第5話 異界Vチューバー爆誕!

第五話


異世界VTuber爆誕!



ラリアット商会の会頭で、スタンの姉でもあるマキ・ラリアットは豪華絢爛な外見の王宮にはあまりそぐわないようなシンプルな会議室で待機していた。 かなり緊張していた。第三王子と会うときは常に緊張するが、今回は格別だ。王子がことのほか拘っている「この人形を動かして歌わせて水晶に収める」という要求に対する第一回のプレゼンだからだ。


机の上に置いてある箱の中に水晶をセットし、窓のカーテンと立てた白い布を確認したうえで、王子を待つ。


ほどなく王子が入ってきた。

皆、臣下の礼を取る。 その後、王子より言葉があった。

「マキ・ラリアットよ。今回、最初の案を持参したとのこと。見せて説明せよ。」


(駄目だしする気満々ね。まったくもう、困ったものね…)マキは思うが、そんなことは口に出せない。

「今回は、わが弟、スタン・ラリアットがご説明いたします。また、いくつか確認したい点もございますが、まずはこの水晶をご覧ください。」


マキはそういうと、スタンに合図した。

スタンはうなずくと、口火を切った。

「スタン・ラリアットでございます。お目にかかれて光栄至極に存じます。」


「挨拶などどうでもよい。まずは物を見せよ。」せっかちな王子は先を急がせる。


スタンは一礼した。「まずは、部屋を暗くさせていただきたく存じます。」そういうと、分厚い遮光カーテンを閉めた。部屋は暗くなる。そして、スタンは部屋の壁の前に立ててあった白い布を指さした。


「水晶をご覧になるのでもよいのですが、画像をこちらの布に映し出しますので、よろしければこちらをご覧ください。」


そういうと、スタンは机の上の箱に魔力を込めるとともに、光魔法で水晶の横に置いた鏡に向かって光線をあてた。細かいコントロールはお手のものだ。


王子は興味深そうにスクリーンを見つめている。


まばゆい光とともに、白い布に光の輪が映し出される。そして、その中から突然、金髪ツインテールの女の子が姿を現した。


女の子の姿は、人形よりも、むしろイラストのほうによく似ていた。女の子は笑顔で一礼し、そのあとくるっと一周回った。画像の中のスカートが揺れる。


再度前を向いた女の子は、今度は歌いだした。

♪今を生きることで、熱い心燃える だから君は行くんだ、ほほえんで


国民誰もが知っている、愛の歌の一節だった。

そして彼女は微笑んで言った。

「王子様、初めまして。お目にかかれて光栄です。もし、気に入ってくださるなら、私に、名前をくださいね。では、失礼します。」そう言って女の子は礼をした。そのまま画像は消えた。

ほんの2分ほどのパフォーマンスだった。


カーテンを開け、スタンは王子に声をかけようとして、絶句した。

部屋にいる皆も息を飲んだ。


王子は、なんと涙を流していたのだった。


少したって、王子は涙を拭いたと思うと、今度はマキのところへ駆け寄り、両手を握った。

「マキ・ラリアットよ。素晴らしい! 予想以上の出来栄えだ! ぜひ、このまま続けてくれ!」


「ありがとうございます。光栄至極に存じます。喜んでいただけて、何よりです。本件については、スタンがいろいろ確認したいことがあるとのことですので、よろしくお願いいたします。」


「おお、何でも聞いてくれ。今後、これをよくするためにいくらでもカネを使って構わん。」王子が言う。


「では、まずはお願いです。この子に名前を与えてほしいのですが。王子の頭の中には、アイディアおありかと思いまして、勝手に名付けるのははばかられました。」とスタン。


「もう決まっている。この子は、イカイ・ワカリという。イカイが名字で、名前はワカリだ。普段はワカリちゃん、またはワカリんと呼んでくれ。 異世界Vチューバー、イカイ・ワカリの爆誕だ!」 王子は興奮している。異世界って、今いるところは、住民の感覚では異世界ではないのだ。それにVTuberなんて単語は当然存在しない。


だが王子はそんな細かいことは気にしていない。王子の中の人、大和猛(やまと・たけし)がが文字通り命をかけて愛したVチューバー、ミライ・ワカリをリスペクトした名前だ。異世界だからイカイと付けた。顔はミライ・ワカリとよく似ているが、本人を名乗ってはいけない。それは著作権に反することだ。異世界との間で著作権料の支払いがあるわけではないのだが、ここはオリジナルをリスペクトしつつ、自分の好きなようにしたい、という欲求に応じたものだ。


「次に、この子の声はこんな感じでよいですか?もっと大人っぽい声とか、若いほうがいいとか。あと、話しかたはこれでよろしかったでしょうか? 年齢とか、口癖とか、話させるにあたって、どうしたらよいでしょうか?」 


王子は意気込んで言う。

「数日待て。設定資料を作成する。この水晶は箱ごともらっていいのだな。」


スタンは答える。「試作品ですので、大きく布に映し出すには、かなり”こつ”がいるかと思います。ただ、一人でお楽しみになる分には、そのまま水晶に魔力を込めるだけでかまいません。」


「あいわかった。こちらでいろいろ見てみることにしよう。ところで、これはどうやって作成したのだ? だれが作ったのか? どんな女の子が声をあてたのか?」


質問はいくらでも来そうだった。

スタンは首を横に振った。


「それは、あくまで裏方の仕事です。イカイ・ワカリはあくまでイカイ・ワカリです。それ以上でもそれ以下でもありません。」


王子は妙に納得した顔で答えた。

「おお、そうだな。中の人などいないのだな。魂がだれか、などと野暮なことは言わないこととしよう。」


その後、もう一回カーテンを閉め、魔力を込めて布に映し出し、二度目の再生を行った。

カーテンを開け、明るいところでスタンは王子とお付きのものに操作法を教える。


箱に魔力を伝えると、そのまま水晶が再生を開始する。ここまでは良い。ところが、それを布に映し出して大きくするのが難しい。王子も、お付きの人間も、ついでにメイドも出来なかった。


「細かい魔力操作が必要です。無理しないほうがよいかと思います。壊してしまったら元も子もありません。」スタンは一応釘を刺した。


「理論的には、普通の魔力を込めるだけの再生であれば、数千回でも問題なく再生できると思います。

 ただ、壁に映写するのは、細かい魔力操作が必要です。 宮廷魔術師でも、おそらく難しいでしょう。」スタンは伝える。


「そなたはそんなに魔法に優れておるのか?」王子が興味深そうに尋ねる。


「いえ、そうではございません。私の魔力は人並みしかありません。その分、細かい操作をうまくやる練習を重ねてきました。 宮廷魔術師の皆さまは、豊富な魔力を用いて、大きな魔術を使います。 言ってみれば、宮廷魔術師、宮廷魔導士の皆さまは、大剣のようなものです。

大剣は、大きな敵を倒すのに適していますが、それで豆粒に彫刻するのは困難です。私の魔力は少ないので、細かく動かすことで魔法を活用してきました。まあ、生活の知恵といったところです。」


「それとしても、この映写魔法の技術も素晴らしい。あとは、これを普通の人間も使えるようにしてほしい物よ。」

王子は言う。


「お任せください。」そういって頭を下げたのはロリエルフのチグサだった。低い背で礼をすると、体に併せて巨乳が大きく揺れ、存在感を主張する。


「これからどんどん技術は改善していきます。常に前進です。より良いものを作るのは、技術者の心意気です。」どうやら、技術屋の血が騒いでいるようだ。


「いろいろなご質問は、後日手紙でお届けします。」スタンが付け足す。


第三王子はそれに応じてうなずく。


スタンたちは、荷物を片付けて撤収した。



彼らが去ったあと、王子は俄然、やる気を見せ始めた。


学校の授業でも、学者の個人授業でも、内政の実践でも、ここまで真面目に集中したことはないだろう。

王子の中の人、猛は燃えていた。


何といっても、自分の好みの外見のVチューバーの設定を作れるのだ。自分が好きなものを味わうだけでなく、自分好みに作れるなんて、もとの世界でもありえなかった。


名前だけじゃない。年齢、趣味、口癖、しぐさ、髪型、行動パターン、好きな食べ物など、なんでも設定できる。となれば第三王子、いや猛は自重せず、自分の理想のVチューバー、イカイ・ワカリに生命を吹き込むのだ。


(転生して本当に良かった!)猛は心から思った。そして、イカイ・ワカリの設定だけでなく、彼女をプロデュースするために必要な設備についてのリクエストまで作り始めた。


録画だけでなく生放映がほしいとか、歌もオリジナルがいいとか、投げ銭システムも作れとか、もうやりたい放題だ。まあ、全部実装されるとはさすがに猛も思っていない。だが、それに向けてスタッフが熱量を込めることが大事なのだ。


猛はそれから三日三晩、寝る間も食事の時間も惜しんで異世界VTuber,イカイ・ワカリの構成を作り続けたのだった。




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