第16話 悪魔の知りたいこと

 最後に残っていたジョージが裏口から脱出するのを確認すると、ユーリはディスターに対して裏口を隠すように体勢をとる。


「おまえ、何のつもりだ?」

「貴様の言葉に答える気はない」


 ユーリは眼前に魔法円を出現させる。すると、ディスターの周りにもユーリが描いた魔法円と同じ模様の魔法円が出現した。ディスターが慌てて後ろへと逃げると、次の瞬間、先程までディスターがいた場所に魔法円から現れた何十本もの剣が突き刺さった。


「いきなりだな。話ぐらい聞け」

「黙れ」


 ユーリは再び魔法円を描いた。今度はディスターの周囲をぐるりと囲むように魔法円が出現した。そして魔法円から先程以上の数の剣が出現し、一斉にディスターに向けて放たれた。ディスターは両手に光弾を出現させると目の前から飛んでくる剣に向かって投げつけ、自分も光弾の後を追って素早く前方へと飛び出した。

 光弾と剣がぶつかり合い、煙が舞い上がる。

 その煙の中からディスターが現れ、一瞬の内にユーリの懐に張り込む。ディスターの右手の中には既に光弾が作られていた。ディスターは光弾をいままでのように投げつけるのではなく、ユーリに向かって押しつけるように右腕ごと突き出した。

 防ぐのは無理だとユーリは素早く判断するとディスターの突き出した右腕をつかみ取り、力任せに床に向かって叩き付けた。床が爆発音とともに砕け散り、ユーリは床の破片を避けるように後方へと下がる。砕けた床の中央にはディスターがユーリを射殺すような目つきで立っていた。


「なんなんだ? 貴様は。先ほどから私の邪魔ばかり。見ての通り私は堕天している。つまり、おまえら悪魔の仲間だ」

「堕天使は悪魔の仲間などでない」

「何?」

「堕天使は天を裏切った只の天使の総称だ。我々と同意義にするな! 腹立たしい!」

「それで怒っているのか?」

「……」


 ユーリは無言のまま、空中に剣を一本出現させるとそれを掴み、ディスターに向かって構えた。


「それだけでないな。そもそもなぜ先ほど人間共を助けたのだ? おかしいな。誰かと契約でもしているのか?」

「今は誰とも契約はしていない」

「なら、さらにおかしい。契約もしていないのになぜ悪魔が人間共を助ける。悪魔は人間を殺す側だろう」

「悪魔はむやみに人間を殺したりはしない」

「だが、殺せる力を、それを自由に使える権限を持っているだろう。私はそれが欲しいのだ。愚かな人間共をいくらでも殺せる力がな」


 ディスターは周囲に突き刺さっていた剣を一本引き抜き、ユーリの真似をするように構えた。


「天使の力は人間共に対しては無力なのだよ。我々が願いを叶え、幸福になり、地位と名誉を手に入れた人間は必ずといっていいほど、自分より地位の低い者を不幸にする。そして我々はそれが原因で不幸になった者を幸せにする。すると今度はその者が自分より不幸な者を不幸にする。人間はな。自分の幸せを守るために他者を不幸にする生き物なのだ!」


 ディスターは剣を上段に構えてユーリに斬りかかる。対するユーリは表情1つ変えずにディスターの斬撃を自分の剣で受けた。ディスターはお互いの剣が交差している状態でさらに前に進もうと重心を前方へと移動させた。


「自らの欲望のみを追い求め、他者を不幸にすることで幸福を得る。醜い、愚かな生き物だと思わんか?」

「今、貴様が述べたことに関して同意しよう」

「何?」


 否定するものを思っていたユーリの口から同意するという言葉が出たことにディスターは驚いた。驚き、注意がそれた瞬間、ユーリは素早く剣を引き、すぐさま斬り付けた。握りが甘くなっていたせいでディスターの剣は大きく後へと飛ばされる。ディスターは慌てて後方に下がり追撃に備えた。がユーリは追撃をせず、その場に止まって剣先をディスターに向けた。


「人間は己の欲望に生き、他者を犠牲する生き物だ。それは私が人間と契約する際にもっとも感じる事だ」

「それが分かっているなら、なぜ人間共を助ける」

「どうしても知りたい事があるからだ」

「知りたい事だと?」

「貴様が言っているのは人間の一部だ。暗い、暗い一部だ。だからこそ別の一部を俺は知りたい」

「別の一部だと? それがどうした? なんであろうともそんなものすぐさま暗い一部、欲望に押しつぶされてしまう部分だ」


 ディスターは再び剣を掴むために手を伸ばした。が、剣を掴むはずの手は空を切った。確かにそこにあったはずとディスターが視線を動かすと、いままで周囲に無数に突き刺さっていた剣が一本たりとも存在していなかった。


「ッ!?」


 前方に魔力が集中していくを感じたディスターはユーリに視線を戻した。見るといつの間にかユーリの背後に無数の剣が剣先をこちらに向けて浮かんでいた。


「俺は暗い部分とは逆の明るい……神が人間達に与えている愛とはなんなのかを知りたい。元天使の貴様にも聞こう。愛とはなんだ」

「愛だと! 悪魔である貴様が愛とはなんなのかを知りたいだと! 面白いな、実に面白い冗談だ」


 ディスターは大声を上げて笑い出した。


「貴様は愛とはなんなのか知っているのか?」

「知らんな。無意味な疑問だ。そんなことを知っておまえに何の得がある」

「得など無い。ただ知りたいだけだ」

「そうか。なら!」


 ディスターは大きく後ろへ下がると左腕をユーリに向け、一直線に伸ばした。一直線に伸ばした左腕に光が集まりだし、弓の形を作った。


「この場で滅んで神にでも聞け!!」


 ディスターは作り出した弓に右手を添えるとそのままゆっくりと後ろへと下げていった。右腕が限界まで下げられると弓の周囲に無数の光の矢が出現した。


「滅べ、悪魔よ」


 ディスターは矢を放つように右手を開いた。無数の矢がユーリに向かって一直線に放たれた。ユーリは向かい来る矢に右の手の平を向ける。すると、背後に浮かんでいた剣達が手の平の前に重なり合い、壁のように立ち塞がった。

 放たれた矢は壁となって立ち塞がった剣に防がれると光へと戻っていったが、複数の剣の表面に亀裂が残った。ディスターは間を開けずに第二撃を放った。二撃目は一番前で壁となっていた剣を軽々と打ち砕き、二層目の剣達に損傷を与えた。


「どうした? 防いでばかりでは本当にそのまま滅びるぞ」


 ディスターは攻撃の手を休めず、第三撃、四撃と無数の矢の散弾を放った。幾重にも重なり壁となっていた剣達が次々と砕かれ、遂にユーリの姿が放たれた矢の前に現われた。勝利を確信してディスターは笑みを漏らした。しかし、すぐにそれは驚愕の表情へと変わった。

 無数の剣の壁の向こうから現われたユーリは両手を左右に開き、自分の胸元に魔力を集めていた。


「壁は魔力を溜める間の時間かせぎか!?」


 矢は既にユーリの眼前に迫っているが、それすら異に返さない強大な攻撃が繰り出されることは明白だった。ディスターは攻撃から逃れようと翼を羽ばたかせた。


「我が王の名において命ずる! 炎獣王ベヒーモス! 我が敵を焼き払え!!」


 ユーリは左右に開いた腕をディスターに向けて組み合わせる。ユーリの眼前に巨大な魔法円が出現し、そのから巨大な燃え盛る牛のような獣が雄叫びを上げながら現れた。現れたベヒーモスはユーリの眼前に迫った矢の群れを飲み込み、そのまま一直線にディスターへと向かっていく。


「くそぉぉぉ!!」


 ベヒーモスはディスターを叫び声ごと飲み込むと食堂の屋根を吹き飛ばし、夜の空へと消えていった。ユーリは防ぎきれず、自分の体に突き刺さった矢を乱暴に引き抜くと、背中から悪魔の証ともいえる蝙蝠のような翼を出現させた。


「さて、他のやつらも消しに行かなくてな」


 翼を羽ばたかせ、天井がなくなってしまった食堂から飛び立とうとした時、フェリシー達が逃げた裏口の方から修道女達の悲鳴が聞こえてきた。


「くっ、まだ近くに他の奴がいたのか!?」


 ユーリは苦い顔をすると、声が聞こえてきた方へと駆け出した。

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