第3稿 悪魔の囁きと神々の騒めき(解決編)(2)
「いや、本当にすまないね」
聞き覚えのある声。だが、それが誰の声かは分からない。
視界が暗く、何も見えない。
「君の●●には本当にお世話になってね。あのような方にwqr#$。それでね、今日は"&%$'?@―――」
ナンダ? ナニヲ、イッテルンダ?
「そう(……輩)、君には(……ん輩!)―――ってもらう―――(先輩!)」
「N先輩!」
ハッと目を開けると、七条君が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。どうやら、例の眩暈で倒れてしまったらしい。先程まで居た休憩所で横になっていた。
「七条君、あれから何時間経った? 八神会長と姉小路は何処へ行った?」
俺の矢継ぎ早の質問に戸惑うことなく彼は答えた。
「先輩が倒れてから三十分か四十分程ですかね。そんなに長い時間は倒れていませんよ。八神会長と姉小路先輩は先に下山しました。『やっぱり、ツチノコは居なさそうだし。本当に居るとしても人が多過ぎて出てこない可能性があるから、今日の所はお開きにしましょう。後輩を山の麓まで送っていくから、Nが起きたらゆっくりでいいから降りてきなさい。貴船神社で合流しましょう』って会長は言ってましたよ」
成る程……。腕時計を見ると、午後2時20分だった。確かに、三十分かそこらだ。確か、ツチノコについて話し合いをしていて……。
「!」
「どうしたんですか? N先輩?」
唐突に思い出した。そうだ、俺は気付いたんだ。この事件の真相に。
立ち上がろうとする俺を七条君が引き留める。
「N先輩。会長もゆっくりでいいって言ってたんです。もう少し、休まないと駄目ですよ。この猛暑の中で熱中症でぶっ倒れたんですから。もう少し、自分の体に気を遣わないと……」
後輩の優しい言葉に、俺は少し頬を緩めた。いつもは憎まれ口を叩く後輩だが、根は優しい奴なのだ。後輩の言葉に甘えたい気持ちはあるが、そうは言っていられない。
「いや、大丈夫だ。ありがとう。でも、いいんだ。熱中症じゃないから。君も知ってるだろう? いつものを……」
八神会長は俺が推理の度に眩暈がする現象を知っており、七条君から聞いたと言っていた筈だ。ならば、この言葉で彼には伝わるだろう。
案の定、七条君は興奮した顔つきで俺に問い詰めた。
「いつものやつだったんですか!? ってことは、このツチノコ事件について何か分かったんですか? 流石はN先輩! いつもの華麗な名推理、期待してますよ! 早速、ここで聞かせてもらいましょう! 休んでる暇なんてありませんよ!」
先程までの心配は何処へやら。七条君は凄まじい掌返しで、俺に推理を求めた。それを手で制し、俺は奥の院参道の方を指差した。
「あぁ、勿論。だが、推理は歩きながらにしよう。確かめたいこともあるからな」
奥の院へと続く参道。ここが山本君がツチノコの声を聞いた現場だ。最初の階段は山本君が言っていたように、とても長く険しい。さらに横幅も狭く、とても歩き辛い。視界の先には朱色の灯篭が二つ設置されており、その先にも階段は続いているようだ。確か、この先をずっと登っていくと、与謝野晶子の書斎「冬柏亭」や宝物を展示している霊宝殿があり、そこにはベンチもあった。少しは休める筈だ。
「ここでツチノコの声が聞こえてきたんですよね……。やっぱり、ツチノコって居るのかな?」
観光客もそう考えたのか、道のあちこちに金魚の餌らしき茶色い粒が散らばっていた。
その後も鐘楼や「与謝野晶子・寛」の歌碑等を見かけ、息を切らしながら十数分後、ようやく霊宝殿のベンチに到着した。古びた白いベンチがサイコロの四の目のように四つ設置してあるが、どの席にも人は座っていなかった。
「よいしょっと」
四の目の右上の位置にあるベンチに座る。木と木の隙間から、間近で山の絶景が拝める位置だ。七条君も俺の隣に座った。
「さぁ、説明してくれるんでしょうね。この鞍馬で起こった様々な不思議な現象について!」
開口一番、七条君が問い質す。俺は大きく息を吐き、呼吸を整える。そして、お決まりの台詞を口にした。
「勿論だ。推理の悪魔の謎解きを始めよう」
「まずは説明が楽そうな部分から話そうか。鞍馬山のツチノコが起こす摩訶不思議な現象の数々。しかし、これらは全く違う要因から成り立っていたのさ」
「え?じゃあ、N先輩はツチノコはやっぱり存在しないと……」
少し残念そうな顔をする後輩に、俺は頷く。
「あぁ、今回起きた現象は全て、ごく当たり前の自然現象や人為的に起こされた出来事なんだよ。一番、分かりやすいのは若丸のフォロワーが体験したツチノコの現象だね。一人は妙な鳴き声を聞き、一人は従弟が妙な蛇に触って手が爛れたと言う」
「だから、ツチノコは鹿威しや赤ん坊や猫みたいな変な声で鳴く生物で、触るだけでも有害な毒を持っているんですよ」
むきになる後輩を手で制した。
「まぁ、待て。七条君やうちの部員、観光客はツチノコを探すことに夢中だったから気付かなかったが、ヒントはあったぞ。ほら、本殿の入り口近くにあった掲示板だよ」
首を捻る後輩。俺は呆れて溜息をつく。
「推理小説研究会なら、身の周りに気を配った方がいい。何処にヒントが隠れているか分からないからな。掲示板に鞍馬山の生物や植物の生態について書かれた掲示物が貼ってあったんだ」
「それが何か?」
関係ない話をするんじゃないと言いたげな後輩に、最後まで聞けと怒鳴りたくなったが、推理の雰囲気を壊したくはない。だから、俺は結論を先に告げた。
「それを見ると犯人は『タゴガエル』と『カエンタケ』だと分かったよ。どうやらタゴガエルは5月頃に求愛の声を出すらしい。水が湧き出る斜面や石垣の奥の方に生息しているらしいから、鳴き声を聞いた場所とも一致する。あの掲示物には『コッ、コッ、コッ、コッ』、『クキュウゥゥゥ……』、『ミャー…』という鳴き声が書かれていた。鹿威しのような音、赤ん坊の笑う声、猫の鳴き声……。言われてみれば、そう聞こえないこともない。犬や鶏の鳴き声といった例から、生物の鳴き声は一種類につき一つ限りと誤解しやすい。だから、タゴガエルという一種類の生物が様々な鳴き声のバリエーションを持っているという事実には気が付きにくい。観光客もツチノコにばかり気を取られて、探せば見つかった筈のヒントを見逃してしまったんだよ」
ばつが悪そうに七条君は下を向いた。俺は説明を続けた。
「カエンタケはニクザキン科の猛毒のキノコだ。夏から秋にかけて生えるらしい。大きさは大体3センチから13センチ、掲示板には紅サンゴのような形とあったが、八岐大蛇やプラナリアにも似ている。明るい色で独特のフォルムとなれば、子供なら興味本位で触ってしまうだろうね。あのツイートでは『従弟』とやらの年齢は言及されていなかったが、この事から幼稚園生か小学生であると予想できる。それくらいの年齢の子供なら、キノコの形状のイメージは傘と柄だろう。だから、不思議な物体を見て手を伸ばした。だが、カエンタケは軽く触れただけでも手が爛れる。『何だかよく分からない細長い奴に触ったら、手が痛くなった』というのが子供の認識だ。キノコの毒だと知る由もなかった。となれば……」
七条君はハッとして、俺の台詞を引き継ぐ。
「そうか!『細長い奴が手を痛くした』イコール『蛇に噛まれた』。そう勘違いしても無理はないということですね!」
俺は頷いた。おそらく、その幼児は親に自分の認識をそのまま伝えたのだろう。「頭がたくさんある赤い蛇に触ったら、噛まれて痛くなった」と。従兄さんがその言葉通りに受け取れば「毒蛇に噛まれたのではないか」という考えが生じても不思議ではない。そこに若丸のツチノコのツイートが目に入った。だから、『従弟が赤い変な蛇に噛まれて手が爛れたが、ひょっとしたらツチノコの仕業かもしれない』と不正確な情報をツイートしてしまったという訳だ。若丸が「頭が割れているツチノコ」などと言い出すから、尚更、そう考えてしまうのも頷ける。
「先程も言ったが、身の周りの情報には気を配るべきだ。七条君だけじゃなくね。『ツチノコ』という先入観があったから、他の情報には目が行き届かなかった。ちゃんと調べてさえいれば真相は既に判明していた筈だ。人から聞いた情報を鵜呑みにしたから、真相から遠ざかってしまい、間違った情報を拡散して騒ぎを大きくしてしまった」
七条君は黙り込む。
「まぁ、俺が偉そうに言える立場でもないけどな。これからは情報収集には気を付けないとな」
ポンと彼の肩を叩く。後輩はうなだれて、ゆっくりと頷いた。
「そうですね。今回の事は良い教訓になりました」
苦笑いをする後輩。だが、次の俺の言葉を聞き、顔が強張る。
「若丸はそれを望んでいただろうけどな……」
俺は席から立ちあがり歩き始めた。
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