第6話 Vチューバー舞台裏はそれはもう大騒ぎ


時は少し遡る。


スタンがこの話を無茶ぶりされた時の話だ。

「チグサさん、王子が求めているのは、この女の子を動かして水晶に記録することであって、この人形をどうにかすることじゃないよな?」


ロリエルフがうなずく。

スタンはにやりと笑った。


「それなら、やりようはあるかな。」


「どういう事よ?」姉のマキが問い詰めるように言う。


「だからな、この人形のことは一旦忘れようって言ってるんだよ。」スタンは平然と答える。「だいたい、この人形、関節すら動かないんだから、これを使って何かするのは正直いって非現実的だよ。まあ、動いたときに服がどう動くかとか検証するのには使えるだろうけどね。」


ちなみに、全部粘土で出来ているもの、服の動きすらわからない。現代のフィギュアはソフビとかレジンとかを使っているが、やはり服は動かない。ローアングルの検証には使えるのだが(笑)。


マキはしぶしぶ答える。

「…そうね。でも、じゃあどうするのよ?」


「まあ見てなって。」スタンはそういうと、何枚かもらったイラストと、人形をじっと見つめた。


そして一旦目をつぶり、小さい声で詠唱した。

「仮初の思い、現実(うつつ)に映し出せ。空蝉(うつせみ)の移し身」


ちなみに、この世界、なぜか日本語が使われている。そのため、外国語のできない日本人であった第三王子の中の人、大和猛も安心だった。インドの山奥で修業をしなくても言葉が通じたのだ。


それはさておき、スタンが呪文を詠唱すると、突然、何もない空間に、両手を開いて立つ、ほぼ等身大の女の子が現れた。姿形は、イラストの女の子とそっくりだ。


「すごい…」ロリエルフのチグサが思わずつぶやいた。

それほどまでに、あの少女の絵を、3Dで表現していたのだ。


スタンは口角をあげた。

「ただこれだけなら、人形と同じだ。動かないとな。」

そういうと、スタンはその少女の姿と同じ恰好をする。


スタンは小さくつぶやく。「同期!」

その瞬間から、その女の子は動き出した。よく見ると、スタンが同じ動きをしている。つまり、その姿は、スタンの動きと同じように動いているのだ。いわゆるモーションセンシングの技術を、スタンの魔法で達成していることになる。


「おっと、忘れちゃいけない。リップ&アイシンク」スタンは付け加える。

そうすると、女の子の瞬きの動きと、唇の動きがスタンと同調する。


そしてスタンは最後の仕上げを始める。「言移し」この呪文により、声が少女の口から発生されるようになった。 しかも、声が変わった。いままでのスタンの声から、いきなり少女の声に変化したのだ。


「予想通り。テストか成功。」その少女は笑顔で宣言した。

そして、両手を上にあげ、振り下ろすと姿はかき消えてしまった。


「こんなもんでいいだろ。」スタンは満足そうに言い放った。


「素晴らしいわ!これ、すべてスタンの魔法なの?」マキが興奮しながら言った。


「ああ、そうだ。まず、空蝉(うつせみ)の術で、俺の心にイメージした分身体を作り出す。本家の空蝉は、自分の分身を作るんだが、今回は、心の中で考え付いたこの女の子の姿を作り出した。」


実は、こうやってイメージを3D化すること自体、かなりの能力なのだが、スタンはそれに気づいていない。


「こんどはそれに移し身をかけて、俺の動きと同じ動きをさせる。 それからリップ&アイシンクで、目と唇を俺と同じ動きにさせるんだ。 実は、瞬きと口の動きだけで、かなり本物っぽくなるんだよ。」


真偽のほどは定かではないが、なんだかそれっぽい。


「そして、最後は言移しだ。これは水晶で遠くに言葉や物事を届ける事写しではなくて、言葉をしゃべるところを自分の口から他人の口に変更する魔法だ。これがあると、他人の口から、自分の思うことをしゃべらせることができる。あ、その時に声色を変化させておけば完璧だ。まあ、魔法が得意ならできることを組み合わせたってことだな。」


スタンの言うことは間違っていない。空蝉の術、移し身、リップ&アイシンク、言移しなど、個別の術は、練習すればできるようになるはずだ。


ただ、いずれもとても細かい魔力の操作を必要とする。

実際、これらを同時に展開し、こういう繊細な動きをさせるのは、たとえ王宮魔導士でも、ほぼも無理であろう。


「言移をして、声色を変更して完成だ。

さあ、実際にやってみよう。」



スタンはそういうと、ロリエルフのチグサに告げる。

「しっかり録画しろよ。結構魔力食うんだからな。」


そういうと、大声で皆に伝える。

「本番5秒前。」それから無言で指を出す。3,2,1、 そしてゼロの時点で手を振り下ろすスタン。


ロリエルフはカメラ機能を持つ水晶を起動する。

ほどなく、将来「イカイ・ワカリ」と呼ばれることになる女の子の3D映像が出現した。


少女は微笑み、歌をワンフレーズ歌い、くるりと回って王子に呼びかけた。そして姿を消した。


「はい、お疲れ」スタンが宣言した。

「さっそく見てみよう、」そして皆で集まり、水晶の中を覗き込む。


「うわー、すごい。」チグサは感動の声をあげた。


一方、スタンは渋い顔をした。

「ここまでひどいのか…。」うめき声をあげる。


マキが尋ねる。「何がひどいの?よくできてるじゃない!」


スタンは言う。「何言ってんだ、こんなひどい出来じゃあ王子が満足するわけがない。とりあえず、気が付いたことを言うから全部書き留めろ!」」


そういうと、自分のパフォーマンスに自分で駄目だしを始めた。

「まず出だし、ここで微笑みかけることで相手に注目させないといけないのにこの中途半端な笑顔は何だ!満面の笑みでいかないと駄目だ。それからここで、スカートの揺れが少ない。もっと綺麗に動かさないと駄目だ。ここの目線は上目遣いにする。そのためにはカメラがこんな固定じゃだめだ。水晶を持ってるチグサがここで梯子に乗って、上から撮るんだ。そのあとはすぐローアングルで見上げるように。一旦シーンを切ってつなげてもいいが、自然になるようにしなければ。


見下ろすカメラアングルのときは、上目遣いときっちり目を合わせるように、その一方で、ちょっと胸の谷間を見せないと。そのためには衣装の動きも制御がいる。 ローアングルになったら当然みんなスカートを気にする。ここはペチコートの動きで、その中は見えないようにして…」



スタンのセルフ駄目だしは100個以上に及んだ。


「おい、ロりエルフ、じゃなかったチグサ。ちゃんと梯子をうまく乗り降りしろよ。できないなら、背の高いやつに持ち上げてもらえ、」




「だれがロリエルフよ、梯子の上り下りは何とかするわよ!」ロリエルフのチグサは乱暴に答える。


「照明の具合なんとかしてくれよ、姉さん。」スタンは言う。

「俺はこの空蝉を動かしてるから、俺が光を当てることはできないんだよ。」


「仕方ないわね。私がやるわ。」と、ラリアット商会の会頭おん自ら光魔法を使って空蝉に光を当てる。


「おお、いいね。もう少し赤っぽく。あ、もっと右側のほうから照らして。いいねいいね…」まるでカメラマンによる撮影モデルのおべんちゃらのようだ。だがやっているのはただの撮影なのである。


スタンはぶつぶつ言いながら空蝉を一周させる。

 

「ここのスカートの揺れがちょっと不自然なんだよな。姉さん、ちょっとスカート履いて、こんな風に回ってくれない?」ほとんどセクハラ状態で実の姉を使うスタンであった。


スタンの心の中にあるのは、よい作品を作りたい、という渇望だった。


その日の撮り直しは30回。スタンの魔力がすっからかんになるまで続いた。そしてスタンは倒れた。 


スタンが倒れている間、チグサはそれぞれの画像を比べ、ベストと思われるものを選んでつないだ。そして提出候補が3本でき、それを皆で見たうえで投票を行い、お披露目の動画を決定した。 

たった二分少々の動画を作るのに、これだけの労力がかかっているわけだ。

30秒のテレビCMのメイキング映像のほうが長かったりするのと同じである。



そしてお披露目の日がやってきた。



姉からの紹介を受け、スタンは言う。


「スタン・ラリアットでございます。お目にかかれて光栄至極に存じます。」


「挨拶などどうでもよい。まずは物を見せよ。」せっかちな王子は先を急がせる。


スタンは一礼した。「まずは、部屋を暗くさせていただきたく存じます。」そういうと、分厚い遮光カーテンを閉めた。部屋は暗くなる。そして、スタンは部屋の壁の前に立ててあった白い布を指さした。


「水晶をご覧になるのでもよいのですが、画像をこちらの布に映し出しますので、よろしければこちらをご覧ください。」


自信作だったが、王子の反応は読めなかった。

だが、実際は王子は非常に喜んだ。


それを見て、スタッフ全員は喜び、その晩は盛大な打ち上げの宴を行った。


しかし、浮かれる気分はすぐに消しとぶこととなった。


王子が求める設定資料や撮影の指示書など、トータル200枚を越える大力作が届けられることになったのである。















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