第9話 自己責任という言葉を知っていたのなら、逃げるのも、ありです。ただし、金や命、あのカードを落とさないように!

 今どきの会社は、たくさんのことを教えてくれて、優しかった。

 就職氷河期世代の子には、何も、教えてくれなかったのに!

 「ほら、そこのデスクに座って。はい、やって。その指示書を読めば、わかるでしょ?はい、やって」

 …教えてなんて、くれなかったのに。

 この差は、何なの?

 思えば、駄菓子屋のあの方も、かつての小学生らには、ぞんざいな扱いだったろう。

 しかし、駄菓子屋の神に怒られずに成長して、かわいそうだねと構ってもらえる新入社員は、暖かいデスクに向かうことができた。

 待っていれば、良かった。

 会社は、優しく優しく、今どき世代の子たちに声をかけた。今どき世代の子たちは、声をかけてもらえるよう、無邪気にゆるやかに、ニコニコとしていられたからだ。

 「うらやましいよ」

 まだ、比較していた。

 社会は、変わった。

 社会が変われば、そこに生かされる人も、変わらなければならなかった。自らが、生き延びていくために!

 褒めてもらってこその、今どき世代の子たち。褒めてくれない相手は、敵だ。

 敵と出会ったら、逃げてしまえ。

 今どき世代の社会では、戦ってはならないようだ。

 嫌なことからは、逃げれば良いのだ。

 そんな彼らを見て、定年退職世代のおじさんたちは、こう言っただろう。

 「今どきの若い奴らは、すぐに、退職してしまう。何を、考えているんだ。我慢してやり抜かなければ、仕事なんて、わからないだろうに!」

 おじさんたちの口は、軽やかだった。我慢をしてデスクに座っていれば、明るい未来が描けると、信じていたからだ。

 そんな2つの世代に挟まれて、ぐったりときていたのが、就職氷河期世代の人たちだろうか…。サンドイッチの具材のようにして、おとなしくしていなければならない人生ゲーム。

 「それを考えれば、今どき世代も、気の毒というものか。結構、かわいそうだったのかもしれないよなあ」

 いくつもの思いが、交錯していった。

 我慢をすれば良いじゃないかという、定年退職世代のおじさんたちによる魔法は、ビミョーだった。

 その強大な魔法が生んだのが、今どき世代流の、召還魔法だった。

 「…さあ、出てきてくれたまえ!待っても無駄なんで怪獣よ!」

 誰かがやってくれるまで待つことには慣れていたけれども、はつらつ便りだけはこないとわかっていたものだから、待てなかったのだという。何て、ハイスペック。何て、絶妙な悟りなのだろう?

 「待てば、良いじゃないか。そのうちに、良いことあるって」

 定年退職世代のおじさんたちは、いつまででも、過去の価値観に、しがみついていた。

 翻って、今どき世代の子たちは、羽ばたいた。

 「僕たち私たちには、我慢できないよ!」

 どこまでいっても、世代間ギャップ。

 今どき世代の子たちの気持ちも、よく考えてみたら?

 我慢したって、はつらつ便りは、やってこないでしょ?今どき世代の子たちによる社会感覚や解釈のほうが、実は、乙なものだったのかもしれないよ?

 世代間の共同作業は、難しくなった。

 流れに棹さして共に進んでいこうと考えれば考えるほどに、ギャップの嵐。

 「待っても、我慢をしても、はつらつ便りなんてこないんですけれど!」

 …社会って、面白いものだ。

 駄菓子屋と駄菓子屋の神なら何と言うか、知らないが。

 これが、駄菓子屋で論争になってしまったのなら、収束するんだろうか?そんなこんなで、ヒビキは、走り続けるのだった。

 「駄菓子屋の記憶が、現代社会論に、なってきたみたいだ。社会への理解には、今どき世代の子のもつ複雑な感覚もわかってあげなければ、いけないってこと、か。…何も言わなくても、わかってよ、ってことか。ニュータイプじゃねえって、いうのにさ。ははは。ああ、定年退職で勝ち逃げができる世代が、うらやましすぎだ。かわいそうな、俺たち。俺は、何で、こうまでして、走っていたんだろうか?」

 変わった社会では、こんな批判も、尽きなかった。

 「入社した会社をすぐに辞める若者っていうのは、何なんだ?けしからん!」

 定年退職世代のおじさんが、言いそう。

 超、早期退職?

 泣いちゃっても会社に入れなかったがんばり世代にとっても、およそ、信じられないことだった。

 が、それも、今のヒビキにはわかってきたから、奇妙だった。

 「うーん…。辞めたくなるのも、わかるよ。我慢して待っていたって、あのおじさんたちのように良いことは、起こらないんだものな」

 今どき世代の子たちのことを、考えていた。

 「自己責任っていう言葉が、今どき世代の子たちにも通じるのなら、辞めちゃえば良いんだよな。あれ?俺の心が、狂いはじめたのか?」

 悟り、バーチャル経験で世間擦れを起こして物わかりの良くなった今どき世代の子たちなら、怒っただろう。

 「はあ?なんで?すぐに会社辞めるのが、そんなにも、おかしいことなの?会社をすぐに辞めないで、いつまででもデスクにしがみついているほうが、考えられない。不経済。無駄。意味不明。嫌なら、退職をしてしまえば良いじゃないか。定年退職世代のおじさんたちには、新しい行動がとれなかっただけなんじゃないのか?いつまででも夢を見て、分析と見極めが、できなかっただけじゃないのか?だから、いつまででも、だらだら、残業とかしちゃうんじゃないの?」

 そんな感覚をもつのも、変わる社会の中でなら、ありだったろうか。

 今どき世代の子たちは、強かった。

 なぜなら、新卒という、がんばっちゃった子ほど期限が切れれば使えないという、意味不明のカードをもっていたからだ。

 今どき世代の子なら、卒業後数年は、新卒扱いとされた!

 …まただ。そんなこんなで、どう転んでも、世代間の話に、つながってしまうようだ。

 「どう?僕たち私たちが、うらやましいんでしょう?」

 そう言ったかどうかはさておき、この新卒カードを利用しないなどという手は、なかった。

 今の会社は、嫌になったら適当に辞めて、あなたを褒めてくれる会社に入り直せば良かったのだ。

 それができれば、再び、入社パーティが味わえるではないか。

 サリトたちは、そんな、オンリーワンにオンリーワンを重ねて、輝ける主人公生活を楽しめたのだという。

 就職氷河期といった世代の人たちから金をもらい、大切に育てられた、サリトたち。

 金を出した、というのか、ぶんどられたというのか…、へこんだ就職氷河期世代。  

 気付けば、悲惨。

 いつまでも、夜。

 泣かされた世代には、予想通り、恩返しなどなかった。





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