第2稿 悪魔の囁きと悪魔憑きの少年(3)

「……何だって?」

「だから、悪魔憑きですよ! 日本では狐憑きっていう言い方もしますけど」

 ここまで聞いて、ようやく「悪魔憑き」という日常生活にはおよそ縁の無い言葉の意味が理解できた。

「あぁ、心霊番組とか映画でやってるやつだろ。俺から言わせればナンセンスだな。臨床心理学上における統合失調症とかドラッグによる薬物中毒とか、様々な見方はされているが、人間ではない何かが取り憑いているという非科学的な考え方は俺にはできないね」

 俺の言葉に後輩は感心したような目を向けた。

「流石ですね。社会学部の福祉学科で勉強しているだけのことはある。もしかして、テスト勉強の成果ですか?」

「いやぁ、それほどでも。テスト範囲は感染症についてだったけどな」

「あ、でも先輩。俺の中の悪魔が囁いた……とか言ってますよね! あれはどうなんですか?」

「物の例えだよ! わざわざツッコむんじゃない!」

 コホンッ!と先程よりも大きな咳払いが聞こえ、俺と七条君は身を竦める。俺はヒソヒソと七条君に話しかけた。

「それよりも、悪魔憑きと花ちゃんがどう関係するんだよ? もしかして、花ちゃんが悪魔憑きに……」

「いえ、違います」

 花ちゃんを助けて、俺がヒーローになるという妄想は即座に打ち砕かれた。

「悪魔憑きになったのは、花の同級生なんですけどね。まぁ、最後まで話を聞いてください。先週、花の通う小学校で奇妙なことが起こったんです」




「先週、花が平日なのに早く帰ってきたんですよ。どうした?って聞いたら、プリントを見せてきましてね。見ると、今日は全学年の児童を帰宅させること、翌日は休みにするということ、明後日から授業は再開するが給食は中止で弁当持参という内容が書いてありました。どうやら、食中毒騒ぎが起きたらしくて」

「食中毒?」

「はい、原因は栗ご飯らしいです」

「栗は足が早いからなぁ。こんな時期にわざわざそんな物作るから」

「僕が作ったわけじゃないんだから、文句は学校側に言ってくださいよ。そのプリントだと全学年に被害が及んでいるって書いてありましたが、何故か花はピンピンしてるんですよね。花の話だと、花のクラス全員が無事だったらしいんです」

 それは凄い奇跡だ。俺は素直に驚いた。

「凄いな。余程、クラス全員の日頃の行いが良いか、危機管理意識が高いんだな」

 俺の言葉に七条君は首を横に振った。

「違いますよ。ここからが悪魔憑きの話なんですが、花のクラスに我妻君って男の子がいるらしくて」

「名前は善◯じゃないだろうな?」

 俺の冗談に七条君は渋い顔をした。

「先輩、茶化すなら帰りますよ。とにかく、その男子が事の発端なんですけどね。栗ご飯を含めた給食が皆に行き渡り、いただきますを言おうとした瞬間に我妻君が騒ぎ出したそうです。何かに気付いたようにハッとなって『皆、食うな! 食べたらあかん!』と叫んだらしいんですよ」

 俺は首を捻る。

「確かに急に叫び出すという点では悪魔憑きに共通しているけど、それだけだと悪魔憑きとは言えないだろう。 単に栗ご飯が気に入らなかったとか、ふざけて叫び出したとか色々と考えられる」

 俺の反論を、七条君は手で制した。

「まぁ、待ってください。担任の先生や周りの友達も先輩と同じように考えたそうで、我妻君にどういうことかを聞いたそうです。そしたら『お兄ちゃんに聞いた』の一点張りだったそうで。終いには我妻君が泣き出して話し合いにもならなかったので、ガキ大将ポジションの男の子が『ほっとこうぜ。どうせ目立って良い気になってるから、注目を集めたいだけだよ。もう食おう』と言ったのを契機に食事を始めようとしたらしいんです」

「まぁ、当然の反応だな」

「その直後でした。隣のクラスの先生が教室に慌てて飛び込んできたのは。その先生の話で、既に給食を食べた生徒全員が腹を下したり嘔吐したことを担任の先生は知りました。それで、児童は急いで帰宅させられたんです。その翌日に保健所が調査に来て、栗ご飯の栗による細菌性食中毒だったことが判明したらしいです」

 俺は驚いて身を乗り出した。

「じゃあ、その我妻君は……」

 七条君もゴクリと唾を飲み、数秒の沈黙の後、俺が考えていたことをそのまま口にした。

「えぇ、我妻君は予言したんですよ! クラスの誰もが気が付かなかった栗ご飯による食中毒を!」

「でも、それだと予言者って例えが適切じゃないのか?」

 予言者だったら、むしろ悪魔よりも神様に縁がありそうなものだが……。

「まだ話は続くんですよ。その明後日から授業が再開して、クラスでは我妻君が喝采を浴びたそうです。例のガキ大将も『すまん』と土下座して謝ったとか。その時に花が『何で分かったの? お兄ちゃんって誰?』って聞いたそうなんですが……」

「ちょっと待った! 『お兄ちゃんって誰?』っていう質問は何か変じゃないか?」

 俺の唐突の問いに、彼はニヤリと笑みを浮かべた。

「流石、先輩。気付きましたね。我妻君の家と僕の家はある程度のつながりがあるから知っているんですけどね。我妻君は老舗の和菓子屋の跡取り息子で一人っ子。兄なんかいない筈なんです。我妻君は花にそう聞かれたとき『知らん。そんなこと言った覚えはない!』と怒鳴り、俯いてしまったらしいです。その後は何を聞いても答えてくれなかったと言ってました。以上が事の顛末です。先輩はどう思います?」

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