第10話 はつらつ便りは、やってきませんからね!警察官の、恐ろしさ。
ヒビキも、かわいそうになったくらいの身分。
就職氷河期世代の子たちは、我慢を重ねて待った便りに加えて、現実的ポストをも、サリトたちに奪われてしまったのだ。
「はつらつ便りなんて、絶対、こない…」
こういう流れがあるから、比較論と被害者意識論は終わらなくなってしまったのだ。日本社会は、さみしい限りだった…。
「僕たち私たちは、悪くないんでえ。国とか大人が、僕たち私たちに、そういう教育をやっただけなんでえ。こっちは、被害者なんで。文句、ある?」
日本は、ずっと、病的だったようだ。
議論は、尽きなかった。
今どきの若い世代の子たちは、強かった。そんな彼らを見て、教育論者などは、こう思ったものだ。
「この子たちは、社会に出て、嫌なことを乗り切れるんだろうか?努力をしなくても人生ルートを上手く渡っていけるというのは、幸せなことなんだろうか?定年退職世代のおじさんが、また、生まれる。そして、就職氷河期世代が、また、生まれてしまう。この国は、何をしたいのだろう?」
新社会は、疑問のままなのか?
「他人とは、競わない」
「がんばっちゃうなんて、恥ずかしい」
「悔しいだなんて、思わない。思ったら、負け。皆で一緒にゴールインができれば、それで、良いじゃないか」
「会社の、業績?俺には、そんなの、関係ないんですけれど」
「がんばって、泣く努力をする理由が、わからない」
「結局、内定もらえるでしょ?」
「就職氷河期世代?ああいう人は、放っておけば良いんだよ。努力なんか、しちゃってさ…。ああ、かわいそうに」
やっぱり、やっぱり、本当にかわいそうなのは、誰だったのだろうか?
サリトの追及に、母親の涙を知っていたヒビキは、我慢がならなかった。
「ねえ、ヒビキ?大学生活が、はじまったよね?新型ウイルス騒ぎで、無駄な1年のように、なっちゃったけれど…。でも、負けないで。このかけがえのない大学生活を、愛してね…。努力をしてね…。きっと、あなたには、良いことがあるから。お母さんたちのようになっちゃったら、ダメよ?」
母親によれば、ヒビキたちが生きていく社会は、定年退職世代のおじさんたちのものとは違ってくるかもしれないのだという。
教育模様の変遷で、生き方は、どうなるものか、わかったものではないのだという。
「教育、か…。俺は、こんな新型ウイルスの社会で、どうなっていくんだろうか?教育…。大学には、1年間、いけなかったな。大学には、入ったけれど…」
嫌なことばかりが、どんどん、湧き上がってきた。
「大学は、出たけれど…。違うな。大学には、入ったけれど…だよな」
教育分野の言葉が、頭をよぎった。
「児童生徒には、ただひたすら答えを覚えさせるのではなく、考え方や手順を教えろ。それができなければ、新卒教師か新しいおじさんが生まれていくだけだ」
次に、楽しいことを思い浮かべてみた。
お手伝いの駄賃として、母親にもらった小遣いを握りしめ、駄菓子屋に走っていく、子どもの頃の自分自身の姿が見えた気がした。
「もしも、駄菓子の教育というものが、あったなら…。本当の教育とは、駄菓子を与えることではなく、駄菓子の選び方、買い方、駄菓子屋のばばあとの戦い方を教えることなんじゃ、ないのか…?なんてな。駄菓子屋教室というものがあったなら、いってみたいものだな。不思議なもの、だな」
人は、社会に出れば、じたばたしながら、本当の意味での社会人になっていくものだ。
だが、ある一定の身分ある世代の人は、じたばたしなくても良いのだという。大きな努力をしなくても、入社したら、やんわり教育。
駄菓子屋の神のような存在は、なかった。
会社の人が、手取り足取り、優しく教えてくれるらしいのだ。
「良いなあ。彼らは、強いんだ。母さんたちとは、違ったものな。挫折とか、ないんだものな。今の時代、AIの活用で、挫折なんかも、ないんだろうなあ。就職氷河期世代っていう母さんたちが、俺たち以上に、気の毒でならないよな…。同じ人間とは、思えない。これが、身分差というものなんだろうな」
…。
「俺、どうして、走っているんだっけ?」
ピンチは、広がった。
「この道、まだ、わからん」
迷い続けていた。
「結局、本当にかわいそうなのは、誰だったんだ?」
後悔しても、遅かった。
「俺は、今、どうして、走っているんだ?本当に、わからなくなってきたぞ。俺は、かわいそうな男だよな。今どき世代に、なってみたいもんだ。そうすりゃあ、見知らぬ道を苦労してまで進まなくても良かったのに…」
夜の道を、走り続けるしかなかった。
「まずい。これは、ばばあにそそのかされて買わされたはずれ駄菓子のように、激辛にまずいぞ。まずいぞ、まずいぞ。ここは、どこなんだろうか?」
社会生活すべてが、激辛となっていた。
ヒビキの現状も、充分、傷付いていた。かわいそうな、くらいに…。
実家で過ごすのが、つらかった。
だからヒビキも、外出すべきかどうかについては、迷う日々だった。
ヒビキも、外出を控えた日々だった。ただし、今どき世代の子たちとは、外出を控える理由が、決定的に異なっていた。
新型ウイルスと出会わないよう、外出しなかったわけでは、なかった。
「外出したくは、ないんだよな。近所の人たちに、何を言われることかわからんからな。俺が、何か言われたら…母さんの落ち込む姿が、想像できるってものだ。こういうときだけは、駄菓子屋の神にうだうだ言われるほうが、ましだったのかもな。…母さんは、近所の人に、こう言われるだろう。お宅の息子さんは、大学を卒業したんですよね?それなのに、毎朝、仕事にいかないんですか?ってな。そういうことを、平然と言ってくる人たちが、いるんだからなあ」
ヒビキは、知っていた。
「学校を出れば、誰だって、働ける。しかも、正社員で雇用され、終身働ける。家族をもつのが、当たり前。子どももたず、誰も養えないのは、人間失格に等しい。本気でそう思っている人が、いる」
知っていたからこそ、ますますの、憎悪。
定年退職世代の月が出るようなことが無いよう、祈っていた。
そう信じて生きていく人たちと会ったときの対処法を、ヒビキは、母親から、きつく、注意されたくらいだ。
「ねえ、ヒビキ?社会にはね、かわいそうのレベルというのか、つらさの尺度が果てしなく違う人たちが、いるのよ?いろいろなことを言われて、怒りたくもなることでしょうね。でもね、絶対に、ケンカしちゃあ、ダメよ?私たちとは、違うのよ…。う、う」
「母さん…」
母親の言葉は、当たっていた。
ヒビキは、仕事を求めてハローワークにいった帰りに、困ったことを言い放つ男性2人に囲まれてしまったのだ。
「…おい、こら」
「だ、誰ですか?」
「ああ?俺たちの格好を見て、わからんのか?」
「ちょっ…。うそでしょう?」
教室の中は、簡素だった。
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