第2稿 悪魔の囁きと悪魔憑きの少年(4)

「どう思いますって言われてもな……。そもそも、それの何が悪魔憑きなんだよ。我妻君が愚図ったから花ちゃんのクラスだけ栗ご飯を食べなくて、被害者が出なくて良かったじゃないか。ハッピーエンドだ」

 俺の返答に七条君はじれったそうに頭を抱える。

「仕方ない人ですね。ちゃんと説明しますよ。一応、僕なりに我妻君の食中毒予想事件について考えましたからね。我妻君に憑りついた存在しない筈の『お兄ちゃん』が悪魔だと考えると説明がつくんです」

 キャラメルマキアートを一口啜り、七条君は語り出した。

「まず、先輩は悪魔憑きに関して精神疾患だとかドラッグだとか言ってましたけどね。バチカンでは悪魔の存在は認知されているんですよ。国際エクソシスト協会という組織も悪魔に対抗するために創設されています。そのエクソシストも精神疾患や脳の病気の可能性を排除していないんです。それでも病気では説明がつかない悪魔憑きは存在し、本人が知る筈がない国の言語や、、他人の秘密を知っているという現象が起こるらしいです。今回の件にピッタリと当てはまるじゃないですか! 敵に勝つという意味で勝ち栗は縁起の良い食べ物とされていますから、憑りついている我妻君の体内に取り入れたくなくて食中毒の菌を繁殖させたんですよ! それに、事件の後の記憶が無いことからも悪魔憑きと言えます。実際、悪魔に憑りつかれた人は憑依中の記憶がありませんからね。さらに『お兄ちゃん』という言葉についてですが、我妻君が『鬼さん』という意味で伝えたかったとしたら? 誰もが真っ先に思い付く悪魔のフォルムは、人型で頭の角に鋭い爪と牙です。鬼のフォルムに酷似してますから我妻君がそう伝えたかったとしたら納得です。我妻君は滑舌が悪く、物事を説明したり理解するのが苦手な子供でしたから。まだ小学四年生なので仕方ないですけど」

 七条君が長い説明を終え、ふぅと息を吐くとキャラメルマキアートを全て飲み干した。しゃべり過ぎて喉が渇いたのだろう。

「成る程ねぇ。いつもの強引過ぎる推理だけど、エクソシストについての知識には恐れ入るよ。詳しいな」

 素直に感心の意を述べると、七条君は照れくさそうに笑う。

「いや、偶々たまたまです。先週、西洋史の論述式のテストだったんですけどね。外がアレの影響でうるさかったから、イライラして勉強が手につかなかったんですよ。そこで自分の興味のある魔女狩りとかカトリック教会の分野を調べまくってたら覚えちゃったんですよね。この範囲の知識は自信ありますよ! いやぁ、やっぱり知識を披露するのは良いもんですねぇ。感心されて良い気分です!」

 いつもの厭味ったらしい自慢話が始まる。ちょっと褒めるとすぐにコレだ。呆れた俺だが、何だろう。今の台詞に何か引っかかるものを感じた。俺が眉間にしわを寄せて考え込んでいる姿を見て、七条君はへらへら笑いながら俺の顔を覗き込む。

「どうしたんですか? あぁ、成る程。僕の先程の推理に脱帽した上に知識でも後輩に負けて悔しいんですね。そんなに機嫌を悪くしないでくださいよ。ほら、先輩のくれた八つ橋、一個あげますから」

「おい、ここのカフェは持ち込み禁止なんだぞ。勝手に出したら……。あれ?」

「あっ、先輩! どういうことですか! 謀りましたね!」

 俺が渡した八つ橋の入っている筈の袋。しかし、袋から出された箱には京都で有名な八つ橋ブランドの聖〇院ではなく、「九里屋(くりや)」と書かれている。箱を開けて中を確認すると、どうやら中身は栗羊羹のようだ。

「別に謀ったわけじゃない。朝は慌ただしかったからな。袋を間違えたみたいだ。すまん」

「いえ、これも嬉しいですけどね。縁がありますね」

「え?」

 縁があるという言葉に俺は思わず聞き返す。七条君は箱を眺めながら説明してくれた。

「この『九里屋(くりや)』はさっき話した我妻君の家ですよ。中京区に店がありましてね。栗を使った京菓子や和菓子で有名な由緒正しき老舗なんです。ちなみに、九里というのは我妻君の母親の旧姓ですよ。母親が跡取りで、父親の我妻さんが婿養子なんですよ」


 カチッ


 また、この感覚だ。パズルピースがピッタリとはまる感覚。何だろう。俺はこの話をどこかで聞いたことがあるような気がした。妙な既視感。眩暈。視界がグラッと揺れる。


「先輩! N先輩!」

 気付くと七条君が俺の体を揺さぶっている。

「大丈夫ですか? 目の焦点が合ってませんでしたよ」

 いつもの生意気そうな雰囲気はない。本当に俺のことを心配しているようだ。

「あぁ、大丈夫だ。それよりも気が付いたことがある。大至急、花ちゃんに確認して欲しい」

 そして、俺は七条君にあることを告げた。七条君は即座に否定する。

「そんな……、そんな大事なことが僕の耳に届かない筈はないですよ!」

 俺はどうしてもと頼み込み、七条君は渋々、花ちゃんに電話を掛けた。すぐに繋がったようで七条君は慌ただしく話し出す。

「なぁ、花。もしかして、……なんてことあった? ……え? 本当にそうなの? じゃあ、何で言ってくれなかったんだよ! ……え? 話そうとしたのに、兄さんがテスト勉強の邪魔するなって怒ったって……。あぁ、あの時か……。うん、分かった」

 がっくりと肩を落として電話を切った後、俺を見た。化け物でも見るような顔で。

「何であんなこと分かったんですか? 今はまだ、老舗の繋がりでしか知りえないことなのに……。ましてや、宇治に住んでいる先輩には絶対に知りえない筈……」

 俺はまだ半分程残っているブラックコーヒーを啜った。お洒落なカフェの中、二人の間だけ緊迫した空気が流れる。俺はこの一言を言い放った。

「推理の悪魔が俺に囁いたのさ」

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