閑話 アノクタラ山脈の虹 その後

閑話 


「アノクタラ山脈の虹」その後



「そろそろHPがキツイぞ。アーシ、頼む。」タンクのアブドラが叫ぶ。


「おっけー。じゃあ、アブドラ、戻ってきて。」新入りの準聖女のアーシが軽く言う。


「おい、タンクの俺が戻ったらモンスターが抑えられないだろうが!」アブドラが叫ぶ。 実際、アブドラは現在3匹のソードゴブリンのヘイトを集め、戦っている。パーティリーダーのアンドレは、自分の聖剣を使って、リーダーであるゴブリンジェネラルと一騎打ちをしている。アンドレにもアブドラのヘイトを代わる余裕はない。 ちなみに、遠距離攻撃能力のあるゴブリンアーチャーとゴブリンメイジはカーミラの魔法で最初に倒している。


「仕方ないわね。じゃあ、アンドレ、アブドラに合流できる? エリアヒール使うから、一遍に回復しないと勿体ないでしょ。」

アーシが言う。


「そりゃ、無理ってもんだ。だいたいアンドレには聞こえてないぞ」アブドラが叫ぶ。アンドレは少し離れたところで戦闘に集中している。彼のHPはまだ大丈夫そうだ。


「じゃあ、カーミラ。あの3匹をちょっとの間抑えていられるかしら?」

魔術師のカーミラは簡単に答える。「無理。」


彼女の魔法は遠距離攻撃専用だ。実際バリアや結界もある程度使えるが、MPをかなり食う。一方で、いまから遠距離攻撃をしようとしても、モンスターがアブドラの陰になっていて、撃つことができない。


「仕方ないわね。勿体ないけど、エリアヒールするよ。」アーシはそういうと、詠唱を開始する。


「天界の神よ。我は神に仕える光の聖霊の力を借りる者なり。世の理を超えて、疲れし者たちをあまねく癒せ。エリアヒール!」


アーシの言葉に答えるように、アブドラが戦闘している場所が、5メトル(地球の基準では約5メートル)四方にわたって光った。


アブドラが叫ぶ。「おお、完全回復だ。すげえな。さすが聖女。」



アーシは得意顔だ。

「ふーん。さすがね。だけど、一人だけとか、もっと狭いエリアでできないの?」ミミの代わりにパーティに参加したエルフのブルーナが指摘する。


「それはできない相談ね。」アーシは首を振った。


「エリアヒールの範囲は決まっているの。変えられない。あと、一人にかけるためには、その人に触れる必要があるし。モンスターと戦っているタンクに触れながらヒールを掛けるなんて無理よ。動いたら術が解けるしね。」


「それはそうなのかもね。」ブルーナが答える。


「だけど、アブドラも大変そうよ。」含みのあるような言い方をするブルーナ。

「あなたも、わかっているでしょう?」


アーシは嫌そうな顔をする。

「だって、アブドラが戻ってこないんだから仕方ないでしょ。回復したんだからやれるわよ。」


アブドラは3匹のソードゴブリンと戦い続けていた。

どうも、おかしい。本来ならそろそろ倒れてもいいころなのに。

頑丈なタンクではあるが、3匹のヘイトを稼ぎ続けるのは結構つらい。


そして、ついに彼も気づいた。

「おいアーシ。お前、ゴブリンまで回復したろう。このクソ女!」


アーシのエリアヒールは強力で、そのエリアにいる者すべてを回復するのだ。そう。モンスターもだ。


アブドラにつけられて傷が全快している。要するに、やり直しになっただけだ。


「仕方ないわね。アブドラ、もっと奥に回りこんで!援護するわ。」

カーミラが言う。


アブドラはそれに反応して回り込み、カーミラが3匹を狙えるような位置に移動する。

「炎の聖霊よ。我に力を貸し給え。炎を集めて矢を作りだし、敵に鉄槌を加えよ。ファイヤーアロー!」


この魔法は、短い詠唱で複数の矢を撃てる、優れモノだ。

炎の矢が5本ほどモンスターに跳び、アブドラから一番遠くにいるゴブリンを屠った。

炎がおさまるを見届けて、今度はブルーナがロープをゴブリンに対して..........投げた。

錘が付いたロープは、投げ罠となって一匹のゴブリンにまとわりついた。


「おお、ありがたい!」アブドラはロープがからまってもがく一匹を手早く屠り、残り一匹と対峙する。


その時、ゴブリンの首が跳ね跳んだ。

アンドレの聖剣だ。


アンドレがゴブリンジェネラルを片付けて戻ってきたのだ。

「ありがとう。流石だな、聖剣の力は。」アブドラは礼を言う。


「聖剣を褒めるんじゃなくて、俺を称えろよ。」アンドレは笑いながら言う。


「しかし、あのアーシはひでえな。」アブドラはアンドレに言う。

「まあ、もう少し様子を見ようぜ。」リーダーのアンドレがちょっと苦い顔をしながら言う。

「お前がリーダーだから従うが、何とかしてくれよ。」アブドラが答えた。


その夜、例によってギルドの酒場で飲みながら、今日の反省になった。

アブドラが言う。「おい、アーシ、お前今日は役に立たなかったな。何でモンスターまでヒールしちまうんだよ。」


「私は、アブドラに戻って、って言ったよね。戻ってくれれば、アブドラとカーミラ、それからブルーナまで、一遍に癒すことできたのよ。アブドラが戻らないから前線までわざわざ行ってあげたんじゃない。」


アーシが偉そうに言う。

「あと、エリアヒール以外にも、ハイヒールも使えるのよ。時間をかければ、ひじから先、あるいは膝から先の欠損だって治せるの。こんな力持っているヒーラーは居ないよ。」

たしかにその通りだ。通常のヒーラーは、欠損を直すことはできない。上位神官でも、指くらいだ。さすがは準聖女、と言えるだろう。


「まあ、戦いかたは考えようぜ。アブドラの回復が必要なときは、俺が戻るとかな。」

アンドレがまとめる。


「あんた、アンドレに取り入ってればいいってもんじゃないのよ。」カーミラが言う。

「夜に股を開く聖女なんて聞いたことないわ。」


「何よ、あんたの負担を減らしてやってるだけじゃない。あんたはアブドラとアンドレと両方相手にしてるんでしょ。交代要員になってあげてるだけよ、」アーシは平然と言う。


「とりあえずいいじゃない。もうちょっと様子を見ましょうよ。」新入りエルフのブルーナもとりなす。


ブルーナはアーシのすぐ後でパーティに参加した。アーシがSクラスパーティに入ったと聞き、自分も入れるのかと思い、アンドレにアプローチしたのだ。アンドレ


言うことをあまり聞かないミミをそろそろ何とかしようか、と思っていたアンドレからすれば、渡りに舟だった。


(今までは女性魔術師のカーミラをアブドラと二人で夜にシェアしていたが、これでアーシとブルーナと両方を俺の女にできる。Sクラスになって、スタンを追放してから運がついてきたな。)


アンドレはそう思った。

アンドレがブルーナを抱くのと、ミミから辞意を表明されるのは、ほぼ同じタイミングだった。


それから数週間が経った。


夜、宿でアンドレの部屋にアブドラがやって来た。

「話がある。」

アンドレも予想していた。

「ああ、。アーシのことだな。」

その日も、アーシがアブドラと一緒にモンスターをエリアヒールしてしまった。


「アーシは強力だ。それは認める。だが、小回りが利かなすぎる。

もう限界だ。スタンを戻してくれ。」


それはアンドレにとっては意外な提案だった。

「スタンじゃ、回復能力は全然劣るだろうに。他のヒーラーでもいいんじゃないのか?」アンドレは疑問に思い、口にした。


比較的小柄だががっしりした体格のアブドラは、アンドレの目をじっと見た。

「アンドレ、お前もわかっているだろう。アーシだけじゃ無理だ。

タンクとしては、アーシを首にしてスタンを戻してほしい。Sランク維持のためにも必要だぞ。半年のうちにノルマをこなさなければ、Aランクに堕ちるんだから。ついでにアーシは荷物持ちなんかしない。その意味、スタンのほうが便利だ。」アブドラは淡々と伝える。


「ついでに言うと、魔術師のカーミラ、シーフのブルーナともに、スタンがいいと言っている。まあ、ブルーナはスタンを知らないので、単純に違うヒーラーがほしい、というだけだがな。カーミラもブルーナも接近戦は不得意だ。スタンのように後衛を守るくらいできる奴のほうが安全上ありがたいとのことだ。だからアンドレ、アーシをクビにしてスタンを入れろ。Sラインく防衛のためでもある。」、


その時、ドアが開いた。アーシが夜伽にやってきたのだが、どうやら廊下で話を聞いていたらしい。

「私をクビにするの?そんなことないわよね。こんな有能な準聖女を。並みのヒーラーじゃ太刀打ちできないでしょ?」アーシが長い髪を振り乱してアンドレに必死で言う。


アンドレは黙って考えていたが、お揉むろに言った。

「アーシ、今夜はアブ7どらの部屋に行け。二人でじっくりと話し合えよ。俺も方針は考えておくから。」


そう言って、二人を送りだした。もちろん、アーシがアブドラに体を差し出して、パーティに残ることを懇願することが前提だ。


アンドレは、カーミラとブルーナを呼びだし、3人で楽しむことにした。

二人にも、アーシのことを尋ねようと思ったのだが、結局すぐに始めてしまったので、アーシのことをっ相談することはできなかった。


一週間後、アブドラはまたアンドレに言った。

「アーシを追放しなくてもいいから、スタンを呼び戻してくれ。俺のHP管理はアーシに任せられない。」


アーシのエリアヒールでモンスターを何度も回復されたアブドラはアンドレに言った。

タンクとしてヘイトを稼ぎ、何とかやってきたのにアーシのエリアヒールで自分だけでなくモンスターまで回復される。これでは永遠に終わらないのだ。なまじ強力なエリアヒールのために、死にかけたモンスターが全回復されてしまったこともある。


今にして思えば、スタンは優秀だった。回復は小刻みだが、HP4割を切るとほぼ自動的にスタンによる回復がかかっていた。

今は、アーシは人のHP残量など気にしない。そのため、タンクとしては敵のヘイトを稼ぎつつ自分のHP残量も気を付ける必要がある。余計な手間がかかっているのだ。



「うーん」アンドレは難色をしめした。


「荷物持ちとしても使えるんだからいいんじゃいないのか。とにかくスタンだ。Sランクに残りたいなら、アーシだけでは無理だ。」アブドラアンドレに告げる。



「ちょっと考えるわ。」アンドレも答えざるを得なかった。

準聖女のくせに、アーシは床上手だった。アンドラはアーシを手放す気はない。それはどうやらアブドラも同意見のようだ。



仕方ないか… アンドレもそう考え始めた。





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