第6話 罪人と
「これより斬首刑を執行する!」
高らかな死刑執行人の声に首都エラスムスの大衆広場に集まった民衆から歓声が上がった。
広場の中央には木で作られた壇が備え付けられており、その壇の中央には罪人を苦しませずに死刑を執行するための道具、斬首台が設置されていた。
死刑の執行を見に来た民衆の数が前回、斬首刑が行われた時に比べて断然に多かった。それだけ今回の罪人に関心があるということだ。
「では、罪人を壇上へ!」
壇上に二人の僧兵に連行されて一人の青年が姿を現した。両腕を背中で縛られながら青年は必死に体を動かして抵抗している。
「俺は無実だ! 俺は山になんか登ってない!」
青年の主張を二人の僧兵は無視して斬首台の傍まで連行し、抵抗する青年を力づくで座らせた。
「では、これより罪状を読み上げる!」
「俺は無実だ! あの日、俺は朝からずっと自分の家で……」
「罪人、ノートン・リエインは教皇様の命に背き登山禁止日にパルノン山に登り、その後、同日同山に居られた聖女フェリシー様に危害を加えようとした。よって!」
「絵を描いていたんだぁ!」
「背信者とみなし、死刑を執行する!」
ノートンの声と死刑執行人の声が重なり合って広場に響く。広場の民衆は一層興奮に沸き立つ。誰一人としてノートンの主張に同調する気が感じられない。むしろ逆に早く死刑を望む声が飛び交っていた。
「うわぁぁぁぁ!!」
民衆の一丸となった死刑を望む声を聞いたノートンは最後の抵抗とばかりに残る力をすべて出して暴れる。が、すぐさま僧兵の手にしていた槍の柄がノートンの後頭部を襲った。
「っ!」
「無駄な足掻きをせずに、潔く刑を受けよ。それがせめてもの償いぞ」
声を発したのは貴族専用の観覧席にいた男性、礼服に身を包んだ僧兵団団長レバーノンだ。レバーノンの顔は自分の命が永らえた事に対する安堵に満ちていた。
「何なんだよ! あんたは! 突然、家に押し入ってきて何も言わせないまま捕まえやがって!」
「教皇様の命に背いたものに弁解の余地など与えるわけがないだろう」
「罪人、ノートンを斬首台へ!」
死刑執行人の声に従い、僧兵達が抵抗するノートンを両側から抑えて斬首台へと連行する。斬首台に首が固定されれば、本当に終わりだ。どんなに暴れようとも上から降りてくる刃は避けることはできない。ノートンの体が死に対する恐怖で震え始めた。
「死にたくない! 死にたくない! 死にたくねぇぇぇぇ!!」
その時、ノートンの声に呼応するかのように広場に一陣の風が吹き砂が舞い上がった。風で舞い上がった砂から目を守るために僧兵、観覧者らは皆、目を閉じ腕で顔を覆った。風が吹き去り再び皆が目を開けた時、その場にいた誰もが驚愕した。
今、まさに斬首刑にかけられようとしていたノートンの姿が壇上から消えていた。ノートンのすぐ脇にいた僧兵も何が起こったか分かっていない様子で必死にノートンの姿を探すが、やはりどこにも発見できない。
「ど、何処に行ったのだ!!」
動揺したレバーノンの叫び声が広場に響いた。
(ようやく、ようやく、あの日、誰とも会っていない人間を見つけたのだ。あいつが山に登ったかどうかの有無はどうでもいい。とにかく、あいつの首が落ちれば、自分の命が救われるはずだったのに。これでは犯人の失踪も含め、今度こそ自分の首が落ちてしまう)
「何処へ行った! 僧兵! 探せ、探し出すのだ!」
レバーノンは震えだす四肢を必死に押さえ、周囲にいる僧兵達に激を飛ばした。
※
ノートンが目を覚ました時、なぜか地面に横たわっており目の前には斬首台ではなく森が広がっていた。広場の民衆の声も聞こえない。ノートンは自分が死んでしまったのかと思った。だが、手から生い茂っている土と草の感触がまだ自分は生きているのだと教えてくれていた。
「い、いったい何が……」
「すまなかった」
自分の身に何が起こったか分からず混乱していたノートンの背後から突然、声がかかった。ノートンは驚いて後ろを振り向いた。
「なっ!」
ノートンは驚きのあまり心臓が停止しそうになった。木漏れ日が降り注ぐ森の中、ノートンの背後にいたのは背中から黒い蝙蝠のような翼を生やした黒づくめの服に身を包んだ青年だった。
「俺のせいで君に迷惑をかけてしまった。本当にすまない」
「……」
ノートンは唾を飲み込み、必死に状況を理解しようと脳を働かせた。
(なんだ!? 何が起こっているんだ!? 俺はどうなったんだ!? 目の前にいるのは……)
「あ、悪魔……」
ノートンは森の喧騒にすらかき消されそうな小さな声で目の前にいる青年を形容する名を口にする。
「そうだ」
自らを悪魔と名乗った青年はそう答えると手にしていた袋をノートンに差し出した。が、対するノートンに袋を受け取る気など起こるわけがなく、目の前の悪魔から逃げようと必死に手足を動かして後ろへと下がった。
悪魔はその様子を見ると、袋の中に手を入れて袋の中から陽光に照らされて輝く宝石を取り出すとノートンに見せた。宝石に関する知識などまるでないノートンの目から見ても高い宝石であることは明白な代物だった。
「受け取ってくれ。売ればしばらくの間は生活ができるだろう」
悪魔は宝石を再び袋に入れてノートンに向けて放り投げた。ノートンは恐る恐る脇に落ちた袋を手に取り、中を覗き込む。
「すごい……」
袋の中には先ほどの宝石と同じかそれ以上の価値がありそうな宝石が袋いっぱいに入っていた。
「な、なんで宝石を俺に……」
「せめてもの償いだ。君が殺されそうになったのは俺のせいらしい」
「……ま、まさか!」
ノートンは最初、何のことだか分からなかったが自分が斬首刑を言い渡された原因を思い出すと一つの結論が頭を過ぎった。
「あんたが聖女様に会ったのか」
「そうだ。聖女だと知らなかったがな」
悪魔は答えるとゆっくりとノートンに近づいてきた。ノートンは宝石の入った袋を慌てて抱きしめて後ずさった。
「この国にはもういられないだろう。隣国まで送る。そこからは自分の力で頑張ってくれ。できればもう少し世話をしてやりたいが、契約者でない者にあまり力を貸すことはできない」
悪魔はノートンの言葉を待たずに両手で印を切る。
「異なる空間を繋ぐ扉よ。我が力にて開き、かの地へ繋げ」
悪魔が言葉を放つと同時にノートンの真下に紫色に輝く魔法円が現れた。魔法円はゆっくりと回転し始め、徐徐に光を強めていく。ノートンは恐怖を感じて魔法円から出ようとするが、何か不可思議な力によって四肢が押さえつけられて動くことができない。
「うわぁぁ、うわぁぁぁ!!」
絶叫するノートンの体が、徐々に魔法円に沈んでいく。
「すまなかったな」
悪魔は完全に下半身が沈んだノートンを見ながらもう一度謝った。しかし、ノートンに悪魔の謝罪を聞き取る余裕はなかった。最後の最後、頭が魔法円に沈みきるまで奇声を上げ続けて悪魔の前からその姿を消した。
悪魔はノートンが沈んでいった魔法円が消え去るのを確認すると、その場に背を向けて歩き出した。
その足は森の奥でなくエラスムスの街へと向けられていた。
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