第2話 何か起こりそうだが…


(明日は早いし、もう寝よう。)そう思ってスタンが寝る準備に入ったところで、ノックの音がした。

誰だかを予想しつつ、スタンはドアを開ける。

予想どおり、シーフのミミだった。背が低くてかわいらしい、狼獣人の女の子だ。ケモミミがぴくぴくと動いている。まあ、年齢については聞かないほうがよいのだろう。


「スタン、残れるように明日もう一度かけあってみようよ。今まで長い間、仲間として一緒にやってきたじゃない。私も、スタンがいないと雑用増えるし、スタンがいてくれたほうが助かるのよ。」

なんかちょっと本音が混じっていたような。


「いや、残ったところで僕の居場所はないよ。」スタンは冷静に答えた。

大出力のヒールが手に入るのだ。ピンポイントで個別の傷を直したり、個人のHPを少し回復すようなヒールは必要がないということだ。


アーシが雑用をこなすような女性ではないとはわかっているが、だからといって雑用係として残る気もしない。


まあ、そのことはミミも実際はよくわかっているのだろう。反論はしなかった。

「だから、もういいんだ。」スタンは自分に言い聞かせるように言い放った。

ミミもあえてこれ以上残る話はしないようだ。


「これからどうするの?」ミミは聞いてくる。

「まあ、とりあえず王都の実家の商会に帰るよ。たぶん、冒険者は続けると思うから、何かあったら、ギルドに伝言を残してくれ。まあ、あとは実家のラリアット商会のジャッキーという女性にメッセージを託してくれてもいい。僕の姉さんだ。」

スタンはちょっと乱暴な感じで答えた。


「わかった。じゃあ、明日も早いんだから、もう寝なさいね。」ミミはそう言った。

(何だ、夜這いかと思ったのに…)とちょっとだけスタンは残念に思った。


「じゃあ、スタン。しっかり眠れるようにしたげる。

はい、目をつむって…

アーシと違い、ミミは催眠術なんていう高等な技術は持ち合わせていないはずだ。

まあ、いいか。

目をつぶった。


ちゅっ。


スタンの頬にミミの唇の感触があった。


「じゃあ、おやすみ~~」ミミはそういうと、急いで部屋を出ていった。

後ろからは顔は見えないが、尻尾がぴょこぴょこしていた。


まあ、いいか。翌日は早いこともあり、スタンはそのまま床についた。


翌朝。


小鳥がちゅんちゅん鳴いているが、スタンは当然一人で目覚めた。

着替えて顔を洗い、支払いを済ませるとともに、ミスリルのダガーや回復薬などを宿のおかみに託した。パーティの荷物は、これで全部だ。パーティ用の野営の道具は昨夜のうちにミミに渡している。これで、パーティとも縁が切れる。


スタンは宿を出て、冒険者ギルドに向かう。

冒険者ギルドはいつもどおり、早朝から混んでいる。


スタンは、まっすぐ馴染みの受付のエーコのところへ行く。巨乳で美人のエーコは、ギルド受付嬢でベストスリーに入る人気者だ。スタンにはずいぶん親切にしてくれたので、最後に挨拶しようと思ったのだ。

「あら、スタンさん。おはようございます。Sランクおめでとうございます。」エーコはにこやかに言う。


「いや、俺は昨日で『アノクタラ山脈の虹』をクビになったんだよ。今日でお別れだ。」スタンは淡々と告げる。


「え?スタンさんなしで、あのパーティ大丈夫なんですか? Sランクになって最初の半年はお試し期間だから、ちゃんとクエストをこなさないと降格ですよ?」


エーコは心配そうに言った。スタンもそれは知っているが、今更パーティの運営にとやかく言うことはできないし、そのつもりもない。


「そうかもな。まあ、せいぜい頑張ってもらおう。」もう他人事である。

「パーティを抜けるから手続きしてくれ。」


エーコはファイルを開く。

「あら、昨日のうちに手続きが終わってますね。あと、アーシさんがメンバーに入ってます。」 手回しがいいな。たぶん、俺に言う前にアンドレが手続きを済ませてあったんだろう。


パーティリーダーのアンドレであれば、自分の権限でメンバーをクビにしたり足したりできるからだ。アンドレのいやらしく笑う顔が目に浮かんだ。


「まあ、いいやもう。とりあえず俺は王都に行くから。縁があったらまた会おう。」スタンはそういうと、踵を返した。


「お元気で。お気をつけて。」エーコが職業的なアルカイック・スマイルで見送る。


冒険者がギルドの受付に来なくなるのは日常茶飯事だ。ある者は冒険者として別の町に行き、ある者は冒険者をやめて他の職業につく。そして…   


(スタンさん、生きててくださいね。」エーコは内心、心配しながら祈る。

だが。スタンにその心はもう届かない。 スタンは一度も振り向かず、ギルドを出ていった。


スタンは、そのままその足でギルドの近くの乗合馬車の停車場に向かう。ギルドの前の大通りをそのまままっすぐ行くと、広場に出る。そこにはたくさんの馬車が並んでいる。


今スタンがいるこの町は、国のナンバー2都市のサンボであり、これから向かうのは王都パンクラスだ。王都とサンボの間は、当然のことながら多くの馬車が定期便として一日中往来している。王都までは馬車でだいたい4日の行程だ。夕方に出る馬車は5日かかる。馬車は暗い夜には走らないので、隣町で一泊するだけなのだ。


スタンは王都へ行く馬車の中で、比較的簡素な作りのものを探しだし、御者からチケットを買って乗り込む。豪華な馬車のほうが乗り心地はいいが、盗賊に狙われる可能性も高いし、何より運賃が違う。無収入になってしまったスタンは、とりあえず旅費をある程度節約したかったのだ。実際、Aランクパーティで移動するときは、馬車をレンタルすることも多かった。スタンとミミが交代で御者をしていた。今回の旅は、御者でもなければ護衛でもない。シンプルに乗客になるのはいつぶりだろう?スタンはそんなことをぼんやりと考えた。


からんからん。 妙にレトロな音がして、馬車は走り出す。

乗客は全部で六人。ただし御者が1人、護衛の冒険者が1人なので、純粋な乗客は4人っということになる。

4人の運賃を足しても、せいぜい冒険者の日当で消えていくだろう。商売として成り立つのか?とスタンはちょっと考える。ただ、この馬車は簡素な外装だ。それは、乗客だけでなく荷物を運んでいるからだ。半分は荷馬車、ということでそちらである程度稼いでいるのだろう。


護衛の冒険者は、スタンも知っている男だった。彼は、スタンに何が起こったか知っているらしく、何も言わなかった。あとは妙によそよそしい男女、それと冒険者の恰好をしたエルフの女性だった。弓と、楽器のリュートを抱えている。いわゆる吟遊詩人なのだろう。皆、なぜかあまり話をしない。

そして、夜盗が出ることもなく、魔物の襲撃もない、おだやかな旅程で、スタンは無事に王都に到着した。


(冒険者が馬車に三人も乗っていたのに、何もトラブルがないのは正直拍子抜けだな。荒事でもあると良かったのに…)などと、スタンは不謹慎なことを考えた。




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