第3稿 悪魔の囁きと神々の騒めき(問題編)(3)
「よっこいしょっと」
俺たちは駅舎のベンチに腰掛ける。流石に暑かったのだろう。外の自販機に飲み物を買いに行く会員もいた。
たった今、気が付いたが八神さんと姉小路は他の会員と比べて、やけに荷物が多い。俺や七条君、他の六人はナップサックかリュックサック一つ分くらいなのに、二人はそれに加えて肩に掛けるタイプのやや大きめの黒い旅行用鞄を持ってきている。確かに、鞍馬山はそれなりに登山をする心構えでないと途中で脱落するが、ここまで大きな荷物が必要な山でもない。少し大袈裟すぎじゃないかと思ったとき、七条君もその事に触れた。
「会長、集合の時から気になっていたんですが……。何です? その荷物は」
「あぁ、これね。飲み物を買いに行ってる人が戻ったら説明するわね。まぁ、後で皆に配る予定なんだけど……」
八神さんはそう言って、スマホを取り出した。何かを検索しているらしい。
しばらくして、飲み物を買いに行った数人の会員が戻ってきた。叡山電鉄鞍馬駅の駅舎中央に向かい合わせで並ぶベンチは推研の会員で埋まった。荷物もあるし他の人に迷惑じゃないかなと思ったが、案外、駅舎のベンチに座ろうとする人は居なかった。だが、妙な違和感がある。
俺が遅刻した理由は、先程、姉小路が言った通り、観光客が多い故の電車の遅れだ。だが、妙に今日は鞍馬への観光客が多い。今は8月中旬。こんな猛暑日ならわざわざ遠方から観光に来た人であっても、他の名所を選ぶだろう。しかも、大抵は中年のおじさんやおばさんが軽い運動がてらに来ることが多いのだが、今日は妙に若い人、特に子供が多いように感じる。現に今、俺達が座っている駅舎のベンチの側を歩いているのは五、六人の男の子集団だ。俺たちに興味を示すことなく、キラキラした笑顔で鞍馬山の方に駆けて行く。
コホンと咳ばらいをして、八神さんが口を開いた。
「じゃあ、話を始めるわね。何故、貴方達を呼び出したのか単刀直入に言います。貴方達には今日、二つの事件を調査してもらいます! 一つはツチノコの捕獲。もう一つは丑の刻参りの犯人の捕獲! ここまではいいかしら?」
その言葉に会員一同が唖然とする。一瞬の静寂。おずおずと七条君が手を挙げる。
「どうしたの? 七条君」
「どうしたのじゃないですよ、会長! そんな居るかどうかも分からない物の為にわざわざ僕らを呼び出したんですか?」
「いるよ」
七条君の不満に答えたのは、八神さんではなく姉小路だった。
「勿論、僕たちだって噂話だけで君たちを呼び出したりはしないさ。ちゃんと理由があるんだ。説明するから、ひとまず落ち着いて話を聞いてくれないか」
姉小路の真摯な態度に、流石に七条君もこれ以上は何も言えなくなってしまう。他の会員も同様に沈黙する。一呼吸おいて、姉小路は話を再開した。
「じゃあ、最初はツチノコの調査について話をしよう。一週間前、有名な小学生ユーチューバーがツイッターで奇妙な投稿をしたんだ」
姉小路が八神さんのスマホを借りて、俺たちに画面を見せた。
『ツチノコ発見!鞍馬山にて。しかも新種です! 尾が二股に分かれていて、顔がサイの頭みたいな奴です。でも、伝承通りに胴体の部分が膨らんでいるでしょ。写真はコチラ↓』
その投稿文の下には写真があった……が、すぐに違和感に気づく。
「会長、どうして白黒写真なんですかね?」
俺はすぐさま会長に尋ねた。投稿されていた写真には、確かに細長くうねうねと曲がりくねっている妙な生物がいた。蛇と言えなくもないが、そうではないような気もする。しかし、投稿主の言う通り、体の先端部分から黒い尾がピョンと羽を広げるように二股に分かれており、その尾の先っぽは少し丸みを帯びている。顔も頭に小さな角が二つ付いており、鼻が尖っていて、確かにサイの顔に近いなと思った。
今までオカルト趣味に興じたことは無いが、流石にツチノコの想像図くらいは見たことがある。しかし、これは自分のイメージするツチノコの姿とは似ても似つかない妙な生物だ。だが、白い胴体の部分はやや膨らんで見え、新種のツチノコという呼称も全くの的外れではないように思える。
しかし、仮に本物だったとしたら勿体ないことに、白黒写真にしたことで分析が難しくなっている。先程、白い胴体だと言ったが、本当は白い色ではなく肌色か空色なのかもしれない。また、胴体部分以外の場所が殆ど灰色か黒の状態なので、山の中で撮影したこと、ツチノコ(らしき生物)の大体の形状のような些細な情報しか得られない。しかし、細長いぐにゃぐにゃした妙な形の生物が写っていることは分かる為、正体が掴めなくとも話題性には充分だろう。
俺の疑問に答えてくれたのは七条君だった。こちらを見て、憐れみの目を向けてくる。
「やっぱり、宇治みたいな洛外は情報が隔絶されているんですね。白黒写真なのは当たり前ですよ」
「今は、その腹立たしい台詞は聞き流してやろう。一体、どういうことなんだ?」
「先輩は、これの投稿者を知らないんですか? 今、話題になっている小学生ユーチューバーの若丸ですよ!」
「若丸?」
「はい、チャンネル登録者数が一万人を超えている有名人です。主に京都で活躍しているんですが、ありきたりな『~をやってみた』系の動画が多いんですけどね。小学生にしては動画の投稿スピードとかクオリティが半端なくて人気なんです。チャンネル登録者は京都の小学生や中学生が殆どですけどね。高校生や大学生、大人でもファンの人は結構居ますよ。僕も花も大ファンなんです」
ミーハーな奴めと思ったが、あの花ちゃんがユーチューブなどという俗世の物にハマるとは意外だった。七条君の妹なのだが、普段の大和撫子のイメージからは彼女が腹を抱えてゲラゲラ笑いながら動画を見ている図なんて思い浮かばない。
「で、それが白黒写真と何の関係がある?」
「これよ。二ヶ月前の投稿なんだけど」
八神さんが俺にスマホの画面を見せる。6月中旬くらいの投稿だ。
『やっぱ、白黒写真の方が趣深さが違うな! 懐かしさとかそういうのメッチャ感じる! 俺、これからツイッターに投稿する写真は全部モノクロにするから。皆、よろしくな!』
そして『おぉ、良いね!』『また、神が新たな試みをww』『今後の投稿にますます期待』というファンからのリプライが多く寄せられている。
「成る程ね。二ヶ月前から、新しい趣向として白黒写真を投稿するようになったのか。で、今回のツチノコ写真でも、その設定を律義に守ったと……」
「そういうことになるわね。だから、彼の投稿であれば別におかしいことではないわ」
「あの……」
口を挟んだのは、確か山田とかいう男子学生だった。
「ツチノコが出たって騒いでいるのは、その若丸っていう小学生、ただ独りなんですよね? だったら、愉快犯的な壮大なデマかもしれないじゃないですか。他に目撃した人が居ないんだから」
「それが居るのよ、ほら」
八神さんがリプライの幾つかを指し示す。
『FF外から失礼します! そういえば、5月頃に鞍馬山に行った際に妙な動物の鳴き声が聞こえました! 石垣とかの奥の方から少しくぐもった、鹿威し《ししおどし》と赤ん坊の泣き声が混ざったような感じでしたね』
『それ、どんな声だよwww』
『5月の鞍馬かぁ。俺もそんなん聞いた気がするな。猫の鳴き声と舌打ちが混ざったような感じだったな。ただ、石垣じゃなくて水辺で聞いた気がするけど……』
『ツチノコはチーって鳴くらしいし、いびきもかくらしいから。ありえない話じゃないな。ジャンプ力や素早さもあるらしいから、水辺から石垣に移動することも可能』
『詳しいなww』
『そういや、この前さ。俺の従弟が鞍馬山に行ってきたんだよ。そしたら、泣きながら帰ってきてさ。手が真っ赤に爛れてた。聞いたら、頭が八つくらいに割れてる変な赤い蛇に触ったって』
『プラナリアか?』
『毒、あったっけ?』
『マジもんの八岐大蛇か?』
『そういや、ツチノコって毒があるって聞いたぞ』
『マジで!?』
『ってか、そいつの話でも若丸の写真でも、蛇の頭が割れてるって話じゃん』
『若丸が取った写真では、割れてるのは尾』
『マジレス乙』
『とにかく、体の一部が割れてる希少なツチノコが鞍馬山には居るってことだな!』
『今から行ってきます!』
『↑行動力あり過ぎて草ww』
『草に草生やすなww』
「……と、こんな感じよ。若丸以外にもツチノコらしき生物を見かけた人は居るみたいね」
どうやら、若丸以外の人間にもツチノコは姿を見せているらしい。いや、正確には鳴き声や第三者の怪我という形でだが……。
「で、昨夜に若丸が再びツチノコ情報を投稿したの。それがコレ」
スマホを覗き込むと、これまた珍妙な情報が載っていた。
『前回は言い忘れていましたが。ツチノコは金魚の餌が好きみたいです。偶然、鞄の中に金魚の餌が入ってまして。それをコイツにやったら、喜んで食べてましたよ! その後、すぐに逃げちゃったんですけどね。皆さん! ツチノコ捕獲には金魚の餌を持っていくことをオススメしますよ!』
これで、ようやく合点がいった。俺が降車した際に聞いた女子高生の会話はコレのことだったんだ。先程、七条君は「小学生や中学生に人気がある」と言っていた。鞍馬山行きの電車の乗客(特に若い世代)が妙に多いなと思ったのだが、彼らは全員、鞍馬山に金魚の餌を持ってツチノコ捕獲に来たという訳だ。つまり、俺の遅刻の原因ということらしい。そう思うと腹が立つ。
「さ、じゃあ、皆。手を出しなさい」
お駄賃でもくれるのか?と思ったが、八神さんと姉小路は黒い旅行鞄から、中に茶色の塊(多分、金魚のエサ)が入ったビニール袋と銀色のトングを一人一個ずつ渡してきた。エサ持参とは言われたが、一応、先輩方も用意してくれたらしい。
「その重そうな荷物。ツチノコ捕獲用だったんですね・・・・・・」
山田?が呆れた顔で呟く。七条君が姉小路にぶつくさと文句を言い始めた。流石に八神さんに面と向かって物を言うのは怖いらしい。
「先輩! ツチノコ狩りに行くなら予め言ってくださいよ! そうしたら、僕も色々と準備できたのに……」
耳ざとく、七条君の声を聞きつける八神会長。
「だって君達、正直に話したら相手にしてくれないでしょ。現地で直接話す方がいいかなって思ったの」
八神さんは悪びれる様子もない。まぁ確かに、いきなりツチノコ狩りに行くと言われて真面目に準備する奴は少数だ。ただ……。
「八神さん。目的は何ですか?」
俺は単刀直入に聞く。ツチノコが鞍馬に出ることは分かったが、それで俺たちを呼びつけるのはおかしい。別に、俺たちを巻き込まなくても一人で探しに行けばいい話だ。俺の問いに、八神さんは「はぁ……」と溜息をついた。
「見つける確率を上げる為には人数は多い方がいいでしょ。それに、あなた達にとっても無関係な話じゃないの。これは」
「会費ですね」
姉小路が横から口を挟む。その答えは的確だったようで、頷く八神さん。
「そう。推研会誌『謎迷宮』の今月号の売り上げが激減したわ。このままでは来月からの活動に支障が出る。だから、我々は鞍馬(ここ)でツチノコを捕えて一攫千金をしなければならないのよ!」
成る程。現実的な問題だ。俺以外の会員も途端に真剣な目つきになる。俺たち大学生はとにかく金が無い。そして、本一冊の単価は最近は高くなってきている。来月発売のミステリーを会費で購入し、部室で読み耽る! これ以上ない幸せが今、損なわれようとしている!
「やりましょう! 八神会長!」
七条君がベンチから勢いよく立ち上がった! 他の会員も立ち上がる! 無論、俺もだ。
「分かりました! 悪魔の囁きが『ツチノコは既に我らの手中にある』と言っています! ここは俺にお任せください! 必ずや、姉御の前にツチノコを献上して差し上げましょう!」
「だから姉御って言うな! あと、その妙な中二病設定、まだ続けていたとはね……」
呆れた顔で俺を眺める八神さん。
さて、こうして俺たちは意気揚々と鞍馬山に向かった。だけど……。
今、思えば。俺だけは此処に足を踏み入れるべきじゃなかったんだ。俺の足は前に進む。後に、この地で起きた事件の結末に後悔することになるとも知らずに……。
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