第11話 悪魔ユーリ―の疑問
「盗み聞きとはずいぶんいい趣味だな」
祭りで賑わう街の裏路地にユーリのするどい声が響いた。ユーリの右手には一羽のカラスが握られていた。
「いや、最近暇なものでね。いろいろな事柄に耳を傾けているのさ」
ユーリの問いの答えたのは立派な顎鬚を生やした紳士だった。紳士は笑みを浮かべながらユーリの射殺すような視線を受けて止めていた。ユーリは紳士の態度に気分を害し、なんの躊躇もなくカラスを握りつぶした。その瞬間、カラスは姿を消し、ユーリの手に髪の毛の束が現れた。ユーリがさらに手に力を込めると髪の毛は青色の炎を上げて燃え尽きた。
「使い魔を使っての盗み聞きとは、あまりいい趣味ではないな」
「髪に魔力を込めて三分だ。簡単だろう? 盗聴するくらいならそれで十分だからな」
「奴らの二番煎じだろう」
「まあな、前から興味があったので試した。以外に簡単だったぞ。もっとも奴らはハトで私はカラスだが。ユーリも試してはどうだ? ワザワザ聖女に会いに行かずとも様子を気付かれずに観察できるぞ」
「この前の続きをしてやろうか」
ユーリの目にさらに殺気が宿った。紳士を殺すことに何のためらいもないという意志を宿した目だ。
「止めておけ、ユーリ。あのまま殺しあっていたらおまえは死んでいたぞ」
「ふん、俺にはまだ奥の手があった」
「そうか、そうか。だが、それはきっと無駄だったろうな」
楽しげに笑う紳士の肩に一羽のカラスが舞い降りてきた。紳士はカラスを掴むとそのまま握り潰し、髪の毛に戻して、そのまま食べ始めた。しっかりと噛み締めて飲み込んだ後、紳士の口がにやっと笑った。
「自分の髪を食べるなど……見ているだけで気持ちが悪い」
「そう言うな、ユーリ。これはこれで癖になるぞ。それに面白い情報があったぞ」
「貴様の面白いはロクな事ではない」
ユーリは興味がないと態度に示しその場を去ろうとした。が、紳士の次の言葉に足を止めた。
「聖女に関する事なんだが……」
ユーリはゆっくりと振り返り再び紳士と向き合った。紳士は先程以上の笑みを浮かべた。
「珍しく熱心だな。ユーリ。おまえが何度も同じ人間に会いに行くとはどういう心境なのだ」
「黙れ。さっさと聖女の情報とやらを教えろ」
「そう急かすな。ゆっくりと話し合おうじゃないか」
ユーリの右肩に突然、短剣が出現したかと思うと紳士に向けて一直線に飛んでいった。短剣は紳士の顔の少し横を通り過ぎると背後の壁に突き刺さった。
「貴様と話し合いをする気はない」
「そんなに気になるのか。あの小娘が」
「死ね」
再び出現した短剣が今度は紳士の顔に突き刺さる角度で飛ぶ。だが、紳士が瞬きを一つすると短剣は紳士の顔の直前で静止し、そのまま地面に落下した。
「これはこれは、剣の王として呪の王たるユーリが人間の小娘ごときに……」
「何が言いたいだ。おまえは」
「それは愛なのか?」
紳士の顔から笑みが消える。ユーリは目の前の紳士の事を毛嫌いしているが、それでも長い付き合いであるだけに紳士が本気で問いかけている事くらいは察することができた。ユーリは殺気を消し、何かを考えるように空を見上げた。
「……分からん。よく分からん」
「愛とはなんだというおまえの疑問にようやく光明が差してきたのではないか」
「……」
「魔界で笑い者にされ、人間界に来て数百年、何人もの人間に問うてきた問題の答えが見るのではないか」
「……分からん。だが、今までとは何か違う気がする」
「見つかるとよいな。我々が失い、人間達が絶えず受けている愛という存在の答えが」
見ると紳士は笑っていた。先程までのユーリをからかう様な笑いではない。紳士のその笑みにユーリは紳士と始めて出会った時の事を思い出した。
「貴様だけだったな」
「ん?」
「俺のその疑問について笑わなかったのは」
「そうだったか」
紳士は古い記憶を辿るが、少しも思い出せなかった。紳士本人にとって大した出来事ではなかったのだろう。
「思い出せんな。何百年前だ」
「忘れたよ」
「おい、おまえが言い出したのだろう」
「だが、貴様が笑わなかった事だけは覚えている」
ユーリも確かな記憶があるわけではなかった。だが、皆が笑いながら帰った後、紳士だけがその場に残り自分の話の続きを聞きたいと言ったのは覚えていた。
「それは感謝しているのか。この私に」
「誰が貴様に感謝などするか。逆に貴様の道楽に付き合う俺に感謝して欲しいくらいだ」
「そうか、ではその感謝の印だ。聖女に関する面白い情報を、いや、お前にとってはあまり面白い情報ではないだろうが教えてやろう」
「早くしろ。俺は暇ではない」
「私は暇だ」
ユーリは無言のままどこからともなく剣を出現させ、手に取ると紳士に向けて構えた。
「冗談だ、冗談。だが、せっかちはいかんな」
「さっさと話せ」
「分かった」
紳士はやれやれとため息を付いた後、聖女に関する情報を話し始めた。紳士の情報は確かにユーリにとって面白くない情報だった。
「その情報は本当か」
「さあな、ただの冗談かもしれんし、本当かもな。それに有効な手段ではある」
「だが、そのような行為……他の王はいざ知らず、我らの王が許すものか!」
「確かにあのお方の嫌いなやり方だ。しかしな、ユーリ。王がそのようなやり方を嫌っている事を知っているのは王の直属の者達だけだ。下々、ましてや奴らが知っているはずがないだろ」
「貴様は止めないのか。奴らは王の嫌いなやり方でこちら側に来ようとしている」
「こちら側と言っても正確にいえば七つに分かれるだろう。王は七人いる。彼らが我らが王に付くとは限らんし、もし付いたとしてその時に始末すれば、済む話だ」
ユーリは紳士の言葉が終わるのを待たずに背を向けると裏路地のさらに薄暗い場所に向けて歩き出した。
「どこに行く?」
「奴らを探す」
「まだ本当だとは分からんだろう」
「本当だと分かった時にはもう遅い」
紳士は確かになっと頷くとユーリの後を追いかけた。ユーリが迷惑そうな顔をするが紳士は気にしない。
「暇だからな」
二人の背中は裏路地の闇へと消えていった。
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