第11話 プレハブ教室が放つ、幻の明かり。導かれる先は、天国なのか?

立ちはだかったのは、警察官だった。

「君は、何者かね?」

「ええ?」

「君だよ、君?」

「あ、はい…」

「はいじゃ、ないんだよ」

「す、すみません…」

「おい。君は、30歳を過ぎているよな?それで、こんなところで、何をやっているんだ。今は、昼間だぞ。昼は、仕事をするのが、当たり前だろうが!言え。…何?夜勤の人は、どうなのかって?夜勤って、何だよ?昼間働いて、夜に寝る。これが、当たり前だろう?おい?金は、持っているのか?出してみろ」

 社会には、こういう人たちが、いたのだ。信じがたい話だが、本当に、このような警察官がいたのだ。 

 これが、社会だ。

 「おい。30歳を過ぎて、朝から働けていない社会人が、いるものか?金を持っているのか、聞いているんだよ。出せ」いわゆる、職務質問で足止めを食らわされたのだ。

 駄菓子屋にいって、見知らぬ神に怒られた思い出ばかりが、浮かんできた。ヒビキは、必死になって、説明をしていた。

 「し、仕事を、探しにきたんです!昼間、成人が私服で歩いていては、いけないのですか?夜間に働いていて、昼間に起きる人も、いるんですよ?その人たちのことは、どう思うのですか?それでも、怪しいって、いうんですか?」

 これに警察官は、怒った。

 「バカ言ってるんじゃ、ない!夜働いて昼間寝る人間が、いるものか!そもそも、30歳過ぎたら、誰だって働かなくてはならないんだぞ?働いて、税金を納めなければならんだろうが!君は、本当に、社会人かね!」

 本当に信じがたい話なのだが、これが、現実なのだ。

 かわいそうな社会、だった。

 就職氷河期世代の人たちは、どんな気持ちで、生きていたか。何が、誰がかわいそうなのか?比較論に陥れば陥るほどに、希望ももてず、酷でしかなかった。

 「家にこもってなんか、いませんよ。働いていますよ!ただ、今は、新型ウイルスによる影響で、リモート労働。ですから、会社にいかなくなっただけなんです!働いていますよ。生きて、いますからね!」

 近所の人には、そう弁明していた。

 が、なかなか、信用はしてもらえそうになかった。生き方の尺度が違うというのは、恐ろしいことだ。職探しに日中出歩いていた人をおどした警察官も、尺度が違うから故の病気に陥っていたのだろうか?

 幸せな社会を生きられた世代を相手にすれば、つらさをはじめとした主張には、差が生まれるばかりだった。

 「…俺の心が、すさんでいくよ。このまま実家にいるのは、嫌だなあ。昼間は、ハローワークにも、いけないのか。けれど、家にもこもれない。ここには、いたくない。実家には、居ずらいよなあ」

 そんなときに、思い出せた、良い場所があった。

 学生会館、だった。

 舎監と呼ばれる大家と交渉し、既卒就活アドバイザーとして住むことを許されたのは、たとえようもなく、幸運なことだった。格安家賃でもあったし、まわりの人の援助も良かったことから、住み続けることが、心地良かった。

 「…助かった。救われたよ。これで、むずむずとした変な感覚から、立ち直れるだろうか?やってみよう」

 アルバイトと親からの仕送りで、経済的には、何とか、自立ができていた。

 しかしながら、むずむずとした暗闇の雲の感覚は、完全には、拭えなかった。

 実家には、戻りたくなかった理由が、他にもあったのだが、はっきりとは思い出せなくなっていたのだ。

 これは、極めて、奇妙なことだった。

 ヒビキはたしか、母親を巡る何かの境遇的な出来事のことで、嫌になったことがあったはずだった。

 が、ついぞ、それを思い出すことはできなかった。

 「まだ、気持ちが悪いな…」

 暗闇の雲のまとわりように、くすぶっていた。

 「一難去って、また一難、か…。新たな、気持ちだ。俺は、どうして、実家に帰りたくなくなったんだっけなあ?」

 夜道を、ずっと、迷っていた。

 奇妙な迷いで、単なる、ヒビキ独自の方向音痴による迷いなどではなかった気がした。

 ヒビキの進んでいたその道は、小学生時代のヒビキが毎日のように通っていた、よく知っている道のはずだった。

 それなのに…。

「ここは、どこだ」

 先が、見えなかった。

 やはり、迷ってしまっていたのだ。

 「知りすぎていた道だったから、すんなりいけるさ」

 そう考えすぎていたのが、甘かったのだろうか。その道も、もう、かつてとは変わっていたのだ。

 時の流れで、道も、変わったのだ。

 社会の流れと、同じように…。

 小学生時代の感覚は、新しい時代には、通用しないということだったのか?

 外の暗闇は、深いままだった。

 「…おかしい」

 夜中に少し腹が減ったからと、ちょっと、コンビニまで走っただけだったのに。

 「どこなんだ。この、道は」

 甘かった。

 「落ち着け。落ち着くんだ、俺」

 欠けた月が、笑いながら、ヒビキの後ろを追ってきていた。

 すると、目の前に、小さな建物が現れた。

 良く見れば、ヒビキが小学生の頃に何度もお世話になった、学校のプレハブ教室のような建物だと、わかった。

 「おお、誰かがいそうだな」

 プレハブ教室には、明かりが満ちていた。

希望の光、だった。

 「ちょっとここで、頭を休めよう」

 優しさの明かり、だった。

 まるで、ヒビキを導く灯台なような存在として、揺らいでいたのだった。

 「こんなところに、こんな建物なんか、あったか?」

 気味が、悪かった。

 「プレハブ教室かあ…」

 小学生時代、学校帰りの道には、何の教室もなかったはずだ。

 「学習塾か、何かなのか?こんな教室があったなんて、知らなかったなあ…。新しくできた建物、なのか?」

 光が、妙に、気になった。

 すがりたい…。

 そして、逃げ込みたくもなってきた。

 「…そうか。この建物は、災害用の避難所に違いない」

 自身を正当化しなければやっていられないような、危うい心理状態になっていた。

 「ここは、避難所なんだ。そうだ、そうに違いない。避難所で、構わない。いや、避難所であってほしい」

 プレハブ教室の光は、ゆらぎ続けていた。

 幻の明かりはゆらめき、彼は、導かれた虫の気持ちになっていた。

 「俺が導かれる先は、天国か」

 光は、揺らぎ続けていた。

 「それとも、地獄なのか?神よ!」

 ヒビキの祈りが、大きくなった。

 何かが、ギシギシと、音を立てていた。

 教室の罪は、終わりそうになかった。




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