第8話 ああ、そういうことなの?就職氷河期世代に入社されては困る理由が、あったらしいよ?

 就職氷河期世代に入社されては、会社は、困るらしい。

 社会の教えは、深かった。

 就職氷河期世代に入社されてしまえば、おじさんたちのプライドが、無くなってしまうからだ。

 優秀な就職氷河期世代の人たちが、定年退職世代おじさんたちの下で働くということになれば…。

 階層破壊。

 終身雇用の正社員おじさんたちの生んだパワーピラミッド構成の時空に歪みが生まれ、ずぶずぶだ。

 定年退職世代のおじさんたちのプライドは、へろへろ。

 部下のほうが優秀ということになれば、会社の全業績の、オウンゴールだ。

 定年退職世代のおじさんたちは、これを、何としても阻止しなければならなかった。

 これが、日本社会を病的に陥らせる1つの原因になっていた。

 …なんて、いうまでもなかったか?

 こう言われてしまったら、日本会社は、パニックだ。

 「ちょっと、相談です!私の上司のおじさんは、新人の私たちの半分も仕事できないのに、あんなにも、金をもらうんですか?それでいて、終身雇用なんですか?それ、おかしくないですか?なぜですか?」

 なぜですかと聞かれても、もちろん、定年退職世代のおじさんたちには、答えられないだろう。

 定年退職世代のおじさんたちは、挫折をしても、泣いちゃっても、ピンチから立ち上がる生き方をしてこなかったから。

 …こういうところ、どこかの人たちと、良く似ていたよね。

 駄菓子屋の神が言った新卒一括採用のシステムは、神曲だ…。

 定年退職世代のおじさんたちも、神のような存在だったのか?

 そのおじさんたちは、強すぎた。小学生を前に立つ駄菓子屋のばばあかよっていうくらいの、強さだったろう。

 定年退職世代のおじさんたちは、何を言われようと、解雇されないようにできていた。

 ああ、強い身分だこと。

 最後の物語は、ずいぶん前、定年退職世代のおじさんたちが入社したときからはじまろうとしていた。

 会社は、若かりしおじさんたちと、こう約束をしちゃったのだ。

 「あなた方は、朝、我が社にきて、退社時間までデスクにいてください。そうすれば、給与を支払います。定年まで、雇用します」

 これが、定年退職世代のおじさんたちの、身分保障というものだった。

 こういう約束をしちゃったものだから、定年退職世代のおじさんたちは、仕事をしなくても良かったのだ。

 朝、会社にきて、デスクに座って新聞片手に、コーヒーを飲む。そして、定時で、帰社していく。いつの間にかいなくなった姿は、ファンタジーで聞く妖精のように感じられただろう。

 これに、就職氷河期世代は、怒った。

 「ふざけんな。妖精おじさんめ!」

 怒るのも、当然か。

 彼らは、どんな気持ちで、仕事をしていたか。それが、定年退職世代のおじさんには、わかっていたの?

 わかって、なかっただろう。

 「冗談じゃ、ないぞ!あのおじさんたちは、これで、定年まで会社にいられるのか?働かないのに、俺らより、金をもらってんのか?それって、クビにならないのか?」

 が、残念ながら、クビにはなりません。法律上、問題にはならないのだ。

 さあ、思い出そう。

 会社は、若かりしおじさんたちと、こう約束をしたはずだ。

 「あなた方は、朝、我が社にきて、退社時間までデスクにいてください。そうすれば、給与を支払います。定年まで、雇用します」

 ほら。

 仕事をしていなくたって、ゲームしていたって、新聞片手にコーヒーを飲んでいたって、約束違反にはならないのだ。

 残業で泣く泣く働く若手を横に、定時で帰社したって、入社時の約束は破っていなかったわけで…。

 バカな、国。

 これが、日本の、究極レベルの失敗だ。

 サリトは、なおも、責め立ててきた。

 「どうだ、ヒビキ?俺たちの世代が、うらやましいだろう?俺たちは、就職氷河期っていう、お前のお母さんたちを踏み台にして勝ち上がったんだ。俺たちが、うらやましいだろう?お前たちの悔しい気持ちが、時空の狭間にでも入り込んで、過去に戻って、引く手あまた社会を味わえれば、良いがな。ははは。無理か。新型ウイルス騒ぎで、社会は、メチャクチャだものな。運が、悪かったな」

 頭にきた。

 が、言い返せなかった。

 「…嫌なことを、思い出してしまったな。しかしな…。思い出せん。たしか俺は、子どもの頃にも、こんな言葉を、誰かから浴びせられたことがあったはずなんだがな。誰に、何を、言われたんだったかな…。ダメだ、思い出せん」

 気分が悪くて、仕方がなかった。

 「闇の逃走に、なったじゃないか!」

 …。

 サリトのことが、うらやましい限りだった。

 サリトたちは、本当に、良い世代、良い身分だった。

 サリト「たち」という言い方には、意味があった。良い身分でいられたのは、サリトの父親、ユリトも同じのようだったからだ。

 「ユリトも、サリトも、身分が上。楽しい楽しい、友達気分生活を送っていられた」

 その事実に、愕然とさせられるヒビキだった。

 彼らは、親子そろって、ゆるゆる入社だったという。

 会社に入る前は、大学や専門学校の就職課が、役に立ったという。

 就職課にいき、おじさんたちから、新卒証明証というものをもらうべきだといううわさが、立っていた。その証明証を、内定を出す会社にもっていき、面接でおじさんたちに見せれば、特典が多くなった。

 入社式では、親にもきてもらい、会社の人にテーマパークに連れていってもらい、ほぼほぼ、パーティー気分。コスプレ衣装で、皆そろって、記念写真だ。

 夜は、レストランに連れていってもらう。そして、会社の人と、あんなことやそんなことを楽しんでしまう。

 入社後は、新人研修というものがあり、会社の人が、大はしゃぎ。記念撮影のあとで、ネコやイヌの着ぐるみ、キツネの着ぐるみをまとって、登場。

 「新入社員の皆さん、こっち見てー!」

 入社先の会社は、かわいそうになってしまうくらいにうらやましいレクチャーを、してくれるのだった。

 これって、何なのだろう?

 「字の書き方」

 「字の読み方」

 「固定電話の使い方」

 「知らない人と会ったときの話し方」

 「手紙の書き方」

 「切符というものを用いて、電車に乗る方法」

 駄菓子屋での教えなら、そんなのは、あり得ない。神に、小言を言われるだけだ。





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