第3話 スタンは無理難題を押し付けられる
スタンは荷物を持って、そのまま大通りを東へ歩きだした。
冒険者ギルドとは逆方向だ。
10分も歩くと、大きな店があった。スタンは一旦店の裏に周り、そちらの呼び鈴を鳴らす。
しばらく待っても反応がないので、もう一度鳴らした。これで来ないなら、表に回って店の従業員にお願いしよう、と思ったところでドアが開いた。金髪ロングヘアーの妙齢の美女がスタンを見て、一瞬驚いたがすぐに破顔して笑顔になった。
「まあ、スタン。お帰りなさい。どうしたの突然?帰るなら手紙くらいくれてもよかったのに。」
スタンの実の姉、マキだ。このラリアット商会を切り盛りしている会頭をやっている。
スタンの生まれたラリアット商会は、その名のとおり、ラリアットという名字がある。スタンの家は平民なのだが、数代前に一代爵位と名字を賜った。その後、爵位はなくなったのだが、名字を名乗ることが許されている。
スタンは5男1女の兄弟の末っ子だ。そして一人だけいる姉はきょうだいの二番目だが、一番商才に長けていた。
そこで、ラリアット家としては事業を伸ばすために長男のテリーではなく、長女のマキを跡取りにすることとした。マキは、法衣貴族の息子と恋仲になっており、相手の男性がラリアット家に婿に入ったのだ。
「ただいま、マキ姉。テリーさんは元気にやってる?」スタンは尋ねた。テリーというのはマキの夫だ。貴族の息子ということで、計算ができるので商家にとっては重要な相手だ。
「おかげ様で元気よ。今日は彼が非番なので、ドリーを連れて近所の公園に行くって言ってたわ。」ドリーというのは、マキとテリーの息子だ。実は、マキのおなかの中にはもう一人が宿っている。マキは、流れるような金髪を右手でそれとなくいじりながら答えた。
「それでさ、当分王都に居ようと思うんで、居候させてほしいんだけど。」スタンは切り出した。
「何言ってるの。ここはあなたの家でしょ。もとの部屋を遣えばいいわよ。もうこの際、冒険者なんかやめて、うちの支店の支店長でもやってよ。」
実は以前からこの話がある。その頃はスタンとしては冒険者でSランクパーティになることを目指していたので、そんなつもりはなかった。だが、今回の件で、彼自身、今後の身の振り方には迷っている。
「うーん。支店の話はさておき、ちょっとのんびりしたいんだよ。冒険者稼業もいろいろあってね。」スタンは本音を言う。
「ちょうどいいわ。支店長の話とは別に、スタンに相談があるんだけど。」マキはスタンの顔を正面から見つめる。マキがスタンに言うことを聞かせるときに使ってきたテクニックだ。お姉ちゃん大好きっ子だったスタンは、マキに正面から見つめられると嫌とはいえない。
実際のところ、マキは末っ子のスタンを事のほか可愛がっており、兄弟でもひいきしていた。小さいころは、スタンもマキにくっついて寝るくらいだった。マキは学校を出て2年で結婚してしまい、添い寝することはなくなったのだが。
「スタンの知恵を貸してほしいのよ。それと、魔力操作の腕もね。」
何やら問題があるようだ。
「荷物を置いたら、応接に来てね。今、打ち合わせ中だったんだけど、スタンにも加わ」ほしいの。」
スタンが応接室のドアを開けると、中には背が低い、地味な感じの眼鏡っ子エルフがいた。年齢は十代にも見えるが、エルスは長寿なので、年齢は不詳である。
普通、エルフはスレンダーで比較的背が高く、美しい顔ととがった耳が特徴だが、ここにいるのは背が低く、牛乳瓶の底のようなメガネを掛けている、短髪の女性だ。肌の色もちょっと灰色っぽい。ドワーフあたりの血が混じっているのだろうか?
そうでないとしても、エルフとしてはちょっと残念な外見だと言わざるを得ない。野暮ったさが染み出してくる。耳が長い以外は正統派エルフとは言い難い。なお、エルフは貧乳というイメージとは違い、胸はそれなりに大きい。
エルフとマキはテーブルをはさんで座っている。そしてテーブルの上には、水晶玉がいくつかと、人形が一体、あと色のついた絵が書いてある紙が数枚おいてあった。
その人形には鮮やかな色がついている。金髪のツインテールの髪型で、両手を広げている。高級そうな生地でできたスカートはふわりと広がっている。そして細くて綺麗な手足が伸びている。
なかなかよく出来た人形だ。
スタンが部屋に入ると、マキが立って、話しかけた。
「まずは紹介するね。この子はチグサ。プロジェクトのサブプロデューサーよ。ちなみに、総合プロデューサーは私ね。ただ、私は忙しいから、フルタイムではチグサが実質的にプロジェクトを回してるの。すごい才能豊かな魔道具職人よ。」
チグサがちょっと頭を下げた。
そして、マキが続ける。
「実はこのプロジェクト、第三王子の肝いりなのよ。」
スタンは驚いた。何のプロジェクトかまだわからないが、王室がからんでいるとなると、下手なことはできない。
「第三王子様のイメージに合うようなものを作らないと、うちの評判は悪くなる。一方で、うまくやったら、もちろん第三王子にごひいきにされる、王室御用達になるのよ!」
なんだかすごい話になってきた。
「それはすごい話だね。でも、結局何をするの?それで、何か問題があるの?」
スタンは姉に尋ねた。こういうのはストレートに聞いたほうがいい。
「じゃあ、僕が説明しよう。」メガネっ子エルフが立ち上がった。どうやらボクっ娘のようだ。まあ、色気はないが、それは仕方ない。雰囲気的にもボクという一人称は悪くない。巨乳だが。
「まずはそこにある水晶玉だ。これは、事写しの水晶という。最近開発された魔法陣に設置して作るんだ。これは、人の姿や言葉を中にとどめておくことができる。魔力を通すと再生されるんだ。理論的には何回でも再生できるようになっているんだ。」
ほう。それなら、メッセージを送ったり、何かイベントの時に記念に残しておいてもいいな。便利そうな道具だ。
「これのプロトタイプが出来たときに、第三王子に見せたんだ。」ほう。ここで第三王子が出てくるわけね。新しもの好きだとか、変わった趣味だとか言われるが、芸術に理解があると評判だ。
「これを見せたら、王子はすごく喜んだ。それで、二つのことを言われたんだ。」
ほうほう。無理難題でなければいいがな。
「一つは、この事写しの水晶と、言伝えの水晶を組み合わせて、事写しの水晶で残したものを、国中に広めることだ。
言伝えの水晶というのは、実は言葉だけではなくて映像の機能もついている。離れた人との間で音声や姿を送ることができる。
ただ、当然のことながら凄く高価なものなので、ギルドや商人などの業務用、それから貴族と王家の間の通信くらいにしか使われていない。一回の通話に、お互いに魔石を大量に必要とするからだ。
「こちらのほうは技術的には問題ない。改良した言伝えの水晶は、一方向だけとか、文字だけならあまり魔石を食わないようにできたんだ。」
ふむふむ。なら、文字で伝達すればいいんだな。
「問題はこっちだ。この人形は、この絵から作ったものだ。粘土を固めたものなので、当然動かない。王子のリクエストは、この人形を動かして、事写しの水晶に記録しろ、というものだ。」
そりゃあ、こんな人形、動かないだろう。どうしろと言うんだ?
「布とかで作ればポーズは動かせるが、顔とかポーズが自然にはならない。王子は、この人形が、というかこの女の子が自然に動くことを求めている。」
少しずつポーズを変えた人形を量産する?それも無理だな。
「それから、声がいる。この女の子がしゃべらなければならない。まあ、しゃべるほうは最悪だれかにやらせるんだろうけど、僕としては自然なものにしたい。プロジェクトはそれで行き詰まっているんだ。」
スタンは考え込んだ。この人形を動かすにはどうしたらいい?
「あんた、手先とか魔力操作は細かいの得意でしょ?この人形、動かしてよ。」姉の無茶ぶりである。
沈黙が場を支配した。そう簡単に答えが出るようなら、この二人も困っていないだろう。
スタンはふと気づいて、ロり巨乳瓶底メガネエルフに確認する。
「チグサさん、王子が求めているのは、この女の子を動かして水晶に記録することであって、この人形をどうにかすることじゃないよな?」
ロりエルフがうなずく。
スタンはにやりと笑った。
「それなら、やりようはあるかな。」
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