条君は驚きの表情を浮かべた。

「N先輩! それはどういう……」

 だが、次の若丸の台詞に、今度は俺が驚愕した。

「……ち、違う。

 俺は絶句する。

(飛んできた? まさか、そんな……)

 何故だろう。本能が、俺の全細胞が、この事件を拒絶している。名状しがたい違和感が俺の全身を駆け巡る。

「N先輩!」

 七条君の大声でようやく我に返った。気付くと、いつの間にか周囲には数十人の観光客が集まっていた。腕時計を見ると午後4時だった。日も落ちてきて、ツチノコ探しに飽きた観光客が山から下山してきたのだ。

「ねぇ、あの子……」

「もしかして、怪我してはる?」

「はよう、手当しないとあかんのちゃう?」

 観光客の声が耳に届く。その言葉が聞こえたか分からないが、七条君が悲痛な声を上げた。

「駄目です! 流石に鞍馬までは救急車はすぐに来られないそうです! 早くても十分くらいかかるって……」

 俺はチッと舌打ちをした。流石にこんな山まで救急車がすぐに来られる訳がない。しかも、今日は鞍馬に多くの観光客が居る。車で来ている人も多く、通行の邪魔になっているのだろう。

(せめて、何処かで応急手当をしなければ……)

 奥の院橋を渡って、貴船神社の方へ行けば、宿や店が幾つかある筈。応急手当を頼めないか、走って交渉に行こうかと考えた時だった。


「もしかして、あなた方が叡瑠えいる先輩が仰っていた方ですか? 何やら、大変な事になっているとお見受けしましたが……」


 俺と七条君は、背後の声の主を振り返る。

 その人物は、深雪しんせつのように白い小袖と鬼灯のように真紅の緋袴を身に付けた、いわゆる巫女装束。そして、肌の色は透き通るような純白、眼は蒼玉サファイアのような深い青色、八神さん程は長くないが美しく長い黒髪。

 巫女の少女は、鈴の音のような細く滑らかな声で俺達に語りかけた。


「初めまして。叡瑠先輩から話は伺っております。私は貴船神社の巫女を務めております。和気白雪わけの しらゆきと申します」

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