第13話 イカイ・ワカリ倒れる
今日は、毎週恒例のイカイ・ワカリ生放送の日だ。
冒険者の多くは、ギルドの酒場に集まり、酒を飲みながら放送開始を待つ。
アンドレがいなくなったことを知り、投げ銭であるナゲナゲのランキングの上位を目指す冒険者も少なくない。
ところが、定時になると、金髪ツインテールのVチューバー、イカイ・ワカリではなく、なぜか第三王子が出てきた。
酔っぱらった冒険者たちはブーイング。
「王子なんかいらね~」
「ひっこめー」
「ワカリんを出せ~」
などと言いたい放題だ。
(これ、近衛に聞かれたら不敬罪で捕まるぞ…)たまたまカウンターに下りてきて現場を見ていたギルドマスターは冷や汗を浮かべた。
王子は右手を上げ、皆を鎮めようとするような素振りを見せる。もしかして、ギルドの様子が見えているのかもしれない。そうでないなら、かなりの洞察力だ。
それを見たギルマスは、大声を上げる。「みんな、静まれ~~~~」
冒険者連中も、とりあえずく口をつぐんだ。
彼らにとっては、会うことのほとんどない第三王子よりも、普段からがみがみ怒鳴るギルドマスターのほうがよっぽど恐ろしい存在だといえるだろう。
水晶の中から、王子が悲痛な表情で言った。
「今夜の放送は中止だ。ワカリんが、過労で倒れた。」
王子の泣きそうな顔は、ギルドの壁に大写しになっている。
ギルドの連中は大騒ぎだ。
「ワカリん!どうしたんだ~~」
「お見舞いに行きたい」
「見舞いの品を届けに行こう!」
など、盛り上がり始めた。
王子が続ける。
「本人の希望で、お見舞いに来てもらう必要はない、というか来ないでほしい、とのことだ。また、見舞いの品も要らないと。
異世界の人なので、食べるものが違うようだ。食べられないものを送られても、ありがた迷惑になる。」
正論ではある。
「病床のイカイ・ワカリのためになることは何かないか、私も考えた。聖女は手配した。それ以外は、もう一つだけだ。私は、ナゲナゲをお見舞いにした。ナゲナゲなら迷惑にはならないだろう。だが、イカイ・ワカリの性格からして、無理な金額を出してお前たちの生活に支障をきたすのは耐えられないようだ。
「彼女が希望することは目下は『ご利用は計画的に』だ。無理をすると、彼女が悲しむ。
ナゲナゲやる奴は、そこをわきまえておけ。」
王子は釘を刺す。半分は建前だ。本音半分は、『俺を超えるナゲナゲなんかするなよ』という脅しでもある。
「皆、ワカリんの無事な復帰を祈っててくれ。あと、過労にならないように、これからは番組の回数を減らさせるかもしれない。これは、本人と話しあってからだけどな。 というわけで、今夜はこれ以降は再放送を流すことにする。」王子は締めくくった。
そして、先週の再放送が流れ始めた。ただ、ナゲナゲはオープンしているところはちゃっかりしているとも言える。
王子の懐に入るわけではないのだが…。
実は、王子は誤認していた。
チグサがイカイ・ワカリなのだと…
その日の昼間、突然にチグサが倒れた。
連日の激務で、体力が持たなかったようだ。
先日のアンドレによる襲撃事件の結果、愛を知ったチグサは、それからがむしゃらに魔道具の制作・改善に取り組んだ。
何をしたかったのかというと、一言でいえば「誰にでもできるVチューバ―放送キット」の開発である。
今は、スタンとチグサのコンビネーションでないと放送が成立しない。つまり、休めないのだ。
チグサは先日知り合った第三王子の近衛騎士、ブルーザと交際を始めた。交際は順調で、このまま結婚に突き進みそうだった。少なくともチグサはそう考えていた。
とすれば、新婚旅行だって行きたいし、できれば子供もほしい。その辺を考えると、「チグサがいなくても放送できるキット」の作成が必要になtったのである。ついでにスタンの操作も負担軽減しようとおいう目的まで重なった。
開発をすべて一人で行おうとしたチグサは、結局のところ過労で倒れてしまった。
スタンは急遽王宮に行き、第三王子に会った。
「今夜のイカイ・ワカリの番組は中止です。」
スタンは淡々と伝えた。
王子の反応は劇的だった。
「何が起こった?詳しく教えよ。ワカリんは大丈夫なのか?見舞いが必要か、医者は、聖女はどうだ?」
スタンの首元をつかみ、振り回しながら王子は矢つぎばやに質問する。
「チグサが、過労で倒れたのです。なので、今日はスタッフが足りず、放送はできません。」スタンは宣言した。ただ、少しミスリードして、王子に対して、チグサがイカイ・ワカリだと誤認させたのだ。
王子は状況を(間違って)理解し、その夜の放送は、自分で説明すると言い出した。
スタンとしてはどうでもいい話ではある。
そして冒頭のシーンにつながるのである。
放送が終わったころ、ラリアット商会に聖女がやってきた。
「ハイ・ヒール」聖女が唱えると、チグサのHPはみるみるうちに回復した。
「さすがは聖女様だ。素晴らしい。」スタンも感心して言った。実は、スタンがほめるのは結構珍しいのだ。
彼女のハイ。ヒールの威力は、「アノクタラ山脈の虹」に入った準聖女のアーシの使う「エリアヒール」よりずっと上だ。範囲は狭いが、威力が大きい。
アーシのような雑なやり方では、こんなことは絶対できないのだ。もちろん、スタンはアーシの能力を実際に見ることはなかったのだが。
それから数日間、大事をとってチグサは寝ていた。
そして、朝夕二回、必ず近衛騎士のブルーザが見舞いにやってきていた。
彼が来ると、病床の周りが何となくピンクに染まるので、皆席を外すようになった。
チグサが快癒し、仕事に復帰したのはちょうど一週間後になった。そして、イカイ・ワカリの番組も再開した。
「みんな~ワカリん復活です!心配かけてごめんなさいね!それから、お見舞いのナゲナゲたくさんありがとう!」
番組が休みの機関も、ナゲナゲは受け付けていた。そして、史上最大の金額を喘げたのだった。
ちなみに、今回のナゲナゲの二位は、意外なことに、「アノクタラ山脈の虹」のタンク、アブドラだった。
いかつい体つきをして、実はワカリんのファンだったらしい。ただ、リーダーであるアンドレの手前、自粛していただけだったのだ。
ちなみに、アンドレが捕まって、「アノクタラ山脈の虹」は解散した。Sランクパーティのリーダーが不在なので、選択肢としてはAランクへの降格か解散のいずれかになる。アンドレ不在のため、副リーダーであるアブドラが、解散を決めたのだ。 これからは魔術師のカーミラと一緒に行先を探す。まあ、元Sランクの真珠氏とタンクなら行先に困りはしないだろう。
アーシは、旅に出た。新しいシーフは、あの事件のあと行方不明になってしまった。アンドレの共犯として手配書が出ている。
アブドラは、次のパーティんが決まるまでの機関、王都にとどまってイカイワカリの投げ銭で遊ぶことにしたのだという。
アブドラは、アンドレの弔い合戦だとのごとく、頑張ってナゲナゲした。一時は王子をしのぐ状況だったが、最後は王子が物量作戦で押し切ってしまったのはまあいつものことといえる。
それからまもなく、チグサの新製品は完成した。その一方で、王子が出資し、「王立映像魔道具学園」が設立された。
魔道具はいままでは職人が徒弟制度で芸を継いできたが、イカイ・ワカリ関係でチグサが発明した品々はいままでの魔道具職人がなかなか作れないものだった。
そこで、頭の柔らかい若者を育てることにしたのである。
卒業生の中で優秀な者だけが、イカイ・ワカリプロジェクトに参加できる。
一学年20人のこの学校に、応募が殺到した。倍率は100倍近くになったという。
将来的には、作曲コース、ダンスコース、シナリオコース、撮影コースなどいろいろなコースいができ、総合アミューズメント学園になるのだが、それはまだ先の話であった。
最初の魔道具学院の講師は、当然のとこながらチグサが勤めるしかなかった。
だが、放送はかなり楽、特に再放送の部分や、録画したマスターの複製作りなどは学生に任せることができ、学校を作ったメリットは大きかった。
学校が一段落したところで、チグサはブルーザと結婚した。
それに併せて、ブルーザは近衛騎士をやめ、チグサの助手になったのである。
本来なら近衛をやめるのも大変なのだが、チグサと結婚してチグサを守る、という話をすると、王子は複雑な顔をしつつ、了解した。
王子が好きなのはイカイ・ワカリであって、チグサではないからだ。
学校の1年コースが終わった時点で、チグサはブルーザと新婚旅行に出かけたのである。
仕事は、卒業生のうち、ラリアット商会にやってきた3人に任せることができたのだった。
ただ、王子との対面上、イカイ・ワカリは、その時期「休暇」を取ることにした。
そして、その時期は録画を流すことにより、イカイ・ワカリ=チグサ という形式を取り繕ったのである。
---------
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます