第12話 泣いていたのは、誰?ようやく、はじまりのはじまりが、はじまった?
「誰か、いるのか?」
ヒビキの手は、止まらなかった。
「入るぞ!」
ガラガラガラ…。
教室の扉を横にスライドさせて、部屋の中を覗いてみた。
「…なあ。誰か、いるのか?」
だが、声は、返ってこなかった。
「誰も、いないのか?道を、教えてくれ」
答えは、返ってこないままだった。プレハブ教室の中は、ゆるゆるとした、異次元の空気だった。
「…あのう。おかしいな。誰か、いるんじゃないのか?」
粘ってしまった。
離したくないような懐かしさを、感じていたからだろう。
教室の中からは、相変わらず、懐かしい異次元の香りが、漂ってきていた。
「この雰囲気は、何だ?」
そこには、途方もないような寂寥感が、混在していた。
「これは…?」
過去が、押し寄せてきた。
「プレハブ教室か…!」
小学生のころの光景が、甦ってきた。
「ヒビキくーん!ヒビキくーん!」
「はい」
プレハブ教室を見ると、そんな過去の幻影を、思い出してしまうのだった。
「ヒビキくーん!」
「はい」
「もっと、元気よく!」
「はい!」
「ヒビキくーん!」
「はーい!」
「はい。元気に、良くできましたー!」
クラス全体が、ニコニコしていた。
「いけない。思い出すな!俺!」
正気に、戻した。
クラスの他の人たち数名がクスクスしていた幻影が、止んだ。
「これは、何かの覚醒なのか…?」
ヒビキにとっては、楽しかった昔のビジョンが脳内麻薬となっていたのか。過去の自分との、さすらいたる、さめざめとした邂逅になっていた。
「待て、待て。騙されたら、いけない。こんなのは、幻覚だ」
その懐かしすぎた幻を惜しみながら、打ち消した。
「落ち着け、俺」
首を、横に振った。
すぐに、現実に戻ろうとしたのだった。
「落ち着け。俺は、家に帰りたかっただけなんだからな…」
再び、声を上げてみた。
「誰か、いないのかー?」
…。
さらに、念を押してみた。
「誰か、いるんだろう?おーい!いるんだろう?」
すると、やや間があって、返答がきた。
「そんなに、何度も言うなって」
返ってきたのは、男の子の声だった。
そのとき、だった。ヒビキの目の前が、急に開けたようになったのだ。
先ほどまでは誰もいなかったはずの教室の中に、新たな光が、ゆさぶりをかけはじめていた。それはそれは、大いなる創造だった。
「俺の目の前が…!」
ヒビキが驚いていると、どこかから、こんな声が聞こえてきた。
「泣かないで」
「うん…」
「元気を、出してよ」
「うん…」
瞬きが、重なった。
「君は、悪くないんだから」
「うん…」
「どうか、泣かないで」
「うん…」
声は、闇夜のハーモニーを、奏でていた。
「そうよ」
「ね?」
「泣かないでおくれ」
「うん…。でも…」
女性は、泣き続けていた。
ぽろぽろと、涙を流して…。
いくつもの思いが、瞬時に生まれ、弾かれていた。
声が、増えた。
呆気にとられていたヒビキの前に、いつの間にか、数人が集まっていた。
「…まずいところに、きちゃったか?」
突っ立っていたヒビキは、途方に暮れた。
そんなヒビキの様子を憐れんだか、また、声がした。
「それで、何だい?」
男の子の声、だった。
「泣かないでおくれ」
「うん…」
「泣かないで」
また、泣いていた。教室内を漂うやりとりは、変わらなかった。
「…何なんだよ」
ヒビキは、そんな男の子のぶっきらぼうさに押されまいと、勇気をもった。
「いるんだよな?」
「ああ、入ってますよ。…じゃなかった。入って、良いよ」
「じゃあ、入る」
「ああ」
男の子とは、変なやりとりになった。
ヒビキは、顔を赤らめていた。
「俺、迷っちゃったみたいなんだ」
「だから君は、道を、聞きたいんだ」
「そうだ」
「迷っちゃったんだね?」
「そうだ。悪かったな」
ヒビキは、懺悔をしていた。男の子は、おかしなことを、言ってきた。
「君は、今夜も、迷っていたのか」
見透かされたようで、ムズかゆくなった。
「君は、今夜も…。って…。俺のことなんか、何にも知らないくせに。帰り道を、教えてほしいんだよ!」
それにたいして男の子は、不満顔だった。
「うーん…。それは、人にものを聞く態度じゃないぜ?マナーが、できていないよ。お願いです、教えてくださいじゃ、ないの?」
駄菓子屋の小学生のように、怒られてしまうのだった。
「…おばあちゃんに、怒られるよ?」
「何?おばあちゃん、だって?」
怒りたくなった気持ちは、抑えて…。
「お願いします。道を、教えてください」
そう言うと、男の子は、にこやかにした。
「うん。良いよ」
「やれやれ…」
ヒビキは、1つの仕事を終えた満足で、くたびれていた。すると、男の子は、そんなヒビキの様子に勘付いた。
「そんな程度でくたびれたんじゃ、ダメだね。社会で生きていく力に、欠ける」
そんなことまで、言ってくるのだった。
「メンタルも、ない」
さらには、そうも、言ってくるのだった。
ムッとしながら、男の子に迫った。
「一体ここは、どこなんだ?」
「想念の、プレハブ教室だ」
やっとまともなやりとりに、なってきた。
「入るからな」
「どうぞ」
安心感をうそぶきながら、その建物内に、踏み込んでいた。
はじまりのはじまりが、ようやく、はじまった気がした。
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