第3稿 悪魔の囁きと神々の騒めき(問題編)(6)

「先輩方、聞いてくださいよ! あいつら、全く信じてくれないんです!」

 洗心亭へ到着するや否や、山田?とかいう男子学生が入り口で俺達を待ち構えており、一気にまくし立てた。ツチノコを発見した部員は彼らしい。

「まぁ、そう慌てるな。ちゃんと話は聞くからさ。ひとまず落ち着け」

 俺は入り口付近にある自動販売機でお茶を二本買い、山田?にも渡した。

「そうね。あなたの情報が嘘か本当かどうかは聞いてみないと分からない。でも、私は端から貴方を疑ったりしないわ。ちゃんと話してくれるわよね」

 八神さんもそう言って彼を慰めた。しかし、

「嘘はついていないにしても、何かの勘違いの可能性だってありますよ。そこまで信頼できる情報なのかは分かりませんね」

 七条君は興味が無さそうに入り口にある「奉納」と書かれている石の車輪のような物を回して遊んでいた。途端に山田?が怒り出し、七条君に詰め寄る。

「おい、七条! お前も俺の話が信用できないってのか! 後輩の癖に生意気だぞ!」

 言い忘れていたが、山田?は二回生。七条君の一つ上の学年だ。後輩にナメた口を利かれるのは腹が立つだろう。だが……、

「山本君。話が進まなくなるから、彼の言うことは放っておいてもらえるかしら。取り敢えず、店の中でゆっくり話を聞かせてもらうわよ」

 八神さんが俺の言いたいことを代弁してくれた。……と、ここで俺は妙な違和感を覚える。

(ん? 山本? 山田じゃなくて……? やべっ、こいつの名前、山本だったのか……。申し訳ない)

 俺は後輩の名前を憶えていなかったという罪悪感から、心の中で彼に謝罪した。それが顔に出ていたのだろうか。七条君が俺の顔を見て呆れ顔になる。

「あれー? N先輩、もしかして部員の名前を忘れてたんですか? 駄目じゃないですか。三回生の先輩が部員の名前を把握していないなんて。まぁ、『山』が付く苗字は多いですから、気持ちは分からなくもないけど……」

 うわっ、最悪だ。よりにもよって、本人の前でそれを言うか? 案の定、山田もとい山本は、複雑な表情になってしまった。だが、俺が「中でお茶菓子も奢ってやるから」と言うと、すぐに表情を緩めた。

「ほら、早く中に入りなさい」

 八神さんが手招きし、俺達は洗心亭の中に足を踏み入れた。




「あれ? あいつらは?」

 洗心亭の中に他の部員達はいなかった。奥の方のテーブル席に二組の観光客が居るだけだ。思ったよりも人が少ないのは、観光客は皆、ツチノコ探しを優先しているからだろう。俺達は奥の座敷に通された。店の中央には囲炉裏があり、流石にこの気温のせいか火は付いていないようだ。時刻は12時40分。本当ならば、十分前に本殿に集合していた筈だ。俺の懸念は

「あぁ、いいのよ。姉小路君達には、山本君の証言のあった場所付近を徹底的に探してもらっているから」

 という言葉で解消された。各々、冷たいお茶とお茶菓子を店員に注文した。

 七条君が話を切り出す。

「で、ツチノコが喋るってどういうことなんです?」

 山本は深呼吸をしてゴクリと唾を飲んでから、ゆっくりと話し出した。

「どこから話していいものやら……。俺達七人はケーブル多宝塔駅で降りた後、本殿を中心に手分けしてツチノコの捜索に取り掛かりました。僕は金堂の裏を少し見回った後、奥の院参道の方を少し探してみようかって気分になったんです。でも、あんまり奥に行くつもりはなくて、霊宝殿に着く前くらいで引き返そうって考えてました」

「その辺りでツチノコに出くわした?」

 俺の問いに山本君は首を横に振った。

「いえ、その言葉は正確ではありません。ツチノコが居たかもしれない場所は本殿から奥の院参道に通じる長い階段の所ですし、姿

「じゃあ、何でツチノコが居たなんて言うんです?」

 七条君の問いかけに、山本はボソリと呟く。

「声ですよ」

「声?」

 七条君の反応に、山本は小さく頷いた。

「俺が階段を登り始めて、数十段くらい上がった時ですかね。『すみません』って、か細い声が俺の近くで聞こえてきたんです。女性の声みたいな感じでしたけど、あまりに小さすぎて聞き取りにくかったです。語感で言葉は何となく分かりましたけど。で、僕は周囲に誰か居るのかと思って、辺りを見回してみたんです」

「誰か居たのかしら?」

 八神さんの問いに、彼は首を思いっきり横に振った。まるで、肩にへばりついた幽霊を引き剥がそうとするかのように。

「……周囲には誰も居なかったんです。ふと、階段の下の方を見ると、女子大生っぽい三人組が居たんですよね。もしかしたらと思って『あの、今、僕に声を掛けましたか?』って聞きました。でも、三人の内の一人が『いいえ、そんなことしませんよ』と答えたんです。つまり、僕の耳元に得体の知れない何かが囁いたってことです」

「そうとは限りませんよ。最悪、空耳の可能性もありますし。もしかしたら、左右に道があって壁越しに声を聞いたのかもしれないじゃないですか」

 七条君の台詞に、山本君は咄嗟に反論した。

「そんなわけないだろ。あの階段は人一人通るのがやっとな幅なんだ。右側が石壁で左側が漆喰の壁。そのどちらも壁の向こうは木が生い茂った坂になっている。絶対に観光客が立ち入れるような場所じゃない。仮にツチノコ探しに来た観光客の声だったとしても、か細い声で『すみません』なんて台詞は言わないだろう。これはきっと、ツチノコの警告なんだよ……。『すみません、もう探すのは勘弁してください』って意味なんだ。ほら、ツイッターで手が爛れた奴が居たって話が出てたじゃないか。きっと、警告を無視した奴にはツチノコの呪いがあるんだよ! だから、忠告したのに……。あいつらは俺の言うことを端から嘘だと決めつけやがって……、畜生!」

 山本がドンとテーブルに拳を叩きつけた。店内に居た観光客二組はビックリして、こちらを向く。俺は申し訳なさそうに会釈をし、山本に向き直った。

「まぁ、落ち着け。君が体験したことを否定するつもりはないさ。だから、一つだけ教えてくれないか? その時に変わった出来事はなかったかい? どんな些細な事でもいいんだ」

 捜査の基本は違和感を探すこと。推理小説では何度も出てくる、お馴染みの台詞だ。山本はしばらく考え込んで答えた。

「変わったって程のことでもないですけど。俺が階段を登ってから、しばらくして爺さんが階段を降りてきました。僕が体を壁際に寄せて、道を譲りましたけど」

「その際に何かやり取りは?」

「特に何も。『すまないね』『いえ』くらいの軽い挨拶くらいです。でも、その爺さんは関係ないですよ。ツチノコの声は爺さんみたいにしわがれていなかったし。俺がツチノコの声を聞く頃には爺さんは居なくなってましたから」

「まぁ、そのお爺さんは関係ないと見て良さそうね」

 八神さんが断言する。

 丁度、このタイミングで店員さんがお茶を持ってきた。一口啜り、俺は考え込む。何故、ツチノコは鞍馬山に現れたのか? 山本が聞いたツチノコの声は何なのか? そもそも、ツチノコの正体とは?

 駄目だ。このまま考え込んでいても埒が明かない。

「八神会長、七条君。こういう時は現場検証だろ。お茶菓子を食べ終えたら、俺達も本殿金堂へ行ってみようじゃないか」

 この言葉に二人は頷いた。






 もし、俺がこの時、事件の真相に早く気付いていれば……


 そして、その先にある真実に気づけていれば……


 俺は違う解決方法を導くことが出来たかもしれない。


 ―――もう一度、記しておく。俺はこの地で起こる事件の結末に後悔することになる。




(第3稿 問題編 終幕➝ 解決編 続行)

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