第3話 夢で逢えたら-3
頭にタオルを巻いたおさむは、汗に泥が混じるのも気にせず土を掘り起こしていた。賀津美と下級生たちは、そんなおさむのバイタリティに圧倒されてしまい、ただ見ているしかなかった。その視線に気づいたおさむは、顔を上げて、どうしたの、と訊ねた。賀津美たちは、別に、と答えたが、暑さの中では、おさむを手伝うことももうできなかった。
校舎の影でひと休みしながら、おさむはミネラルウォーターを飲みながら、説明を始めた。
「こないだ、萌ちゃんは、園芸部はお金がかかるって言ってたけど、そんなこともないんだよ。そりゃね、農薬とか肥料とかたくさん買ってたらお金なんて足りないよ。でもね、種は毎年できるし、農薬や肥料がなくても、上手に育てることもできるんだって。有機農法っていうんだ。僕、あんまり、勉強してないから、よくわかってないんだけど、それでやると、お金はかからないし、除草剤や殺虫剤をほとんど使わなくても、上手に育てることができるんだって。もちろん、肥料もいらないんだ。それをやりたいなって思って、五月先生に教えてもらってたんだけど、うまくいかなかったんだ」
「萌ちゃんのお父さん?」
「うん。それで、誰か、やってほしいな、って思ってたんだけど、結構大変なんだよ、園芸部も。土を掘り起こしたり、天気を気にしたり、色々あって、あんまり人が居つかないんだ。毎年、一人か二人くらいなんだよ。でも、こうして、手伝ってもらえたら、なんとか続けられるかもしれない」
「ね、クラブって何人いないといけないの?」
「五人。いま、僕入れて、三人だから、正規の部からは降格されてるんだ」
「三人もいるの?」
「一応ね。でも、二人とも籍だけだから」
「あれね、受験のために、名前だけ残してるのね」
「まぁ、そんなの、僕にはわかんないけど。でも、人数だけでも合わせておかないと、本当に廃部になっちゃう」
「じゃあ、うちの三人入れたら、六人だから、とりあえずは大丈夫ね」
「うん。ありがとうね、みんな。賀津美ちゃんも、ありがとう」
「んん。いいのよ。あ、あたしも入るから、七人ね」
「でもー、賀津美ちゃん、三年じゃない」
「いいのよ。同じ生物部の仲間じゃない」
「あのー」一年の渡辺宏樹が言った。「園芸部って何するんですか?」
「一応は、花壇の手入れと、いろんな花の栽培。後は、理科の実験で使ってる植物の栽培を手伝わせてもらってるんだ」
「それで、五月先生に色々訊いてるのね」
「うん」
「あのぉ、よけいなことかもしれないけど、野菜とかイモとか栽培しちゃいけないんですか?」
「さぁー」
「ダメに決まってるじゃない」
「そんなことないよ、賀津美ちゃん。僕がやろうとしてる有機農法は、元々野菜の栽培に使われてるんだよ。それを、経費の節約と、環境保全のために、農薬や肥料を使わないでできるから、僕がやろうって決めたんだ」
「五月先生は何て?」
「いいことだって。やっぱり、予算がないから、あんまりお金掛けられないし、それに、昔は化学肥料とか使ってない時代もあったんだから、その方がいいんだって。化学肥料は、結局は土を殺してしまうんだって。ミミズや他の土壌生物を追い出してしまって、土の活力も奪ってしまって、結局、土をダメにしてしまうんだ。だから、土を大切に、それで、土の恵みとして、あくまで、土から恵んでもらえるようにして作物を得るようにしないと、きっと、いつか人間はダメになってしまうんだって」
「すごい話ね」
「僕も、その話聞いて、感動したんだ。それで、じゃあ、やってみよう、って。でも、なかなかうまくいかないよ」
「だって、作物なんて、一年に一回しかできないじゃない。だったら、一回くらい失敗しても、気にしない気にしない。焦っても仕方ないよ」
「うん。だから、誰かに後を継いで欲しかったんだ。みんな、嫌々かもしれないけど、とりあえず、名前だけ貸しておいてね」
おさむの言葉にみんな頷いた。
「でも」二年の松下夕香が言った。「さっきの話聞いてて思ったんですけど、おさむ先輩がやってることって、生物部とすごくつながりがあるように、思うんですけど」
「うん。僕は、そう思ってる」
「だったら、あたし、協力します」
「ありがとう」
他の生徒たちも頷いていた。いつもはぼんやりしてるように見えるおさむだったが、今は活き活きしてるように、賀津美には見えた。
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