第1稿 悪魔の囁きと奇妙な男(2)

 僕は昼休みはいつも、大学の休憩所みたいな場所でコーヒーを飲みながら読書しているんです。ほら、図書館の横の校舎にある場所ですよ。コーヒーメーカーや自販機、ATMが設置してあって、おしゃれなソファとかテーブルがある所です。基本的に学生の溜まり場になっているんですが、特に立ち入り制限をしているわけではないので、大学見学の人とか外部の人もたまに利用していますね。

 今日の昼休みも僕はそこで過ごしていました。ソファに座ってコーヒーを飲みながら、のんびり読書していたんです。そしたら、多分、外部の人じゃないかなぁ。高価そうな一眼レフを首から下げて、黒い大きなカバンを持った、妙な雰囲気の男がドカッと隣の席に座ったんですよね。サングラスを掛けて、無精ひげで見るからに怪しい奴でした。

 え? 見た目で人を判断するのは良くないって? いや、見た目が怪しいってだけなら、こんな話はしませんよ。ここから男は奇妙な行動を取り始めるんです。

 その男は席に着くなり、自分の鞄の中をゴソゴソと漁り始めたんです。そしたら急に男は慌ただしい様子になりましてね。鞄の中に違法薬物でも入っていたんじゃないかって程の慌てぶりでしたね。しかし、男が鞄から取り出したのは違法薬物ではなく、抹茶オレの缶でした。キャップが閉まる缶のタイプで自販機で売っているやつですよ。さっき、先輩にコーヒー買ってきたでしょ。あれと同じ形状の缶です。

 普通、休憩所で一息ついて飲み物を飲もうって時は、一口ずつ、ゆっくりと飲むじゃないですか。でも、その男は抹茶オレを一気に飲み干したんですよ。え? 残りが少なかったから一気飲みしたんじゃないかって? いや、あの飲み方はそんな感じではなく、まだ半分くらいは残っていたと思います。数十秒くらいかけて飲んでましたから。飲み干した缶は速攻で休憩所にあるごみ箱に捨てていました。

 その後、男はさらに怪しい行動に出ました。何と、男は鞄から本を取り出したんです!

 あ、先輩! 今、本を取り出したから何だって呆れた目で僕のことを見ましたね! 違うんですよ。本は本でも一冊じゃないんです。十冊くらいの大量の本を取り出したんですよ。十冊の本って結構な重さですよ。大学見学の人や観光客が持ち歩く量じゃありませんよ。

 そもそも、普通の人は外出時に本を大量に持ち歩いたりはしません。暇潰しの為に持ち歩くとしても、多くて二冊くらいでしょう。それに今はスマホやタブレットがありますから、十冊の本が必要だったとしても機械一つで事足りるんです。

 え? 大学の教授が講演で使うからじゃないかって? 言い忘れてましたが、その男は観光客みたいなラフな格好をしていました。教授って感じじゃなかったですね。ウチの大学で見かけたこともないですし。外部から招かれた教授だったら、もっとキチッとしたスーツとか着てくると思います。第一、講演に来た教授が何で首から一眼レフ掛ける必要があるんですか?

 しかも、その男は大量の本を読むために持ち歩いていたわけではないみたいでした。そいつは取り出した本を一冊一冊、丁寧にハンカチで磨き始めたんです。最初は家から持ってきた本が埃まみれだったから拭いているんだろうって思ったんです。でも、あれは家で読み古した本じゃなくて新品ですよ。磨かれた本の表紙は天井の照明の光を反射して光り輝いてましたからね。

 男の奇妙な行動はまだ続きます。男が最初に鞄から本を取り出したときは、本屋の袋にも入っておらず、ビニールの包装や紙のブックカバーも無い状態でした。でも、そいつは本を一通り磨き終わった後、ポケットからコンビニのレジ袋を取り出したんですよ。何をするのかと思って見ていたら、何とそいつは十冊全ての本を開きもしないで、そのレジ袋に放り込んだんです。

 何故、最初は素の状態で鞄に入れていた本を、わざわざコンビニのレジ袋に入れ直す必要があったんでしょうか? それに、本はそもそも磨くものじゃないし。仮に男に本を磨く奇特な趣味があったとしても、外出先ではやらないでしょう。読むどころか開きすらしない本を十冊も持ち出してハンカチで磨くという行為そのものが謎なんです。

 そして、これが男が最後に取った奇妙な行動なんですが……。これは本当にヤバイです! 

 ちょうど男が本をレジ袋にしまい終えたときに、ガタイの良いラグビー部員が休憩所に入って来たんです。それを見た男は急に立ち上がって、ラグビー部員に近づくと、こう言ったんです。

「ちょうど良かった。君、この大学の運動部の更衣室やシャワー室って何処にあるんだい?」

 もう、この時点で完全に変態ですよ! 一眼レフを持った挙動不審な男が更衣室にシャワー室! そのラグビー部員も怪訝そうな顔をしていましたね。通報しようか悩んでいる様子でした。

 でも、不思議なんですよねぇ。男がラグビー部員にゴニョゴニョと何かを囁いたんですよ。そしたら、ラグビー部員は「あぁ」って納得した表情になって、運動部の部室棟の場所を教えちゃったんです! 男は部員に礼を言うと、走って部室棟に向かっちゃいました。

 以上が、僕の体験した奇妙な出来事です。N先輩、これってヤバくないですか?

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