第11話 帰ってこいよ。…いえ、無理です。

ある朝、スタンの部屋に、姉のマキがやってきた。

冒険者時代と同じように、スタンの朝は早い。もう着替えて、朝のボイストレーニングと柔軟運動を終わったところだった。


「あんたにお客さんよ。冒険者のアンドレだって。」姉の言うことは、スタンにとってはかなり意外だった。

スタンを追放した、パーティリーダーのアンドレが何の用だろうか。


実際、彼の顔なんか見たくないのだ。だが、放っておいたら何度も来て、結局店に迷惑をかける可能性もある。


スタンは仕方なく、アンドレの待っている応接室に行った。


部屋に入ってみると、大柄な冒険者がソファに座っていた。何となく疲れがたまっている様子だ。


「よお、スタン。」アンドレが口火を切った。にやにやしているが、何となく余裕がない感じだ。


「今さら何だい?だいたい、何で王都にいるんだよ?」彼らのパーティ、『アノクタラ山脈の虹』は数日離れた都市、サンボのギルドを拠点にしているはずだ。


「たまたま商隊の護衛の仕事があってな。Sランクの我々にもぜひ、と声をかけられた。」アンドレは疲れた感じで言った。


「そうか、それで、何の用だ?」スタンはきわめて事務的に聞いた。


アンドレは笑顔で言った。

「喜べスタン。お前は今日からSランクパーティのメンバーだ。」


スタンは意味が分からなかった。

「はあ?全く意味がわからん。寝言なら帰ってくれ。」


「だからな。お前を『アノクタラ山脈の虹』のメンバーとして迎え入れてやる、って言ってるんだよ。早く荷物まとめろよ。」

アンドレは、スタンがこの話を喜ぶとしか思っていなかったようだ。


だがスタンの返答は明らかだ。

「やだね。」


アンドレは狼狽を隠さずに答える。

「どうしてだ。Sランクパーティだぞ?給料だってそれなりだと思うぞ。美女も多いしな。」

「俺はもう冒険者から足を洗ったんだ。」スタンは言った。


「実際、いま商会は忙しくて、俺の手だって借りたい状況だ。 こっちのほうが家業だし、実入りも良い。冒険者なんてやっていられないよ。」」


「おまっ、そんな…」アンドレは口をぱくぱくされた。


「とにかく、無理だから。」スタンはいう。


「実はな、アーシが使えないんだよ。あいつの治癒魔法は強力なんだが、エリアヒールなもんで、一緒にモンスターまで回復しちまう。だからアブドラの分のヒーラーが別に必要なんだよ。」

「それなら別のヒーラーでいいだろ。」スタンは投げやりに答えた。

「ところがな、Sランクを維持するには、少なくとも過半数は同じメンバーで半年は継続ないといけないんだ。アーシは貴重だからクビにはできない。となると、新メーンバーを足すと旧メンバー3人、新メンバー3人になって、ランクが落ちちちまうんだよ。そんなことは知らなかったんだ。」:


スタンは呆れた様子でいう。「そんなの常識だろ。だいたい、最初の半年はお試し期間だ。その時に失敗が続くとランクは落ちる。わかった上で俺をクビにしたんだろうが。

あ、そういえば3人ってどういうことだ?」スタンは白ばっくれて聞く。


アンドレは苦々しい顔で答える。

「ミミは辞めたんで、入れ変えたよ。まあ、あいつには戻る場所はないんだがな。もう新しいシーフがいる。だから、お前しかいないんだよ。スタン。お願いだ。戻ってくれ。」

あのプライドの高いアンドレが頭を下げた。


だが、スタンは白けていた。

本来なら、土下座でもさせて断ってもいいんだが、今はもう恨みもあまりない。

むしろ、イカイ・ワカリになれたことはラッキーであり、クビにしてくれて感謝したいくらいだ。


「アンドレ、頭を上げてくれ。」スタンは言う。

「悪いが、無理なものは無理だ。とにかくうちは忙しい。知っていると思うが、イカイ・ワカリが人気になったおかげで、毎日嬉しい悲鳴を上げているんだ。」


「ああ、そうだったな。」アンドレは表情を変えた。

もうスタンのことはあきらめたんだろうか。


「じゃあ、その代わりにイカイ・ワカリに会わせてくれ。そうしたら帰る。俺は、イカイ・ワカリの大ファンなんだよ。」

アンドレはやはり真剣な顔で言った。


スタンは首を横に振る。

「それは無理だ。イカイ・ワカリの詳細については、秘密になっている。実は俺もだれがどうやっているのか、聞かされてないんだ。」


大嘘である。だが、「聞かされてない」というのはもしかしたら正しい答えかもしれない。聞かされない。本人なのだから。


「そんなことはないだろう。身内だから知ってるだろう。あるいは知る手段があるだろう?」アンドレは食い下がる。


「いや、関係者は契約魔術で縛られているらしい。それに、秘密厳守、っていうのは第三王子から直接うちの商会が言われている。もし秘密がもれたら、文字通り俺のクビが跳ぶんだよ。」


実際、冒険者は酒を飲むとなんでもぺらぺらしゃべる。アンドレが秘密を知ったら、口止めしようが吹聴するに決まっている。


「あの水晶玉放送は、だいたい王宮から行われているらしいそ。普通、そう簡単には入れないのはわかるだろう?」


まあ、これも一部は事実だ。録画された水晶玉をもってチグサが王宮に行き、そこで放送している日もあるのだから。


「そうか、王宮か…。」アンドレはうめいた。


「というわけで、悪いけどそろそろ帰ってくれ。これから冒険者ギルドに頼まれている事写しの水晶の手配とか、やることがたくさんあるんだ。まあ、アーシも使い方次第で何とかなるだろう。頑張ってくれ。元メンバーとして応援している。」


意外に、半分以上は本心であった。


アンドレはのろのろと立ち上がる。スタンは、裏口まで送っていった。

「じゃあな。」、スタンは声をかけた。アンドレは無言で去っていった。



それからほどなく、ミミがやってきた。ミミは、スタンのいた『アノクタラ山脈の虹』の元メンバーのひとりだ。背が低い獣人だが、いまは冒険者ではないので、女の子らしいかわいい服装をして、帽子をかぶっている。宿代を先払いしてしまったため、とりあえずは市内の冒険者用の宿に泊っている。


「ねえスタン、店の前でアンドレみたいなやつを見たよ。」ミミが問いかける。


「ああ、本人だ。俺に、パーティに戻ってこいとさ。」

「え、じゃあ、また戻るの?」

ミミは驚いて言った。


「まさか。さすがにイカイ・ワカリ8をやめるわけにはいかないいだろう。そういえば、ミミはアンドレと話をしたのか?」


「ううん。アンドレらしい奴を見かけたから、とっさに隠れた。まあ、どうせこの恰好して帽子かぶってたら、私だとは気づかないわよ。」


ミミはさばさばした感じで言った。


「そうかもしれないが、ちょっと気をつけたほうがいい。アンドレたちが王都から出るまでは、外出禁止だ。宿をひきはらうのも、他の人にやってもらおう。」」


スタンは、ミミを気遣って言う。


「まあ、しょうがないわね。どうせ、やることはたくさんあるから、ひきこもることにするね。スタンも、あまり出歩かないほうがいいよ。」ミミは心配そうに言った。帽子を取っているので、耳がぴくぴく動いているのが見える。


スタンもそう思った。冒険者ギルドへの納品は、わるいがマキの夫、テリーに任せることにしよう。



その翌日の夜の生放送では、やはりアンドレからのマシュマロメッセージが来ていた。


「マシュマロお便り読みますね。えーっと、冒険者のアンドレさんからです。


『王都に来たぞ。ちょっとだけでも会えないか?』ですって。ごめんなさいね。それはできないんです。でも、アンドレさんが応援してくださっているのは、よ~くわかってますからね!ナゲナゲ、いつもありがとうございます。」


こうやって少しアンドレのご機嫌を取っておこう。まあ、そのほうが丸く収まるんだろうから。スタンはそう思った。


だが、それで終わりではなかったのである。


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