第12話 成長

「フェリシー様。やはり私達が……」


 フェリシーを心配する修道女達の声が庭園から聞こえてくる。


「大丈夫だよ。これくらい」


 フェリシーはそう言うと手にしていたスコップを地面に突き刺した。その作業を中央に生えている花を円で囲むように続ける。フェリシーの脇には小さな鉢植えが置かれていた。先日ユーリに言われた通り、花を鉢植えにして部屋に飾るつもりなのだ。

 フェリシーの作業を修道女達はオロオロしながら見ている。もし、フェリシーが作業中に手に怪我でもしたらそれは自分達の責任になるだろう。そしてその後、待っているのはヴィヴィの説教である。修道女達は最悪の事態を想像して身体を震わせた。


「よし、これくらいで……」

「何をなさっているのです!!」


 フェリシーが花の付け根を持って持ち上げようとした時、ヴィヴィの声が庭園に響いた。修道女達の顔が一斉に青ざめる。


「あ、シスターヴィヴィ。どうしたの? 勉強はまだだよね」

「フェリシー様、何をしていらっしゃるんですか?」


 フェリシーの質問を無視してヴィヴィは詰め寄ってくる。もちろん、周囲にいた修道女達を睨みながらだ。


「花を鉢植えにして部屋に飾ろうと思って」

「鉢植えにするのでしたらシスター達に頼んでください。フェリシー様が手を汚される必要はありません」


 ヴィヴィの指摘でフェリシーは初めて自分の手が土で汚れていることに気付いた。


「これくらい洗えばすぐ綺麗になるよ」

「土の中にどんな病気があるか分かりません! それが原因でフェリシー様がお体を壊されたら大変です!」

「でもそれだったらシスター達も同じく病気になるよね。私の我が侭でシスター達が病気になるのは嫌だな」


 フェリシーが珍しく正当な反論を言ってきたのでヴィヴィは苦い顔をした。以前まではここで口調が崩れて訳の分からない言い訳を始めていたのに、最近ではきちんとした正論をいうようになってきた。最近、少しずつにフェリシーは変ってきているとヴィヴィは感じていた。

 ヴィヴィが疑問に思うことばかりがここ最近続いていた。聖女としての自覚に目覚めてきたというわけではない。やんちゃなのは相変わらずだ。だが、ヴィヴィの目には時々フェリシーが別人のように見えていた。


「フェリシー様と修道女達の立場が違います。それに私を始め、シスター達はフェリシー様のお役に立つ事が仕事なのです。その者達から仕事を奪わないでください」

「ヴィヴィ、なんか怒ってる?」

「怒ってなどいません!」


 今のヴィヴィの態度はフェリシーの目にはどう見ても怒っているようにしか見えなかった。フェリシーは周囲にいる修道女達に同意を求めて視線を送るが皆、困った様子で視線を合わせないようにしていた。フェリシーは小さくため息を付くと手にしていたスコップを地面に置いた。


「分かりました。シスターヴィヴィ。じゃあ、残りの作業はシスター達にお任せします。みんな、後はお願いね」


 意外にも潔く引き下がったので少し驚いたヴィヴィだったが、フェリシーが手を洗うために水場に向かうと慌ててその後を追った。


「フェリシー様」

「ん、ヴィヴィ。どうしたの」


 ヴィヴィが追いつくと、フェリシーは水の入った桶で手を洗っていた。


「いえ、特に用事はないのですが」

「ふ~ん、そう? はぁ、水が冷たくて気持ちいいね~」


 何だが分からない不安に駆られて追いかけてきたヴィヴィだったが、桶に手を入れて和んでいるフェリシーの姿を見ているとそんな不安は消えてしまった。いつものヴィヴィが見ていたフェリシーがそこにいた。


「何故急に鉢植えを飾ろうとしたのですか。花なら花瓶に生ければよいのでは」

「花瓶にしちゃうと花を根元で切ることになるでしょ。そうするとその花にはもう精霊が住めなくなるんだって」

「は、はぁ……」


 いきなり精霊という単語が出てきたのでヴィヴィは困惑した。精霊の存在は信じているがこうも当然のようにと言われると戸惑ってしまう。


「誰がそのようなことを?」

「ユー、じゃなくてジョ、ジョージだよ」


 フェリシーの視線が斜め上を向いた。

 嘘を付いている時の態度だ。だが、例え視線が斜め上を向いていなくともジョージから精霊のことを聞いたなどとはヴィヴィには信じられなかった。そもそもジョージはあまり信仰心がないことをヴィヴィは感じていた。理由としてはジョージがミサで寝ている時があるし、戒律を破った事も一度や二度ではないからだ。

 それでもジョージが司祭の資格を剥奪されて修道院から追い出されないのは聖女フェリシーの実兄であることはもちろん、選ばれたものでしか入学できない国立大学を首席で卒業していることが理由である。あのジョージが国立大学を首席で卒業と知った時は信じられず、神さえもヴィヴィは一時疑ったが事実なのだから仕方ない。


「フェリシー様。もう一度お聞きします。誰がそのような事をおっしゃったのですか」

「だ、だからジョージ」

「司祭様がそのような事をおっしゃるとはとても思えませんので」

「うわぁ、ジョージが物凄くけなされてる」


 ヴィヴィの言葉に遠慮はなかった。


「誰にお聞きしたのですか」

「ジョ」

「嘘はいけませんよ」


 ヴィヴィはフェリシーの言葉を遮ると怖いくらいの笑顔で詰め寄ってきた。フェリシーは思わず後ずさる。その時、フェリシーは足元にあった桶に足を取られてしまい勢いよく身体が後に反り返った。ヴィヴィは慌ててフェリシーの腕を掴もうと手を伸ばす、が届かないず、結局そのまま勢いよく桶の中に尻餅を付いてしまった。


「す、すいません!? フェリシー様!? お怪我はありませんか!?」


 ヴィヴィが心配した顔でハンカチを取り出すとフェリシーの顔を拭き始める。フェリシーはくすぐったそうに目を細める。


「うん、ちょっとお尻が痛いけど大丈夫。あと冷たい」

「早くお着替えを!! 風邪などひかれたら大変です!」


 ヴィヴィは手を引いてフェリシーを立ち上がらせるとそのまま手を引っ張ってフェリシーの部屋に向かって走り出した。


「ちょ、ちょっとヴィヴィ! そんなに急がなくても~」

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