第15話 教会の危機

 夕刻を告げる鐘がヘスティア大聖堂から響き渡り、時を同じくして聖アブラフィア教会の修道女達が食堂へと足を向けていた。ある者は夕食を作るために、またある者は夕食が待ちきれずに、と理由は様々だ。フェリシーは当然、後者の理由で一足先に食堂へと向かっていた。ヴィヴィに見つかれば小言を言われそうだが、今日、彼女は掃除当番のため食事が始まるまで食堂に現れることはない。


「今日は何かな~、何かな今日は~」


 フェリシーは即席の歌を歌いながら食堂の扉を開けた。食堂では数人の修道女達が忙しそうに夕食の準備をしていた。


「フェリシー様。夕食まではまだお時間がありますよ」

「でも、できてる料理はあるでしょ」

「いけません」「駄目です」「ありますよ~」「ちょっと味付けに失敗しましたけど」「シスターヴィヴィに怒られます」「太りますよ」「ふぇい!?」


 フェリシーのつまみ食いの意思を感じ取った修道女達が一斉に口を開いた。一斉に咎められてフェリシーは思わず後ずさりした。一人ほど隠れてつまみ食いをしていたシスターもいたようだが。


「まだ何も言ってないのに~」

「ほぼ毎日同じような行動をされていれば嫌でも分かります」

「ぎくぅ~」


 フェリシーは残念な顔をして自分の席へと座った。長方形の長いテーブルの縦部分がフェリシーの席である。食堂の席にはフェリシーと修道長以外は特に決まった席がない。ちなみに修道長はフェリシーと反対方向の位置に座ることになっている。

 フェリシーはつまらなそうにテーブルに顔をつけると、朝以降ジョージを見かけていない事に気付いた。


「ジョージは、じゃなくてジョージ司祭様はどこに行かれたのですか?」

「今日は確か司教様と一緒にヘスティア大聖堂へ行かれております」

「いったい何の用事で」

「存じておりませんが、多数の司祭様と司教様が呼ばれたようですよ」


 フェリシーはそこまで話を聞くとつまらなそうに再びテーブルに顔を突っ伏した。ヘスティア大聖堂に大勢の司祭、司教達が呼ばれたという事はそれなりに重大な用件なのだろうが、フェリシーはそれ以上一切の興味も沸いてこず、食堂の奥から匂ってくるスープの香りに興味を移していた。嗅覚の刺激は素直にフェリシーのお腹へと直通する。食器が並べられる音がする中、フェリシーのお腹が大きくうねり声を上げた。その時、静寂が食堂を支配した。


「……」

「……」


 フェリシーはしまったっという顔で修道女達を見る。修道女達は修道女達で何事もなかったように食器を並べ始める。が、たまにちらちらとフェリシーの顔を覗いてくる修道女もいた。フェリシーは顔を真っ赤にしてテーブルに顔を埋めた。

 その時、爆発音が激しい衝撃と共にフェリシーの身に襲い掛かった。まるで大砲の直撃でも受けたかのような振動が食堂全体を激しく揺らした。


「な、なに? じ、地震?」


 修道女達も突然の事態に慌てふためいた。一番年配の修道女が他の修道女達に落ち着くように声を掛けているが、なかなか混乱は収まらない。修道女の一人、ノーズが外の様子を見るべく恐る恐る食堂の扉を開けた。


「……え」


 扉を開けたノーズは声を失った。そこには信じられない光景が広がっていた。聖アブラフィア教会の聖堂が半壊して激しい炎を上げていたのだ。騒然とするノーズはさらに信じられない光景を目にした。燃え盛る聖堂の上空に鳩のような白い羽を背中から生やした人間が浮かんでいたのだ。足場などありはしない場所に背中から翼を生やし悠然と浮かんでいる人間は、まさに天使だった。

 ノーズが茫然として天使の姿を眺めていると、不意に天使と目が合った。ノーズは見た。天使が笑うのを、しかし、それは聖堂の壁画などで見ることができる天使の笑みとは違った。壁画での天使の笑みは暖かい印象があったが、今、自分が見ている天使の笑みは暖かさなど欠片もなく、背筋がぞっとするような冷たい印象を受けた。

 天使が笑いながら手のひらを茫然としているノーズに向けた。次の瞬間、想像を超えた出来事に遭遇し、思考が停止していたノーズの視界が光りに包まれた。


     ※


 食堂の扉付近で爆発が起こり、爆音と衝撃が再びフェリシーと修道女達の身を襲った。フェリシー達は身を低くして、爆音と衝撃に耐えると食堂の扉に視線を向けた。見ると扉が無惨に破壊されており、破片があちらこちらに飛び散っていた。


「いったい何が……」


 次々と起こる不測の事態に戸惑いながらフェリシーと修道女達は飛び散っている扉の破片に何かが付着しているのに気づいた。

 赤い、真っ赤なモノが扉の破片に焼きついている。

 次にとても嫌な何かかが焼けた臭いが漂ってきた。その臭いの元である扉の破片に焼き付いたモノの正体に数人の修道女が気づき始めた。するとある者は気持ち悪そうに口を押さえて、胃からこみ上げてくる吐き気を必死に押さえ、ある者は天に届かんばかりの大声で泣き叫び始めた。皆が混乱している中でフェリシーはまだ事態が理解できずにいた。いや、理解したくはなかった。


「ぐぅがあぁぁぁぁ!!!」


 突然、修道女達の悲鳴をかき消すほどの絶叫が吹き飛んだ扉の外から響いた。絶叫が聞こえた方へ皆の視線が移る。見ると背中に鳩のような翼を生やした人間が苦しそうな表情で体を抱えていた。

 天使。

 その場にいた皆の頭に共通の考えが浮かんだ。助けに来てくれたのか、修道女の死を悲しんでくれているのかと皆が思った。しかし、希望を与えてくれるはずの天使の羽が絶叫を上げる度に黒く変色していった。その光景を目にしてフェリシーと修道女達は本能的に恐怖を感じて後へと後ずさった。長く続いた天使の絶叫が止んだ時、天使の翼は真っ黒に変色していた。


「ふ、ははっははははっ!! これが堕天するということか。思っていたほどでないな」


 堕天、という言葉に修道女達が反応した。天使が神を裏切り、人間に仇なす存在へと変わることを意味する言葉を天使は軽々と口にした。修道女達はまだ起こっている出来事が理解できずに立ち尽くしていた。

 黒い翼の天使は笑みを浮かべながらゆっくりと食堂の中へと足を踏み入れてきた。天使の不気味な笑みに修道女達は畏怖を感じて後ずさる。


「おい、人間共。聖女はどこだ? この教会にいるのだろう」


 皆の視線が無意識にフェリシーに集中する。が、すぐさま危険と思った修道女達は皆一斉にフェリシーの前へと進み出た。


「その小娘か?」

「……」

「そのようだな」


 修道女達の沈黙でフェリシーが聖女であることを確信した天使は一歩フェリシーに向けて足を踏み出した。


「あ、あなたはいったい何者です」


 フェリシーを庇って取り囲んでいる修道女達の内の一人が声を震わせながら言葉を発した。


「何者? 貴様ら人間からは天使と呼ばれている存在……だったな。つい先程まで」


 天使は黒く染まった自らの翼を見せびらかすように大きく羽ばたかせた。巻き起こった風に修道女達は目を細める。


「今は堕天使と呼ばれるのが相応しいか。名前は……天使の名はもう使えんな。そうだな、ディスターというはどうだ」

「な、何故、堕天などを」

「何故? また質問だな。まあいい、理由も知らずに死ぬのを嫌だろう。最後の慈悲だ。教えてやろう。ただし」


 ディスターは両手に光の球を出現させると左右の壁に向かって放った。光の球が壁に当たると、爆音と共に石造りの壁に大穴を開けた。


「逃げようなどとは思わない事だ。初めに宣言、いやこれは決定された事だ。貴様らは俺に皆殺しにされる。誰一人として明日の朝日を見る者はいない」


 突然、ディスターの言葉を聞いた数人の修道女達が悲鳴を上げながら駆け出した。ディスターは笑みを浮かべながら躊躇なく光の球を駆け出した修道女達に放った。次の瞬間、爆発音と共に修道女達の悲鳴がぴたりと止まった。爆発で舞い上がった土煙が収まると爆発した場所にはかつて人間だったものの破片が飛び散っていた。


「そう死に急ぐな。陽は沈んだばかりだぞ? まだ十分に時間があるんだ。じっくり、ゆっくりと全員殺してやる」


 フェリシーも周りの修道女達ももう動く事はできなかった。逃げれば死、逃げなくても死、今彼女達にできる事は死への秒読みとなるディスターの話を聞く事だけだった。


「さて、何故、堕天したかという質問だったな。簡単だ。貴様ら人間に愛想を尽かしたからだ。我々がいくら命を大切にせよと説いても人間同士で命を奪い合い、他人の物を奪うなと説いても自らの欲のまま欲しいものを他人より奪い去る。貴様ら人間は絶えず他者から何かを奪わなければ生きていけない存在なのだと理解した。だから、私は堕天した」

「そ、そんなことない!」


 ディスターの言葉にフェリシーが叫んだ。フェリシーは修道女達を押しのけるように前に出るとディスターを睨み付けた。


「ほう、私に意見するのか? さすがは聖女といったところか。なんだ、人間に対して言うように私に対しても説教をするつもりか?」

「説教をするつもりはないよ。確かに人間は争ってばかりで盗みとか……ひ、人殺しとかはなくならないけど」

「認めたな」

「だけど、私達は奪うだけじゃない。与えてもいるんだよ」

「いったい何を与えているというのだ」


 ディスターが鼻で笑いながらフェリシーに向かって一歩踏み出した。フェリシーの身体が自分の意志とは関係なく後ろに下がる。


「何を与えてるんだ?」

「慈悲や愛の気持ちを……」

「慈悲!? 愛!? そんなものは強奪者の一方的な言い分だ。自分より弱い相手がいるからこそ言える言葉だ。気持ちだと!? 気持ちなど何の役にもたたん! 貴様らは役にたたんことを永遠と繰り返してる。まったく愚かだ。だが、愚かな貴様らに天使は何かにつけて慈悲を与えなければいけない馬鹿な制約がある。私は耐えたよ。いつかお前達が分かってくれるはずだとな。しかし、それは叶わない事だと気付いたのだ。貴様ら人間に何を期待しても無駄だと気付いたのだ」


 ディスターは言いたい事を言い終わると、一息付いて改めて脅えた表情をしている修道女達を見た。


「さて、最後の話は終わりだ。誰から死にたい。言っておくが聖女は最後だ」

「そんなことさせません!」


 突然、背後から聞こえてきた声にディスターはゆっくりと振り返った。そこには二人の僧兵を従えたヴィヴィの姿があった。


「ヴィヴィ!」

「フェリシー様。遅くなってすいません」

「女。何のつもりだ」

「事態は飲み込めていません。あなたが何者であるか分かりません。ですが、聖女様、フェリシー様に害なす者は何者であろうとも私は許しません」


 ヴィヴィは臆することなく言葉を放った。両脇の僧兵も槍を構えて前へと歩み出る。


「面白い。そうだな、まったく抵抗がなければそれはそれでつまらん。いいだろう。相手をしてやる」


 ディスターの申し出にヴィヴィは僧兵達に視線を送った。修道女達が必死の願いを込めた視線を受けた僧兵達は震える槍先に気合を入れて、左右からディスターに向かって突撃して行った。対するディスターは相変わらず僧兵達に背をむけたまま、何もする様子がない。

 左右に分かれた僧兵達は堕天使の背中に向かって勢いよく槍を突き出した。


「おそいな」


 僧兵達の目の前からディスターの背中が消えて繰り出した槍が空を切った。僧兵達はどこへ行ったと左右に視線を送るが、どこにもディスターの姿はない。


「後ろだ」


 声に振り返るといつ間にかヴィヴィの後ろにディスターが立っていた。ヴィヴィは背中からの声に驚き、逃げるように前に飛び出した。反射的に飛び出したため、うまく姿勢を保つことができず転んでしまった。床から見上げるような形でヴィヴィがディスターの方に振り返ると、ディスターは頬を緩めて愉快そうに笑っていた。


「何をそんなに慌てている。女」


 ディスターはゆっくりとヴィヴィに歩み寄り、手のひらをヴィヴィの目の前に広げた。何事かとヴィヴィが思っているとディスターの手のひらに光が集まり始めて球状に大きくなっていく。


「これはな。救いの光だ。貴様ら人間を薄汚い欲から解放する光だ」


 ディスターは作り出した光弾を右側にいた僧兵に向かって投げつけた。僧兵は手にしていた槍で光弾をなぎ払おうと振るう。しかし、光弾は槍を抵抗無くすり抜けて僧兵の身体にぶつかり爆発した。修道女達の悲鳴が食堂に響いた。爆発の中心にはつい今まで生きていたモノの破片が飛び散っていた。


「今、奴は救われたのだよ。これでもう欲で悩む事はない。薄汚い欲を持たなくなったのだ。女、お前にも救いをやろう」


 声を掛けられヴィヴィはビクッと体を震わせた。恐怖が体の中を駆けずり回り、逃げろと本能が命令する。が、フェリシーを守らなくてはという想いだけでヴィヴィはディスターを睨み付けた。堕天使はその様子を見て、感心するように頷いた。


「いい目をしているな。その目が恐怖で歪みのをぜひ見てみたい」

「ヴィヴィ! 逃げて!」

「死ね」


 堕天使はうれしそうに笑いながら光弾をヴィヴィに向けて放った。


「ヴィヴィィィっ!!」


 フェリシーの悲鳴とも呼べる叫び声は爆発音によってかき消された。


「ヴィヴィ! ヴィヴィ!!」

「フェリシー様!」


 ヴィヴィがいた場所に駆け寄ろうとしたフェリシーを周囲の修道女は必死に止めた。


「ヴィ、ヴィヴィ~……あぁ、うぁぁぅ、ああぁぁ、ヴィヴィィィ~!!」

 

 フェリシーは無我夢中に修道女達の手を払いのけようとしていたが、不意に力なくその場に座り込み声を殺して泣き出しだ。


「……み、皆さん、無事ですか」


 フェリシーと修道女達が悲しみと絶望に染まっていると後方から聞いた事のある声が聞こえてきた。後ろを見るとジョージが台所の横にある裏口から顔を覗かせていた。


「……」


 声をかけてきたジョージに対して修道女達は皆、口を閉じてフェリシーに視線を送った。


「フェリシー」


 ジョージがゆっくりと裏口から修道女達がいる場所へと歩いてきた。


「ジョ、ジョージ?」


 フェリシーはジョージに気づくと修道女達を押しのけて抱き、再び泣き出した。


「ジョージィ! ヴィヴィが、ヴィヴィがぁ!!」

「フェリシー、落ち着いてください」

「ヴィヴィが! だって、ヴィヴィがぁ!」


 錯乱しているフェリシーをジョージは自らの胸に押しつけるように抱きしめた。


「誰だ? 貴様」


 唐突に冷静なディスターの声が聞こえてきた。ジョージと修道女達は声に反応して煙が上がっている場所に目を向けると次第に土煙が晴れてくると男性のような人影が女性の人影を両腕に抱えて立っているのが見えてきた。


「時間を稼いでくれた事に礼を言おう」


 どこから現れたのかユーリが悠然とその場に立っていた。ユーリの両腕の中には無傷のヴィヴィで抱きかかえられていた。当事者のヴィヴィは何が起こったか分からない様子で目を見開いてユーリを眺めている。


「ユーリっ!」


 フェリシーのうれしそうな声にユーリは視線をそちらに向けた。


「司祭、早くそこらにいる人間達を避難させろ」


 ユーリはフェリシーの傍にジョージがいるのを確認すると、外へ逃げるように指示を出した。


「分かりました」


 ジョージは自分やフェリシー達がいては邪魔なだけだとすぐに理解して、フェリシーと修道女達を外へ誘導し始めた。


「君も立てるか」


 ユーリは両腕の中で現状が理解できず、思考停止状態に陥っているヴィヴィに話しかけた。ヴィヴィはユーリに声を掛けられてようやく思考を取り戻し、自分が今かなり恥ずかしい格好をしていることに気付いた。


「え? あ、ちょ、ちょっと離して!?」


 ユーリは突然暴れだしたヴィヴィに対処できず、腕の中からヴィヴィが床に落ちてしまった。強く床に腰を打ち付けたヴィヴィは痛みに耐えながら立ち上がると、ユーリを睨み付けた。


「だ、誰なんですか!? あなたは!」

「俺の事はどうでもいい。動けるのなら早く皆と逃げろ」

「逃げろって……」

「あまり俺を無視するなよ」


 ユーリの後方でディスターが少し怒っているような声を発した。同時に数発の光弾がディスターの周囲に出現し、一斉にユーリに向かって放たれた。

 ユーリはディスターに背を向けたまま迫り来る光弾に右腕を伸ばす。伸ばされた右腕の先からは幾何学模様が描かれた青白く輝く光の円が発生した。光の円がユーリの背丈の倍ほどに広がった瞬間、ディスターが放った光弾が円に激突し、爆発音が食堂内に響いた。


「早く逃げろ」

「あ、あなたはいったい」


 先ほどまで惨劇を繰り返していたディスターの攻撃を平然と防いたユーリに対してヴィヴィは畏怖を感じた。


「お前、人間ではないな」


 ディスターは両腕を前で組みながら興味深そうにユーリを見た。ヴィヴィもディスターの言葉に改めてユーリを観察するが、見た目はどこにでもいる人間の青年だ。


「人間の魔術師ごときが私の攻撃を防げるとは思えん。万が一に防げたとしてもそれには呪文の詠唱が必要だろう」


 ディスターは不意に光弾を出現させると再びユーリに向かって放った。ユーリは先ほどと同様に光の円、魔法円を展開して光弾を防いだ。


「やはり、詠唱を唱える時間はないし、唱えているようにも思えない。これがどういうことだが分かるか? そこの女」

「え?」


 不意に質問されてヴィヴィは困惑した。ただでさえ、不可解なことが連続して起きているのだ。ここでヴィヴィにまともな回答などできるわけがない。


「分からないか? やはり貴様ら人間には難しすぎたか」

「な!?」


 あからさまに馬鹿にされてヴィヴィは頭に血が上っていくのが分かった。


「つまりだ。つまりだぞ! 詠唱もなしに魔法を放て、且つ、私の攻撃を防げる存在。それは少し前の私と同じ天使、または全ての魔術の祖たる悪魔しかいないということだ!」


 ディスターの言葉にヴィヴィはもちろん、逃げようとしていた修道女達も思わず振り向き、驚愕の目でユーリを見た。唯一、正体を知っていたフェリシーやジョージは動きが止まっている修道女達に早く逃げるように声を掛け続けた。


「悪魔? 悪魔がなぜ?」

「君はまだいたのか。早く逃げろ」

 

 目の前の人物が悪魔と言われて困惑しているヴィヴィに対して当人ユーリは平然としまま、先ほどと同じ言葉を繰り返した。


「なぜ? なぜ悪魔がここにいるのですか!? え? なぜ? なぜ、先ほど私を助けた? え?」

「シスターヴィヴィ! 早く、こちらへ!」


 混乱しているヴィヴィにジョージは駆け寄り、声を掛けた。


「司祭様? 何が、何が起こっているんです!?」

「落ち着いてください。シスター」


 ジョージはヴィヴィを落ち着かせようと両手で肩を押さえた。その時、反射的にヴィヴィはジョージの頬を殴打した。


「触らないでください!!!」


 殴られたジョージは勢いよく床に転がった。あまりにも意外なヴィヴィの行動にその場にいた皆、ユーリやディスターですら唖然としてその光景を見ていた。


「はっ!? フェリシー様!」


 ジョージを殴ったことにより正気を取り戻したヴィヴィは、自分が殴り飛ばしたジョージを無視してフェリシーがいる場所に急いで駆け寄っていった。


「ヴィ、ヴィヴィ?」

「フェリシー様! 早くお逃げ下さい! さあ!」


 ヴィヴィはフェリシーを避難させようと食堂の裏口へ向けて強引に背中を押し始めた。フェリシーは背中を押されながら横目でジョージがゆっくりと立ち上がるの見て、無事な事を確認した。そして次に視線をディスターと対峙しているユーリに向けた。


「ユーリ!」


 フェリシーの呼び声にユーリは首だけを動かして視線をフェリシーに向けた。だが、すぐディスターに視線を戻してしまった。悪魔であるユーリに声をかけた事で後ろにいたヴィヴィが何か言いたそうだったが、フェリシーは構わずユーリの無事を祈りながら裏口から食堂から脱出した。

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