第2稿 悪魔の囁きと悪魔憑きの少年(5)
「さて、まず整理してみようか。今回の事件だが、一つは我妻君の予知。二つめは居ない筈の『兄』の存在。三つめは我妻君の『記憶が無い』という発言。君の話だけだと奇妙に見えるけど、僕等の居る環境を含めて考えると簡単に答えは出る」
七条君は怪訝そうな表情を浮かべた。
「前回の事件の時もそうでしたけど、今回も『京都』が関係しているんですか?」
俺は人差し指を左右に振る。
「その情報だけだと足りないな。『現在の季節が夏』という事実も付け加えなくてはならない」
そう、またしても冒頭で紹介し忘れてしまったが今は7月中旬で夏真っ盛りだ。勿論、手掛かりは幾つか示されていた。
まず、俺の飲んでいるアイスコーヒーや七条君の服装からも特定は出来る。どちらも、少なくとも秋や冬ならば絶対にありえない行為だ。京都は盆地なので、気温の上下が他の県に比べて激しい。どんな物好きな奴でも、冬にアイスコーヒーやTシャツ一枚は無いだろう。
それに八つ橋についての場面からも分かる。一般的に八つ橋と言えば硬い焼き菓子だが、俺と七条君の会話を思い返して欲しい。
「傷みやすいから、ちゃんと冷蔵庫に……」
「祖母や祖父も喜びますよ」
後者の七条君の台詞で、普通はこういう場合「家族が……」と言うのではないだろうか。祖母と祖父に限定したのは老人が食べやすい菓子ということ。故に、俺の渡した品は「生八つ橋」ではないかと推測できる。しかし、生八つ橋であっても冬ならばわざわざ冷蔵庫に入れる必要はない。それを考えれば前者の俺の台詞も、物が腐りやすい夏であるが故だと分かる。
栗ご飯に関しても、俺が
「こんな時期にわざわざ……」
と言ったことからも分かるだろう。栗ご飯の季節は本来は秋。季節に合わないものを作って、食中毒を起こしてりゃ世話ないよという意味で言ったのだ。それに食中毒は統計的に夏が細菌性のものが多く、冬はノロウイルスによるものが多い。今回の食中毒は細菌性。公衆衛生学の知識がある方は、ここから夏だと推測できたかもしれない。
そして、度々台詞に出てきた「テスト期間」。基本、大学は前期と後期に分かれており、その節目に試験を行う。夏休みは試験のすぐ後だ。つまり、俺達はテスト期間を終えたばかりで夏休みを楽しんでいる大学生ということ。
以上、「現在の季節が夏である」ことの証明終了。
「でも、先輩。『京都の夏』が今回の事件にどう関係してくるんですか?」
「あれ、気づかないか? 俺たちも度々、話題にしていたじゃないか。アレだよ」
「あぁ、何だ。そんなまどろっこしく言わないで、ちゃんと言えばいいじゃないですか。祇園祭って」
夏の京都の風物詩、祇園祭。八坂神社のお祭りで、平安時代に霊や疫病を鎮めるために行われた御霊会が元となっている日本三大祭りの一つ。7月1日から31日までが祭りの期間であり、山車である山や鉾が建てられることも含めて、この時期は京都が騒がしくなる。
俺の叔母さんが東京からわざわざ泊まりに来ている理由もコレだし、冒頭の悪夢の話を七条君にしたときに、「霊障なら、アレの由来的に厄落としができる」と言っていたのも祇園祭のことだ。この時期になると、京都人なら、わざわざ固有名詞を使わなくても話の流れで理解できてしまう。だから、ずっと「アレ」と呼んでいた。
「で、祇園祭が悪魔憑きとどう関係するんです?」
先程と似たような台詞を言う七条君。少し勿体ぶり過ぎたせいかイライラし始めている。
「そう、急かすなよ。ちゃんと初めから説明するから。まず、我妻君の家が中京区の由緒ある老舗ということから推理したんだが、当たっていたようだね。我妻君が今年の『長刀鉾の稚児』だと」
17日の山鉾巡行の際に、巡行の先頭に立つ長刀鉾。神様の使いとして、それに乗ることが出来る稚児は、京都の四歳から十歳くらいまでの子供から選ばれる。経費に1000万円以上かかる為、由緒ある家の子供が選ばれやすい。
「ガキ大将が『どうせ目立って良い気になってるから』と言っていたと聞いてね。君の話の中では我妻君がチヤホヤされたのは食中毒事件の後だろ。少し、引っかかったんだ」
「僕は花に聞いた通り、話しただけですが……。じゃあ、それって給食の時に騒いで悪目立ちした事を皮肉った台詞ではなかったんですか?」
成る程。そう考えたわけか。
「だったら『良い気になって』という台詞は出てこないぜ。そこで、俺は考えた。我妻君はこの騒ぎより前にも何かで騒がれた人物じゃないかってな。まぁ、それよりも先に『栗ご飯騒ぎ』の謎が解けたから確信したんだけど」
「どういうことです?」
「七条君は祇園祭の風習を知っているかい? キュウリに関する風習だ」
俺の問いかけに、七条君は少し苛立ったように答えた。
「そんなの常識ですよ。馬鹿にしないでください! キュウリの切り口が八坂神社の神紋に似ているから恐れ多いってことで、祭りの関係者はキュウリを食べない風習でしょ。何で、そんな話をするんですか?」
続いて、俺はある事実を確認する。
「我妻君の家は何ていう店だっけ?」
「ちゃんと、話を聞いてなかったんですか? 『九里屋』ですよ! 九里……
あぁっ!」
ようやく察しの悪い後輩も気づいたようだ。
「そう! 九里は『くり』とも『きゅうり』とも読める。我妻君は物事を理解するのが苦手な子だったんだろ? そして、彼は長刀鉾の稚児だ。つまり、祭りの関係者。さて、我妻君の『お兄ちゃん』発言だがね。彼は自分のお兄ちゃんと言ったわけじゃない。ちゃんと、祭りの関係者の中に『お兄ちゃん』は居たんだよ。ほら、鉾町の男子は囃子方として鉾の上でお囃子を奏でるだろう。おそらく、その中の一人に注意されたんだ。だが、小学四年生に『神紋に似ているから』という理由は少し難しすぎた。そこで、彼は知識の定着の為に自分の店の名前を利用して『きゅうりを食べてはいけない』ということだけを覚えようとした。しかし、さっき言ったように『九里』は二通りの読み方がある。さらに、その家が栗を使った和菓子が有名ということも災いし、『栗を食べてはいけない』という間違った知識を覚えてしまった訳さ」
あまりの真相に七条君はあんぐりと口を開けた。
「じゃあ、我妻君は別に予知をした訳じゃなかったのか……。っていうか、そんなくだらないことだったんですか!?」
「くだらないことはないさ。本人は必死に稚児の務めを果たそうとしたんだよ。さて、最後に我妻君が『記憶にない』と言ったことだが……」
ゴクリと七条君が唾を飲み込む。果たしてどんな真相が隠されているのかと期待しているのだろう。よろしい。俺の推理はここからだ。
「俺は最初に花ちゃんがどんなに可愛いかを力説したと思う」
「いきなり、何言ってんですか? 急にロリコンを発動しないでくださいよ!」
当たり前の反応だが、七条君が周囲に憚らず怒鳴り声を上げる。
「まぁ、待て。君の話ではこうだったね。騒ぎの翌日は一日休校、その翌日に花ちゃんが我妻君を問いただしたら彼は黙ってしまったと。そして、君の家と我妻家は旧知の仲。この事実から推測するに……」
「何ですか? くだらない話なら帰りますよ」
「……我妻君は花ちゃんのことが好きなのだろうね」
後輩の手から、空になったキャラメルマキアートのカップがコトンと床に落ちた。
「は? はぁぁ!?」
カフェに七条君の絶叫が響き渡る。
「お、おい! ちょっと、落ち着けって」
「これが落ち着いていられますか! 僕の妹をあの鼻たれ小僧が? 誰が渡すかぁぁぁ!」
俺が後輩の口を手で封じようとした時、後ろに殺気を感じる。振り向くと女性店員の修羅の如き形相が……。周囲からも
「外に出ようか……」
「そ、そうですね……」
俺たちはカフェを後にし、ガラス張りの扉からそそくさと退散し、六角堂へと場所を移した。
「で、どういうことなんです? あの小僧が僕の妹を好きだという根拠は」
中央のベンチに座るなり、後輩は鋭い声を俺に浴びせる。
俺は一つ溜息をつき、推理の続きを語った。
「だって、我妻君は手柄を自慢しなかったじゃないか。もし、偶然だったとしてもクラスの皆を救ったんだぜ。実際に皆にチヤホヤされてるし、ガキ大将だって謝ってきた。でも、彼は一切、真相を語ろうとしない。それどころか『記憶にない』とまで言っている。君の説明だと真相を問い詰めたのは花ちゃんだったね。おそらく、彼は休みになった日に両親に自分の勘違いを教えられたんだろう。『祇園祭の時に食べてはいけないのはキュウリであること』をね。君がさっき言った通り、知識を披露して自慢できたら、さぞ気持ちが良いことだろう。だが、逆に間違った知識を披露してしまったら、それは顔から火が出るほど恥ずかしいだろうね。ましてや、好きな女の子にはそんな真実は口が裂けても言えまい。彼が顔を伏せたのは赤くなった顔を見られたくなかったのさ」
「……」
七条君は黙ったままだ。そういえば、ここは鉾町にわりと近い。遠くからお囃子の音色が微かに耳に届く。
「七条君、そういえば今日は何日だっけ?」
俺の質問に、後輩は不貞腐れたような無念そうな顔で答えた。
「17日ですよ……。先輩」
テストが忙しくて、日にちの感覚がズレていたせいで昨日の宵山と一昨日の宵々山をすっかり忘れていた。
「先輩は祇園祭で厄を落とすつもりだったんですよね……?」
「あぁ、そうだな。昨日の悪夢を……」
「やめた方がいいですよ。祇園祭にご利益なんかありません。むしろ、厄を呼び込みます」
そうボソリと呟き、俺にスマホの画面を見せた。SNSのプロフィール画面のようだ。
「HANAがプロフィール画像を変更しました」
そこには見るからに巨大な山車の中から顔を出し、金の冠を頭に光らせて、威風堂々とした姿で立っている稚児の姿があった。まるで、「もう何も怖いものはない」というように毅然とした表情をしている。プロフィールの一言には
「クラスのヒーロー、ありがとう!」
の一言が……。
「うわぁぁぁぁぁ!」
七条君の絶叫が六角堂全体に響き渡り、近くに居た二羽の鳩が羽を広げて飛び去っていった。
(第二稿 終幕)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます