第4話 王子様は異世界人
パリトゥード王国の第三王子、ディック・ベイヤー・パリトゥードは日本人転生者である。というか、昨年夏、王子は馬から落ちて落馬して、寝込んで生死の境をさまよった際、異世界で急死した日本人の男性の魂に乗っ取られたのだ。
ディックからすればいい迷惑であった。
昨年夏になにがあったか。 20代の青年、大和猛(やまと たけし)はコンビニのバイトでなんとか食いつなぐ若者だった。フリーターとも、プータローとも言えるが、ニートでも失業者でもない、という微妙な状況だ。
猛の趣味は、ご想像どおり、アニメにゲーム、マンガに動画という、よくあるオタク系コンテンツ消費であった。特にはまっていたのは、ツインテールのVチューバー、ミライ・ワカリだ。
猛のバイト代のかなりの部分は、ワカリちゃんのグッズで消えていく。だが、猛が最もカネを使っていたのは、いわゆる「投げ銭」であった。
Vチューバーというのは、バーチャルユーチューバーの略だ。キャラクターが、動画で歌ったり踊ったりする。そして、それを生配信する場合、ファンが合いの手を入れる代わりに、バーチャルなお金を投げる。 だが、このバーチャルなお金は、猛のようなファンがお金を出して買ったものであり、それを受け取ったVチューバーは、リアルマネーに換金できる。プラットフォームのピンハネ分を除けばあとは全額Vチューバーの収入になるのだ。
ちなみに、ユーチューブでないプラットフォームでも便宜上Vチューバーと呼ぶ。
ワカリのいるプラットフォームは、「投げ銭青天井」といわれる鬼畜仕様で、いわゆるスパチャと違い、上限が存在しないものだ。
その日は、久々のワカリのライブだった。猛は、投げ銭トップをとることを目指し、なけなしのバイト代20万円を投げ銭用のバーチャルマネーに換金した。
そして彼女のライブで、投げ銭をし続けた。 フィナーレを迎え、最後の曲の途中で猛はバーチャルマネーを使いきった。だがこれでトップは間違いない、と猛は信じていた。
ところが、最後の最後で、爆弾が投下された。いきなり、万札が飛び交い始めたのだ。
1万円を越えると、投げ銭表示が赤くなる。それは通称「赤銭」と呼ばれていた。
その赤銭がどんどん表示され始めたのだ。
猛の弾丸切れを見越したライバルが、最後に仕掛けてきたのだ。
赤銭の総額が20万どころか、どうみても40万、50万レベルに達したとき、猛は屈辱で泣きぬれた。
その瞬間、猛の心臓が活動を停止した。猛は、猛烈な未練を残しながら、虚血性心疾患といわれる急性の心臓病で、この世を去ることになってしまった。
そしてその魂が異世界を彷徨っているうちに、たまたま生死の境にいたディック・ベイヤー・パリトゥード王子の中にめでたく納まった、ということになる。
人格的には猛が勝ち、結局第三王子は、ディックの記憶を共有する、日本人の大和猛が「中の人」ということになったわけだ。いわゆる「乗っ取り転生」ということになる。
パリトゥード王国では、正室の子、第一王子が内政、側室の子の第二王子が軍事を掌握していた。
次の国王が第一王子になれば安定した国家になり、第二王子が国王になれば、強大な軍事国家ができあがるだろう、と皆予想している。 そして有力貴族が、自らの将来を賭けて王位継承争いを陰に日向に行っているのだ。
だが、妾腹の第三王子はそんなことに興味はなかった。もと王位など考えることはなく、どうせ王様になどならないと思っているので、勉強も剣術も最低限しか行っていない。
政治にも軍部にも興味のない第三王子は、芸術の担い手となった。 彫刻、絵画、音楽、演劇、文学などいろいろな文化のサポーターとなったのだ。
第三王子は、権力争いに巻き込まれないよう、王位に興味がないことを宣言するとともに、貴族との付き合いも少し減らすことにした。下手に野心のある貴族と付き合うと、無理やり王位継承争いの巻き込まれることになる。第三王子は、その分、商人たちと付き合い、芸術家を紹介させたりしていたのだ。
猛が第三王子の中の人となり、3か月ほど経過し、現状を把握したところで、彼は今の一番の未練、Vチューバーのミライ・ワカリの復活を夢見るようになった。ただし、オリジナルをそのままマネするのは冒涜のような気がしたので、ワカリをリスペクトする形のキャラクター^をこの異世界に誕生させようとしたのだ。
最初は、画家を何人も呼んで、イメージを伝え、ワカリのイラストイメージを作らせようとした。ところがこの世界の画家は、油絵でいろいろ表現しようとしたため、なかなかイメージに合わない。
それを見たメイドが、自分に描かせろ、と言いたし、なんとペンでそれっぽいイラストを作ったのだ。猛の修正がいろいろ入ったものの、線描きで色付きのイラストが数枚出来上がった。メイドはお抱え絵師に変わった。実際は、メイドもやりつつ絵を描く、という二束のわらじ生活になったわけだ。彼女の名はジャガーという荒々しいものだが、外見は無表情のいわゆる「デキるメイド」の風情を崩すことは無かった。
絵が出来てくると、次に、その原画を模倣し、メイドの監修のもと、フィギュアが作成された。ただし、衣装については実際の布を用いた。体の部分は粘土で構成し、服を着せてから手足をつけた。
着せ替えはできないが、フィギュアの完成である。
王子は、リアル衣装バージョンだけでなく、すべて粘土のバージョンも作成させた。このほうがカワイく見えたし、王子、いや猛のイメージするフィギュアはそういうものだったからだ。
ここまで来ると、第三王子の暴走は止まれない。次はいよいよVチューバーとして命を吹き込みたくなってしまったのだ。
さすがにこれは、芸術ではなくて魔道具を使う領域になる。そこで王子は、学生時代の友人と伝手で、新進気鋭の商会に相談することにした。
それがラリアット商会であった。若い女性が会頭を継いだばかりだ、というので、きっと柔軟な思考で自分の意図を汲んでくれるだろう、と目論んだのだ。実際、マキ・ラリアットはやはり有能で、しかも因習にとらわれずにいろいろアイディアを出してくる逸材だった。
マキは二回目の打合せの時に、瓶底メガネを掛けた背の低いエルフを連れてきた。
このエルフも予想以上に有能な技術者だった。彼の意図をすぐに理解し、録画機能のある事写しの水晶を作り上げたのだ。
録画機器ができれば、次は放送機器だ。これは王家が使っている、言伝えの水晶とつなげることを考えればよい。 そちらは、ロりエルフが「技術的に可能」とすぐに返答してくれた。
録画機器、放送機器の完成は時間の問題だろう。
あとは、フィギュアに魂を吹き込み、歌って踊るアイドルを作り上げればよい。
実はここが一番の問題であることを、猛、いや第三王子は理解していた。粘土フィギュアは動かないからだ。
この世界に魔法があるといっても、こんな人形をやわらかくする魔術など聞いたことがない。とすれば、パラパラ漫画のようにフィギュアの姿を少しずつ変えて映像を作る、という面倒で不自然な作業でもるすのか、と思っていた。ちなみにその方法は元の世界ではクレイメーションと言う。粘土のアニメーションだ。
あるいは、布の人形を動かすこともあるかもしれない。その時は人形の顔がいわゆるSD(スーパーデフォルメ)タイプになってしまい、憧れの美少女ではなくなってしまう。
猛はその問題をあえて指摘せず、マキ・ラリアットに対して絵と粘土フィギュアを渡し、これを動かしてしゃべらせ、事写しの水晶で録画し、言伝えの水晶で遠くに伝えるように命じたのだ。
マキは正直ベース引きつっているように見えたが、何とかする、と答えている。
それからちょっと時間がたったが、先週になって、そのプロトタイプができたので見せたい、またキャラクターの基本的な性格などを聞きたい、という連絡が来たのだ。
とりあえず、自分のイメージに合うかどうかは、見てみないことにははっきりしない。
そこで猛は、とりあえずまずは見てみることにした。コンセプトは、見たうえでどこまで伝えるかを考えるつもりだった。
そして今日はマキ・ラリアットがロりエルフとやってくる日だった。
第三王子の姿の猛は、それほど期待せずに会議室に向かった。ダメ出しを3-4度すれば、少しは見られるものができるのでは、と思っていたのだ。
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