第9話 スタンの一日とイカイ・ワカリをめぐる文化


スタンの日常は激変した。


冒険者のときは、朝起きてパーティでギルドに集まり、クエストを受けて出かける。日帰りだったり数日かかったりして、戻れば成果をわけけて、そのあと飲み会。翌日は休みで武器の整備や備品の購入などを行う、こんなルーティンだった。



今は、午前中はダンスと歌のレッスンをしている。

ダンスは王子のメイドのジャガー、歌は楽師で吟遊詩人のビクトリアだ。

どちらもイカイ・ワカリにとって重要な要素だ。


男であるスタンは、ダンスや立ち居振る舞いが男っぽい。だがそれをイカイ・ワカリにさせるわけにはいかないのだ。

イカイ・ワカリが蟹股で歩いたら夢が壊れてしまう。特に王子にとって。


そのため、いろいろ考えたマキは、スタンにスタジオ内ではスカートを履くように命令した。

そのほうが女の子の気持ちがわかるだろう、という配慮だ。スタンも最初は抵抗したものの、数日もすれば慣れてしまった。そしてスカートの頼りなさにも次第に慣れていった。まあ、関係者以外には絶対に見せられない姿だが。モーションセンシングにより、スカートの動きも自然にワカリんの衣装の動きに反映されるという副次的な効果もあった。


午後からは。毎日違う。夜に生放送をやる日は、昼間は脚本書きと練習。生放送がない日は、番組の撮りだめをする。撮る内容がない日は、シナリオ作りだ。


スタンは冒険者向けの番組のシナリオを担当する。冒険者の気持ちがよくわかるのは、やはり冒険者だからだ。 


イカイ・ワカリは冒険者にも大きな人気が出た。そのため、例の改良型事写しの水晶がギルドの売店で売られるようになった。これは普及版で、玉も小さく、性能は限られてリルが、なんといっても冒険者の報酬や小遣いで手が届く金額に設定されているのだ。


実は、事写しの水晶の普及版は、水晶ではない。単なるガラス玉だ。だからコストが抑えられている。そして、なんとガラスのほうが水晶よりも綺麗に見えることがわかった。


そのため、イカイ・ワカリファン専用の大きなガラス玉が販売されるようになった。価格はそれなりにするが、これは上級冒険者や貴族にとって、綺麗なワカリんを見るために必須の道具となったのだ。


また、業務用として、以前はスタン以外には使えなかった映写機が実用化された。

より高価ではあるが、これで、施設の壁などに映写できるようになったのだ。特に冒険者ギルドではどこでも配置されるようになった。というか、これの装備されていない冒険者ギルドには冒険者が寄り付かなくなったため、やむなくどこでも導入うされることになったのだ。

これは、王都のギルドに導入されたものの改良版になる。性能がよくなったので、ラリアット商会は王都のギルドの水晶をこちらに無料で入れかえた。

ちなみに、他の貴族には有料である。取れるところから取るのが鉄則だ、というマキの持論によるものだ。


また、一部の商業施設では、入場料を取って、一日に何度も水晶の再放送をすることにした。いわゆる映画館の始まりである。これはラリアット商会の直営だ。地方ではフランチャイズも認めることになった。


そして、第三王子(現代日本人のビデオチューバーファンであった大和猛の転生後の姿)からのリクエストにより、ある隠し装備が実装されていた。 それはガラス玉販売が一万個を越えたら公表されるという約束になった。


冒険者たちは、イカイ・ワカリを見たいので、一人で複数ガラス玉を購入してしまうほどだった。


実装されたのは、なんとリアルタイムコメントおよび投げ銭機能だった。


これにより、生放送の価値が劇的に上がった。生であればコメントを出せるし、投げ銭で優越感にもひたれる。


これで、イカイ・ワカリのさらなる収益化が可能になったのである。


それから、グッズのロイヤルティ収入が発生するようになった。

異世界では著作権の考えが無かった。そのため、第三王子の機嫌を取ろうと思い、ある貴族が宮廷画家にこっそり特別依頼をして、イカイ・ワカリの肖像画を油絵で作成させたのだ。


それをサプライズで第三王子にプレゼントしたわけだが、受け取った王子は激怒した。

イカイ・ワカリの特徴である大きな目の魅力が消されていたからだ。もちろん、それだけが原因ではないのだが。


激怒した王子は、その貴族を半年間王宮出入り禁止処分をした。その一方で、イカイ・ワカリの公式グッズ販売の方法を整備した。


イカイ・ワカリの絵、キャラクターを使いたい者は、サンプルを作成して、窓口であるラリアット商会に提出し、少なくない審査料を払って審査を受ける。 審査内容は多岐にわたるが、最終的には、「イカイ・ワカリのイメージを崩さないものか」というのが大きい。


結局、ラリアット商会の処理能力に依存することになり、それはとりもなおさず、グッズ、版権担当になったもと王子のメイド、ジャガーの胸先三寸になったわけだ。


この絵はカワイくない、と思えば却下される。

もちろん、使用する内容によっても、許可が出ない。

特に、アダルト系はご法度であった。



最初のうちは、審査料を払っても却下されるケースが続出した。

ただ、ラリアット商会、あるいは王子の意図は、金儲けではなく、イカイ・ワカリのイメージを壊さないこと、がメーンであった。


なお、審査を通ると、いよいよグッズ販売になる。そのための当初の支払いの権利金、そして販売ロイヤルティ、すなわち売値の10%を支払うことになっている。


ちなみに、支払先はラリアット承継ではなく、イカイ・ワカリ委員会というよくわからない組織であった。(まあ窓口はラリアット商会であるが。)


委員会は、その収入を使い、水晶の普及に努めていった。


キャラクターの普及のためには、制限だででは駄目なことを、王子は知っていた。 そのため、「商用でなく、個人で楽しむのは自由」という説明をし、個人で楽しむ分には問題にしない、という方針を鮮明にした。


そして、子供向けに「ワカリんえかきうた」を作り、イカイ・ワカリの似顔絵を描くことを推奨した。


少し余裕が出てくると、王子主催の「イカイ・ワカリ似顔絵コンテスト」が開催されることになった。


子供の部と大人の部に分かれている。


人気を上昇させるのがメインの目的だが、実は大きな裏目的があった。


それは、公式絵師の獲得である。

すでに、ジャガーひとりでは絵を描くのが困難になってきている。そのため、ジャガーの絵をリスペクトした形でイカイ・ワカリを表現でき絵師の確保が重要になってきたのだ。


公式に採用された絵師は、当初は2名。 彼らは、ひたすらイカイ・ワカリの絵を描いていくことになったのだ。

なお、絵師にはスタンの正体は明かしていない。リアリティを知らないほうがイメージが膨らむからである。


彼らは、イカイ・ワカリの中の人がだれなのかはわからない。おそらく、ミミかジャッキーあたりと思っているのではないか。だが、本人たちに聞く理由は誰にもないのでそこは定かではない。


また、グッズの絵を彼らに描かせることも可能になり、多くのグッズを買うことができるようになったマニアは非常に喜んだのである。



このように、イカイ・ワカリを中心とした一代文化が花開き、王国はますます繁栄していった。

そのうち、第三王子こそ次の国王にふさわしい、というようなはた迷惑な声さえ上がり始めたのである。















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